第8話

「貴様だよ、直正」

 衝撃の返答。

『ちょっと待て、あの時は俺までスーパーベイビーじゃなかったんだぞ! どうやって倒したんだよ!』

「実のところおもらしビームでしか倒せないというのも嘘だ。貴様はおもらしビームと似た性質を持つ別の攻撃で、ワルワル星人を倒している」

『何だよそれ……俺は普通の人間だぞ! あんな化け物を倒せるわけないだろ!』

「それが普通の人間ではないのだ」

 たかしの声ではない声で、誰かが答えた。それは俺のよく知る声だった。声のした方を向くと、そこには俺のよく知る男が扉を開けて立っていた。

『お、親父……! どうしてここに!?』

 その男とは俺の父である鈴木すずき勇樹ゆうき、職業不詳の四十七歳。ろくでなしのクソオヤジとの数年ぶりの再会が、よもやこんな場所でとは。俺は開いた口が塞がらなかった。

「随分と小さくなったな、直正。本当の赤ちゃんだった頃のお前そのまんまじゃないか」

『お、お前……何で俺が赤ん坊になったこと知って……』

「親父さんもこの一件の関係者だからだ」

 たかしが答える。

「お前の話はカイゾー博士から色々と聞いている。お前の言葉が翻訳されて聞こえるようにもしてもらった」

 しれっとたかしのことをカイゾー博士と呼ぶ親父。

「綾香ちゃん……いや、綾香ママとは随分と仲良くやってるようじゃないか。随分と赤ちゃんが板についてきたんじゃないか? 直正」

『ふざけんな!』

 ニヤニヤしながらからかってくる親父に、俺は怒鳴った。

「うんうん、やはりお前は私の子だ。私もよく和美かずみと赤ちゃんプレイをしていたものだよ。懐かしいなー」

 和美とは俺のお袋、つまりこいつの妻の名である。

『おまっ……両親の情事の話とか実の息子として一番聞きたくない話だからな! わかってんのか!』

「和美ママ……本当のママみたいに沢山甘えさせてくれて、おっぱい吸ってたら仕事疲れも吹っ飛ぶんだよなあ……」

『おい聞けよ』

 俺はこいつのにやけた顔面を陥没するくらいぶん殴りたかったが、赤ん坊の体ではそうすることもできない。

『大体お前、お袋との惚気話とか得意げにしてっけど、どうせアメリカで金髪女と再婚でもしてんだろ? お前はそういう奴だってわかってんだよ』

「何を言う、私は生涯和美一筋だ。アメリカの金髪巨乳美女には目移りすらしていない!」

 果たして真実はどうだか。俺にはこの男の言うことが何一つ信用できない。

『つかお前何しに日本に来やがった。お袋の墓参りって感じじゃねえよな、お盆にはまだ早いし』

「今日はカイゾー博士に用があって来た。丁度お前がいたのはたまたまだ」

「まったく、毎回アポ無しで突然に来るのは勘弁して欲しいものだ」

 たかしもこいつに迷惑しているようだ。まったく昔からちゃらんぽらんでどうしようもないクソオヤジである。息子として恥ずかしくなってくる。

「それで、今日来た理由なんだが……」

 親父がそう言おうとしたところで、突如研究所内にサイレンが響き渡った。

『何だ!?』

「ワルワル星人が出た! 急ぐぞ直正!」

「私も行こう!」

 たかしは俺を掴んで駆け出し、シャトルへと乗り込む。何故か親父もついてきた。たかしはいつもよりシャトルを加速させ、自宅へと急行する。

 到着したたかしの部屋の窓から、既にワルワル星人がすぐ近くまで迫っているのが見えた。

「無事か、綾香!」

「お兄ちゃん!」

 綾香はたかしから俺を受け取り、後ろを向いて胸を曝け出す。俺は迷いなく吸い付いた。

「お願い、バブちゃん……」

 全身に力が漲る。俺は腹の奥から叫んだ。

『スーパーベイビー! バブー!』

 俺は窓から飛び出し、ワルワル星人へと向かう。

