第三話 お爺ちゃん襲来
技術の発展とは凄まじいものだ。本来テレビに繋がなければ遊べない、大型の、所謂据え置き機と呼ばれる類のゲーム機。その大型故の性能を損なうことなく、携帯機とほぼ同レベルまで軽量化され、あまつさえテレビに繋がず単体で遊べてしまうという、そんな革命的な最新機種が今、駄菓子屋のカウンターの上で稼働している。
傍らにあるのは山と積まれたありったけのゲームソフト。最早それは一種の高層ビルのようにも見えた。
流石にこれを全て自宅から運んでくるのは少々骨が折れた。
駄菓子屋「
今僕の隣で、長い黒髪を揺らめかせながらコントローラーを動かしている少女、
結局、彼女の希望で店は開けたままだ。無論、僕が一緒にいる時だけという条件付きではあるが。丁度良かったなんて言いながらも、糖子は店主の入院に関して自分にも非があると思っているのだろう。僕は店主の自業自得だと思うのだが、割り切れないものは仕方がない。
しかし、その点に納得した上でもやはり疑問は残った。
画面の中で迫り来るゾンビ達を弓矢で射抜きながら、僕は訊ねる。
「爺さんが入院したのに、どうして一人でここに残ったんだ?」
対する糖子は、斧で森林を伐採しながらそれに答える。
「どうせ帰っても、両親は仕事で殆どいません。あ、別に不満はありませんし、仲も良いですよ」
その答えは、今時よくあることだと言ってしまえばそれまでの、ごくありふれた話だった。かく言う僕も両親が共働きで、起きている状態の二人と会う機会は多くない。
だが、その話には続きがあった。そして、そこが問題だった。
「あと、何より私が帰ると祖父が泣きます。そして駄々を捏ねます」
いくら孫が好きでも形振り構わなすぎだろ。情けないよ。
倒れて消滅したゾンビ達からアイテムや経験値を回収しつつ、僕は溜息混じりに別の話を切り出す。
「これから、少なくとも何日かは一緒に過ごすことになりそうだけど、僕は君をなんて呼べばいい? 糖子さん? 糖子ちゃん? 糖子? 糖子お嬢様?」
「なんで最後急にグレードアップしたんですか。別になんでもいいですよ。強いて言うなら呼び捨てが一番しっくりきますね、丸井さんのキャラ的に」
「じゃあ、糖子で決定。僕もこれが一番しっくりくる」
後輩であったならまだしも、そうでない年下の女の子の呼び方というのは難しい。相手の家族と既に知り合いだったりするとなおさらだ。
「私も質問なんですけど」
今度は糖子の方から質問が来た。
「昨日、うまい棒九本買って行きましたよね?」
「そうだな」
「で、さっきも九本買いましたよね? たこ焼き味」
「そうだな」
「いつもあんなに食べてるんですか?」
「そうだな」
「でも、全然太ってませんよね?」
「そうだな」
僕も自分は平均的な体型をしていると自覚している。さして太ってもいなければ、痩せすぎてもいない。
「やっぱり、何か運動とかしてるんですか? 私は運動が好きじゃないので、そもそもお菓子はあまり食べないようにしてるんですけど」
すっかり気を抜いていた上、並行してゲームもしていたものだから、つい、僕は迂闊にも口を滑らせてしまった。
「それが、全く何もしてな……いこともないかなあはははは……」
失言。
言い終わらないうちに、空気が凍ったのが分かった。
彼女の眼だけがこちらを見る。その視線は無機質でありながら、言いしれぬ威圧感を放っていた。
「えっ、殺してもいいですか?」
「よくないですよ?」
そんな変化を読み取ったからこそ、僕は途中から発言内容を変えて愛想笑いまでして見せたのだが、この通りま全く効果はなく。
「待て、ちょっ、やめろ。斧で斬りかかって来るな! 死ぬから‼」
気が付けば、僕のゲーム画面には猛然と襲い掛かる糖子のプレイヤーキャラクターが映っていた。
