第四話 砕け散る鷲

 僕は〝それ〟の出来の良さに思わず笑みを零した。

「完璧だ。これこそ、僕が、僕達が欲して止まなかった物!」

 幼い頃は夢見ていたはずなのに、どうしてこれまで忘れていたのだろう。しかし、こうして悲願は果たされたのだ。今の僕はただ、〝それ〟が完成したことへの喜びと〝それ〟を使って何をしてやろうかという子供じみた夢想に、ただ浸っていた。

「おっ、それ。……面白ぇ。俺が試してやろうじゃねぇか」

 店の奥から出てきた店主は、そんなことを言って〝それ〟を手に取り、弾を込め始めた。

 込めて、込めて、込め続けた。

「おい、無茶しすぎだ! 許容限界を超えてる」

 僕が言ったが、店主は元々皺だらけの顔をもっと皺くちゃにして笑うだけで、その手を止めない。

「大丈夫だって。おめぇの作ったもんだろ。もうちょい信じてやれ」

「いや、自分で作ったからこそ限界も分かるってもの――」

「いくぜー」

「話を聞けぇぇぇぇ‼」

 制止虚しく、彼が引き金を引くと同時に〝それ〟は粉砕した。

 文字通り木っ端微塵となった〝それ〟――割り箸製のゴム鉄砲を見て僕は座敷に崩れ落ちる。

「だから言ったのに……」

「俺は弾を込めたんじゃあねぇ、ロマンを込めたんだ」

「うるっせぇよ。ああ、僕のツネユキイーグルが……」

 懐かしい場所に来ると、懐かしい遊びをしたくなるものだ。少なくとも、僕はそうだ。

 男なら大抵輪ゴムを発射するという行為はしたことがあると思う。僕の通っていた小学校にはゴム鉄砲なる物を作っている猛者もいた。駄菓子屋に再び通いだしてからそのことをふと思い出したのだ。

 それで、どうせなら徹底的にやろうと、ホームセンターにまで足を伸ばして道具を揃え、数時間の作業を経てようやく完成したのがツネユキイーグルだった。たった今店主が輪ゴム掛け過ぎて壊したのがそうだ。

「ネーミングセンス皆無ですね」

 隣で何やら段ボールを加工している糖子が言った。

「別にいいだろ。何故ならツネユキイーグルはもう存在しない」

 そもそも、店主が戻ってきたらこの店に通うのをやめるつもりだった僕が、何故未だこうしているかというと、これからも来てくれとの力強い要望が二件あったからだ。

 店主まで引き留めてくれるというのは少し意外だったが、「糖子には俺みたいなジジイより年の近い友達がいた方が良いだろう」と言われて納得した。

「で、糖子は何してる訳?」

「こうしてこうして、こうすると……」

 なんということでしょう。かつて彼女が納まっていた段ボール箱がそのまま小型化。驚いたことに糊やボンドの類が近くに見当たらない。接着剤なしでその形作れないと思うんですけど。

「完成」

 言って彼女は、小型化した段ボール箱を耳当て付きの帽子のように被った。その前面には「108」と書かれている。自分から黒歴史掘り返すスタイル。逞しい子だ。

「ごめんくださーい」

 僕が戦慄していると、駄菓子屋に一人の客が訪れた。

「よう、さく

「いらっしゃいませ」

「今日も来たか」

 僕達が口々に挨拶をすると、客の少年は嬉しそうに目を輝かせた。

「爺ちゃん、腰、良くなったんだね!」

「ああ、心配かけたな」

 店主と少年は以前からの知り合いらしく、親しげに笑い合った。

 その後、少年は糖子を見て顔を真っ赤にし、慌てて視線を逸らした先で僕を見てあからさまに顔を顰めた。分かりやすい奴だ。

 フルネームは砂倉朔すなくらさくというらしいこの男子中学生は、店主が不在の間も毎日のように店に来ていた。そしていつも、五十円前後の買い物をしていく。財布にはあまり余裕がないが、それでも糖子に毎日会いたい。そんな意図が透けて見える。透過率百パーセント。

 彼ならば僕よりも糖子と年が近く、きっと良い友達になれると思うのだが、傍から見ていて全く進展する様子が見られないので、そろそろ手助けしてやろうかと考えている。しかし、こういったことに対し第三者が下手に首を突っ込んでも碌なことにならないものだ。

 夏休みももう半ば。せめて、何か丁度良いイベントが起こってくれればこちらも手が出しやすいのだが。

 そう思っていた矢先。

「丸井常幸、だったかな? ちょっと外で話さない?」

 朔は僕に対し、ぶっきらぼうな態度でそんなことを言った。

「いいぞ」

 丁度良いイベント、来ましたねこれ。

「ちょっと」

 僕が勇み立って歩き出すと、後ろから腕を掴まれた。振り返ると、そこには不安げにこちらを見つめる糖子がいた。

「丸井さん、これって……」

「ああ。始まるな、多分決闘とかが」

「でしょうね。……負けないでくださいね」

「え、それは――」

 僕と別れるのが嫌だということか。嬉しいこと言ってくれ――

「――夏休み中にもっとゲームしたいんです。クリアしたいんです」

 ――なかった。

「……そうだな」

 照れ隠しかな。きっと照れ隠しだろうな。よし、照れ隠しだ。そう決めた。

 ……虚しい。


 僕と朔は連れ立って外に出た。

 ただならぬ雰囲気を纏い仁王立ちする朔を改めて眺めたが、やはり優良物件と言っていいだろう。短い黒髪、精悍でいて、あどけなさの残る端正な顔。そして、そこそこの年上を相手にして物怖じしない根性。失礼な態度も、糖子への好意故のものと思えばさほど気にならない。

「単刀直入に聞く。あんたは糖子さんのなんなんだ」

「前にも言ったと思うけど、僕はただの客だ。だから――」

 だから、遠慮なく友達申請なり告白なりしてくれ。そう言おうと思ったのだが、

「でも、ずっと駄菓子屋にいるじゃないか」

 どうも雲行きが怪しい。

「ま、まさか同棲――」

「ちょっと待てい。祖父同伴で同棲ってなんだというのもあるが、それ以前にロリコン扱いはやめて頂きたいな」

「違うのか?」

「違う」

「本当か?」

「本当だ」

「……いや、信じられない」

「疑り深いなぁ……」

 嘆いていると、朔はキレのある動きで僕を指差した。「ビシッ」という効果音が聞こえてくるようだった。

「ロリ井常幸! オレと勝負しろ!」

「流石にロリ井はやめろ」

「……ごめんなさい」

 謝っちゃったよ。そこは我を通せよ。いや、確かに僕も少し強く言っちゃったけれども。

 早速彼への評価が揺らいだ。

 朔は暫ししゅんとしていたが、徐々に勢いを取り戻す。

「ま、負けた方は『和同開珎』への出入り禁止。これでどうだ」

 どうだと言われましても。というか勝負するのは決定なんですね。あわよくば決闘はなしの方向で進めたかったのだが。

 漫画などを読んでいていつも思うのだが、こういった展開になるとほぼ例外なくヒロインの意向は無視される。これは如何なものか。そして今回の場合、なんといってもヒロインがどちらにも恋愛感情を抱いていなさそうなのが致命的だ。

 僕としてはこのまま逃げて不戦敗、ということも考えたが、それこそ本人たっての希望だ。それに、今更一人で夏休みを過ごすことを考えると、なんというか、気持ちが悪いのだ。

 よって、僕が出禁を喰らう訳にはいかない。

「受けて立とうじゃないか」

 どう足掻いても疑いが晴れることはなさそうだ。

 最早、選択の余地はなかった。

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