 一旦上空へと飛び上がり相手の視線を誘導しつつ、街の破壊状況を確認する。ワルワル星人は出現地点と思われる場所から俺の家まで道路に沿ってまっすぐ進んでいた。道路のアスファルトにはワルワル星人の足跡がついているものの、周囲の建物は殆ど壊されていない。壊されていたとしてもせいぜい偶然触れた程度のものであり、意図的な破壊の痕跡は見られない。

 俺の方を見たワルワル星人は、俺に向かって吼える。俺は急降下しつつ相手を殴った。ガードした腕の装甲に皹が入る。相手は俺を捕まえようとするが、俺は空中を不規則に動き回って避けた。

 ワルワル星人の目線が、綾香の家の方に向いた。たかしと綾香、ついでに親父が外に出ているのが見えた。ワルワル星人が、そちらに足を進める。

「させるかよ!」

 俺はここで食い止めようと相手の眼前に行く。相手は一度足を止め、俺に向けて口を開いた。何かが来る、本能でそう察した。

 ワルワル星人の口から、汚物は消毒だと言わんばかりの赤い炎が放射された。これを避ければ町に被害が行く。俺は両腕をクロスさせ、この小さな全身を使ってそれを受け止めた。スーパーベイビーの耐久力は流石のもので、火炎放射を喰らっても少し熱いと感じる程度である。だがそれもいつまで耐えられるか。相手は俺が受け止めたと見るや、そのまま火炎放射をし続ける。これはどちらが先に音を上げるかの勝負。だが相手が攻撃側でこちらが防御側である以上、こちらが不利であるのは確かである。いくら宇宙人といえど無尽蔵に炎を吐き続けられるわけではないだろうが、果たして俺の耐久力がそこまでもつか。

「今助けるぞ!」

 後ろから声がした。防御態勢を崩さないまま振り返ると、親父が何やら変なポーズをとっている。その腰には何やら玩具みたいなデザインの変なベルトが装着されていた。

「最強……チェンジ!」

 変な掛け声と共に、親父の体が光に包まれた。次の瞬間、親父の着ている服が変わった。

 モサい全身タイツに、風ではためくマント。胸には大きなSの文字。どこかで見たようなコスプレに着替えた親父が、そこにいた。いい歳して何やってんだあのおっさん。しかもこんな緊急事態に。

「正義の味方、最強マン参上!」

 参上というより惨状だよ。どうして自分の父親のこんな姿を見させられなきゃならないんだ。つか最強マンて。ネーミングセンスたかしと同レベルか。

「行くぞ! うおおおお!」

 親父は宙に浮き上がり、ワルワル星人目掛けて突撃。ワルワル星人の目線が親父の方に向いたかと思うと、俺に向けて炎を吐く片手間に振り下ろされた掌によって、親父は容易く叩き落された。まるでギャグ漫画のように、道路のアスファルトにめり込む親父。あまりの弱さに、俺は愕然とする。

『何しに来たんだお前! どこが最強マンだ、名前負けしすぎだろ!』

「し、しまった。今日はスーツの修理を博士に頼みに来たんだった……今のスーツの状態では本来の半分の力も出せない……」

 俺が必死になって炎に耐えているのにこいつは何を暢気に馬鹿やってるのか。

『言い訳はいいから下がってろよ! 邪魔なんだよクソオヤジ!』

「そういうわけにはいかん! 私はヒーローだ! 我が身に代えても、人々を守る使命がある!」

 弱い癖に張り切っててうざったいことこの上ない。何がこの男をここまで突き動かすのか。というか何だヒーローって。

 親父はワルワル星人に敵わないとわかっていながら、無謀にも再び戦いを挑む。

「見せてやる、最強マンの必殺技!」

 親父は右腕と左腕を十字に重ね、そこから光線を発射した。

「最強……ビーーーーーム!!!」

 親父の放ったビームはワルワル星人の胴体にぶち当たり、激しく煙を巻き上げる。ワルワル星人が怯んで火炎放射が止み、俺は灼熱地獄から解放される。親父の方を見ると、すっかり息を切らして座り込んでいた。