あのような台詞を女性に言うと多くの場合、不興を買う。そんなのは分かり切ったことなのに。糖子の見た目が幼いからと油断していた。
数秒後、僕の操っていたキャラクターは無事死亡し、所持品を派手にばら撒いた。
いや、死んだのがゲームのキャラで良かったと言うべきか。
* * *
暗くなるまで駄菓子屋で糖子とゲームをして、最後に百円前後の買い物をして帰る、そんな日が三日ほど続いていた。
男子高校生が幼女一人の家に入り浸るとか、ヤバさでいうと初めて会った日の幼女お買い上げ事件と大差ない気もしたが、彼女の望みという大義名分を自分に言い聞かせた。考えるのをやめたともいう。
そろそろ店主が戻って来る頃合いで、そうなれば僕はお役御免だ。
別にこの日々を重荷に感じている訳ではない。そもそも一緒にゲームで遊んでいるだけだ。むしろゆっくりと流れる時間は非常に心地良いものだった。
「暇潰しに付き合って貰ってる立場で言うのもなんですが、宿題とか大丈夫ですか」
「シュクダイ? はて、聞き慣れない言葉だな。どこの言語だ」
「日本ですよ」
「そうかぁ? あ、そうだ、方言なんじゃないか? ほら、自分では標準語だと思ってても実は……ってことあるだろう?」
「標準語ですよ、間違いなく」
彼女もこうして話すと、案外基本的には常識的な良い子だ。最初はどんなクレイジーサイコパスかと思ったものだが、今ではこの通り物の見事にボケツッコミが入れ替わっている。……そもそもツッコミなんて存在したのかという話はさておき。
「丸井さんの宿題に対するスタンスは分かりましたけど、高校で夏休みの宿題全滅って、とてもとても洒落にならないと思うんです……」
糖子がシャープな瞳を更に細め、僕に注意を促したその時。
「誰だてめっ」
店の引き戸が勢い良く開かれ……ようとしてつっかえた。立て付け悪いからなぁ。
「誰だてめぇは‼ ウチの孫はまだ中学生だぞ‼」
改めて怒鳴りながら店に入ってきたのは、ブチ切れた
強引にこじ開けられた引き戸ががたぴしと悲鳴を上げている。とりあえず引き戸に罪はないので勘弁してあげて欲しい。
彼こそがこれまで散々イジり倒されていた、この駄菓子屋「和同開珎」の店主だ。ジェントルマンみたいな落ち着いた身なりで江戸っ子のような喋り方をする、身体も毛根も元気で愉快な人なのだが、この通り、怒ると強面も相まってその筋の人にしか見えない。
出たな、妖怪うまい棒。
そう言ってやろうかとも思ったが、今言うと引き戸の二の舞どころかより酷い目に遭わされること必至なので自重した。
どうも大きな誤解をされているようだ。僕はそんなにも怪しい人間なのだろうか。前に会ってから十年近く経っているので気付かれないのも無理はないが。
「
「んぁ?」
店主は素っ頓狂な声を上げ、僕の顔を凝視する。柄が悪い。そして近い。
「あぁ! お前ツネか⁉ でっかくなったなぁ!」
そして納得したように声を上げる。声がでかい。
しかし、その表情からはすっかり皴が減り、険しさが薄れている。
「変な眼鏡掛けてっから分からなかったぞ。なんだそれ。のび太かおめぇ」
僕は中学に上がった頃から、近眼で眼鏡を掛けるようになった。見やすいようにと、レンズが大きい物を選んだのだが、見た目に少々癖があるのでしばしばこのようにイジられる。
「あっ、お爺ちゃん、私が気を遣って言わなかったことを……」
店主に続き、糖子までそんなことを言うものだから、僕も少し頭に来た。
「二人とも、あんまりのび太君を馬鹿にするなよ? 劇場版で活躍するのは何もジャイアンの特権じゃない」
「眼鏡がのび太っぽいのは否定しないんだな」
「眼鏡がのび太っぽいのは否定しないんですね」
眼鏡がのび太っぽいのは否定しない。
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