四季

雀羅 凛(じゃくら りん)

 ぼんやりと、外の盆踊りの音を聞きながら、お盆に茶を乗せて居間まで運んだ。夏なのに暑い緑茶だった。祖母がそれに口をつける。私はこれが嫌いだ。見ているだけで暑くなってくる。そして堪らなくなって外に出た。祖母は緑茶を啜っていた。


 玄関を出ると真横で蝉がジーと鳴いている。時々音を変えながらも、絶え間なく私の耳を攻撃する。かと思えば遠くでリーンリーンと鈴虫が鳴いていた。そんな音を聞きながら、始めに聞いた盆踊りの音のする方へ歩いた。


 一歩歩く度に、熱気が私を取り巻いてむしむしする。夏はあまり外に出たくはない。汗をかいて蚊に刺されて、いい事は無いからだ。それなら風鈴の音でも聞きながら、縁側に座ってぼんやりと外を眺めていた方がいい。

 そう思っている間に、だんだんと盆踊りの音が大きくなってきた。あまり遠くない所にぽつぽつと灯りも見える。

 やがて人集りがみえ、屋台が並び、煙がたって悶々としてきた。この集落で1番大きな寺でのおまつりだ。

 屋台の筋に赤い提灯が並んでいる。縁日通りを、人を避けながら進む。

 焼きそば、りんご飴、かき氷。様々な香りが立ちこめ、さらに奥には、金魚掬い、カタヌキ、輪投げ……。とにかく沢山の屋台が出ていた。勿論用もなかった私は一文無しでここに来た。なにをするでもなく、屋台を抜ける。中央に出たようだ。年配の女の人達がやぐらを囲んで、曲に合わせて踊り、廻っていた。私はその、隅にあるベンチに腰掛けた。丁度灯りのこない、私にとっては都合のいい場所だ。


 踊りは曲ごとに右回りだったり左回りだったりした。私はまた、ぼんやりと盆踊りを眺めた。心做しか、盆踊りの曲も、遥か遠くで鳴っているような感覚に陥った。さらに目の前にあるこの光景でさえ映像化され、ひとつの構図として見た。時々鳴る太鼓も程よく心に響いて心地良い。


「あら、一人?」


 そんな想いにふけっていると、突然声を掛けられた。お隣に住む年配のサチさんだ。浴衣姿で、さっきまであの構図の中で踊っていたに違いない。


「これ食べるかい?」

「いえ、私は……。」

「いいから食べな、見に来てくれた御礼だと思って。」


 ぼんやりと眺めていただけである。しかも遠い目で映像化していたのだ。少し申し訳ないが、ここまで言うのならと、フランクフルトののったトレーを、「すみません。」と受け取った。それなり、「この後も楽しんで。」と、サチさんは闇に消えていった。

 無造作に掛けられたケチャップとマスタードにサチさんの性格が出ていた。フランクフルトのプロトタイプであるケチャップとマスタードであろうが、私はマスタードの風味が何としても嫌いであった。

 仕方なくベンチから立って、片手にフランクフルトを持ちながら、元来た道を戻って行った。

 縁日通りを抜けた頃には、熱々に湯気立っていたそれも、湯気は出ておらず、ぬるそうな感じであった。そしてそのまま、蝿に集られまいと、急ぎ足で、でも走らずに家に戻った。蝉はまだ鳴いていた。フランクフルトは完全に冷めているようだった。


 祖母はまだ居間にいた。しかし卓袱台ちゃぶだいには、私の運んだ湯呑みは見当たらず、それどころか、氷のたくさん入ったグラスに麦茶が入っていた!私はフランクフルトを持ったまま、自室に入ってフランクフルトに思いっきりかぶりついた。外側はパリッとしたが、中はひんやりと冷たかった。マスタードが鼻にツンと抜ける前に二口、三口とかぶって、棒で喉がつっかえる頃になると、横向きにして肉を歯でむしり取った。

 空になったトレーをみて、その時はじめてマスタードの辛味がツンと鼻に抜けた。

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四季 雀羅 凛(じゃくら りん) @piaythepiano

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