「今のスーツの状態では……これが限界か……」

 俺は再びワルワル星人の方を向く。親父のビームでは装甲を破壊するには至らず、皹を入れるだけに留まった。あれだけ派手なビームなのに、俺のパンチと大差ない威力かよ。しかもその一発がワルワル星人を怒らせてしまったのか、ワルワル星人は親父の方に向けて口を開く。

『親父!』

 俺は親父のマントを掴んで飛び立ち、火炎放射をかわした。

「なお……バブちゃん」

『一瞬直正って言いかけてんじゃねーよ。お前のことは嫌いだが、死なれたら後味悪いから助けてやったんだ』

 俺は親父から手を離す。ワルワル星人の攻撃を受けて生きているのだから、このくらいの高さから落ちても問題ないだろう。その後俺はおむつを下ろしておもらしビームを放ち、周囲に燃え移った炎を消した。

「やはり私の子だな。ヒーローの血には抗えないということか」

 綺麗に着地していた親父は、そんなことを呟く。

 ワルワル星人は、再び火炎放射の態勢に入っていた。相手の火炎放射と同時に、俺はおもらしビームを発射。炎と水がぶつかり合い、白い煙が立ち上がる。

 おもらしビームを撃っている間、俺は棒立ちになる。消火をしながら装甲を攻撃することはできないのだ。

「バブちゃん! お前はそのまま火炎放射への対応を続けろ! 私が装甲を破壊するから、そのままおもらしビームでコアを攻撃だ!」

 親父が叫んだ。あんな満身創痍の体で、まだ戦うというのかこの男は。

 またしても奇怪なポーズをとった親父は、その右脚にエネルギーを溜めてゆく。親父の右脚は黄金の光を放ち始めた。

「喰らえ必殺、最強キーック!」

 一っ跳びでワルワル星人の頭上まで上昇した親父は空中で一回転した後、右脚を突き出した体勢でワルワル星人目掛けて斜め急降下。跳び蹴りを繰り出した。どこまでもパクリしかできない男である。親父のキックはワルワル星人の胸部装甲を破壊。俺はおもらしビームを露出されたコアに向け、ワルワル星人にとどめを刺した。

「やったな! なお……バブちゃん!」

 また直正と言いかけた。綾香にバレたらどうするんだ。そういえば最初俺は自分の正体を明かしたくても明かせなかったが、今では逆に正体がバレるのを恐れている。綾香の乳を吸ったり綾香と一緒に風呂に入ったりしてしまった今、正体がバレるのはむしろ危険を伴うのだ。

「バブちゃん!」

 綾香が駆け寄り、俺を抱きしめた。

「やあ綾香ちゃん。バブちゃんとは随分仲良くやっているようだね」

「あ、こんにちはおじさん、お久しぶりです」

 親父の顔を見た綾香は頭を下げる。

「バブちゃんをうちに預けるようお願いしたのは、おじさんでしたよね。お蔭様で毎日とても楽しいです。バブちゃんはとっても可愛いですし、どこかなおくんと似てて、一緒にいるとなおくんが側にいるような気がして、何だか落ち着くんです」

 まさか綾香はバブちゃんの正体に勘付いている……いや、それは考えすぎか。バブちゃんは俺の親戚だということになっているわけだし、似ていることの説明はちゃんとついている。

「そうか、それはよかった。ところでカイゾー博士、私の家がとんでもないことになっているのだが……」

 崩壊した俺の家を指差し、親父は言った。まあ久しぶりに帰ってきて家がこんなことになっていたら誰だって驚くだろう。

「文句ならワルワル星人に言ってくれたまえ」

 たかしは冷たく返す。

「さて、ワルワル星人も倒したことだし、研究所に戻って話の続きをしようか。親父さんも一緒に来てもらう」

「ああ、わかってる」

「お兄ちゃん達、もう行っちゃうの? おじさんにお茶出そうと思ってたのに。なおくんのこととか、色々聞きたかったし……」

「直正のことなら安心していいよ。順調に回復してる」

「そうなんですか! よかったー……」

 綾香は胸のつかえがとれたように、気の抜けた表情をした。その横で、たかしが苦い顔をしている。綾香を安心させるためとはいえ、親父は下手なことを言ってしまったようである。


 研究所に戻った俺達は、改めて最初の話の続きを始めた。が、その前にたかしから親父への説教がある。

「どうしてあんなことを言ってしまったんだ! まだ直正を高校生の体に戻せる見込みはないのだぞ!」

「す、すまん博士。綾香ちゃんがあまりに不安そうだったもので……」

『もういいだろその話は。つか親父、何だよ最強マンって! わかるように説明しろ!』

「ああ……お前には黙っておきたかったが、バレてしまった以上は仕方があるまい。ずっとお前に隠していた私の職業、それがヒーローなのだ」

『じゃあお前も……改造人間なのか?』

「いや、私は改造人間ではない。生まれついてのヒーローだ。我が鈴木家は、先祖代々ヒーローの家系なのだ」

 親父は自分がヒーローであることを証明するためか、この研究所内で再び変身ポーズをとる。

「最強チェンジ!」

 親父の体が光に包まれ、次の瞬間その場には最強マンが立っていた。

「ただでさえ壊れかけだったスーツがワルワル星人との戦闘でますますボロっちく……頼むよ博士、早く修理してくれ」

「それに関しては直正との話の後だ」

 たかしに軽くあしらわれ、親父はしょぼんと眉を下げる。

『つかお前、何だよこの胸のSは。完全にパクリじゃねーか』

「これは最強のSだ。パクリではない」

『じゃああのビームとキックはどうなんだ』

「あれも私オリジナルの必殺技だ! 断じてパクリではない!」

 見た目も技も有名ヒーローのパクリの詰め合わせ。訴訟大国アメリカでこれでは訴えられたりしないのかと頭が痛くなる。

「ちなみに名前ほど強くはない。度々負けては現地のヒーローに助けられている」

「それは言わない約束じゃないか博士……」

『たかしは前から知ってたのか?』

「いかにも。我輩は正義の天才科学者として、最強マンの装備を色々と開発しているのだ」

『つか親父、何でわざわざ俺に隠したりしたんだよ。お蔭で俺は色々と悩んでたんだぞ!』

「それは……お前のためだ。お前が自分の出生に悩まないようにするために……」

『親父が職業不詳な方がよっぽど悩むっつの! 別にヒーローの息子だから悪いことが起こるってわけでもねえんだし。そういや親父、ヒーローの血がどうたらって言ってたよな? まさか高校生だった頃の俺がワルワル星人を倒せたのは、俺がヒーローの息子だからなのか?』

 大分話が逸れてしまったが、そもそも俺はそれを訊きにたかしを訪ねたのである。

「いや、お前がワルワル星人を倒したのは、ヒーローのそれとは別種の力だ」

「そのことについては我輩から話そう」

 たかしが口を挟んだ。

「まず本題に入る前に、まずワルワル星人とは何かについて説明する必要がある」

『地球侵略に来た宇宙人じゃないのか?』

「ああ、それも嘘だ。そもそもワルワル星人という名は奴らの正体を隠すために我輩が付けたものに過ぎない。奴らは宇宙人ではないし、ワルワル星などという星は存在しない。奴らの正体……それは悪魔だ」

 悪魔。それを聞いた俺はぽかんと口を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る