第14話【花吹雪国:姫の里帰り(旅路編)①】

 あずま殿が来て、もう半年が過ぎ去ろうとしています。


 その間、花春州の情勢は良化していっています。

 兵の練度が上がり、侵害者からの被害は劇的に減り、治安は良くなっている。そのおかげで、商人の行き交いは活発になり、経済も好景気となっていた。


 それらをもたらした要因は、全てあずま殿だといってよいでしょう。

 彼の指南や討伐といった直接的なことは言うに及ばず、その大英雄たる名声と実際の行いは、民から多大な称賛を得ています。

 その名声と善良な行いに、悪事を働く者たちは抑圧され活動が鈍っているようです。そして、その轟く名声に安心感を覚えた商人たちは、この州へ訪れる足が軽くなっています。


 ……うんうん、こうやって目に見えて彼を雇った効果が出てくれると、大変助かります。


「というわけで、あずま殿にはお礼を申し上げます」


 書斎で事務仕事をこなす私の体面にいるあずま殿は、私のその言葉を聞いて眉をひそめている。


 何か、不満でもあるのでしょうか? 頭でも、撫でてほしいのでしょうかね?


「……おいおい、そんなことを褒めるために、わざわざ俺を呼んだのかよ。子供のくせに、いっちょ前に大人を褒めるとは、やるなあ。俺が褒め返してやろう」


 この人! せっかく私が褒めているのに、不満気な態度とって、本当に失礼!


「なんなんですか、せっかく人が褒めているのに、その言い方は!」


 私は、機嫌を害しましたよ! 本当に!


「いやー悪い悪い。人の機嫌が悪いところに、それを煽るような真似(?)されたから、ついな。まあ、褒めてんだから、簡便してくれ。俺のおかげで景気が良くなったってことは、姫さんが俺を連れてきた功績でもある。それは、素直に称賛に値すると思うぜ」


 な、なんですか、その言い訳になってない言い訳は! 褒めたって、私の機嫌は良くなったりしませんよ!


「全くもう、私に当たらないでください。だいたい、何に腹を立てておいでなのですか?」


「あー、そうだな。……天下の大人物のくせに、ずいぶんと下世話な真似してんなと思ってな。関わんのも億劫になるくらい、ダセえことしやがって……」


 何を言っているのかしら?


「どういうことでしょうか?」


「そうだな……。確定したこともでもないから、名言はさけさせてもらう。が、もしこの件で大事になるようなら、俺の方から少し……いや、無理やりにでも力添えすることを宣言しておく。あれの策だったとして、上手くいくのはムカつくからな」


 本当に、何を言っておられるのでしょうか? 私のことを子供子供とからかっていますが、この人も言っていることが子供みたいですよね? 私のこと、からかえますか?


「はあ、よくわからないので、そのことはお好きになさってください。そんなことより、もっと重要なことがあります。実は、今回お呼びしたのは本題が別にあって、褒めることだけが目的ではありません」


「ん? なんだ、他に要件があったのかよ」


「はい、桜乃里(さくらのさと)へ行かなければならなくなったので、その護衛をお願いしたいと思いまして、お呼びした次第です」


「桜乃里っていうと……」


「はい、桜吹雪城がある幕府所在地です。つまり、将軍家の所在地となります」


 私は、花春州の郡代として、この州の経営報告を公方様にする必要がある。それを今回、説明しに行かなければならないのです。


「……俺がわざわざ呼ばれるってことは、王都で何かあるのか?」


 英雄足る彼は、私の心の奥を見通すかのような、まるで死地へ向かう私を気遣うような目で、そんなことを言ってきました。


 ……別に、何かあるというわけじではありません。ただ、私にとって、あの地が安寧とは程遠いことはたしかですが。


「いえ、単に経費を浮かせたいだけです。好景気とはいえ、それが年貢として繁栄されるのはまだ先ですからね。今は、切り詰めないといけません。よって、貴方に護衛をしてもらい、他の護衛の人数を減らしたいというのが、今回の意図です」


 これは、本当。

今、本当にお金ありませんからね。誰かさんのせいで。


「あらら、国の御子とは思えない有様だな。お姫様のご帰還なんだから、仰々しくしなくていいのかよ。確か、こっちって大名以上の連中が王都へ行く場合、行列組むんだろ?」


「それは大名行列といって、大名が参勤交代をさせられるときに行うものです。よって、私が桜乃里へ参る場合は、そのような処置は必要ではありません」


 場合によっては、大々的に行列を作る必要もありますけど、今回は郡代としての職務の面が強いですからね。助かることに、そこまでする必要はないでしょう。


「へー、勉強になる。流石は、この国の第一姫御子」


 なんだが、彼から素直に褒められるのはなれませんね。恥ずかしくて、顔が赤くなってしまいそうです。


「それで、護衛は何人いれば大丈夫でしょうか? その辺の計画を立ててもらっても、よろしいでしょうか?」


「そうだな……無駄にいてもお荷物にしかならないから、俺一人でも問題ないが……、姫さんの世話役としてりねんがいれば、3人でも十分だ。それで、二人とも守りつつ、雑多のことにも対応できる」


 まあ、なんて経済的なのでしょうか。


「助かります。では、その3人で行きましょう。駕籠を使わず3人とも馬で移動すれば、移動時間も短縮できますね」


「俺の愛馬……曇天丸って名前なんだけど、そいつに3人とも騎乗すれば、もっと早くすむけどな。俺が前で、二人がその後ろに座る形でさ」


 あずま殿の愛馬ですか……。先の演習では乗られていませんでしたが、彼が騎乗しているところは拝見したことがあります。


 とても大きく、通常とは違い、足が6本もある化け物染みた馬です。その速度は、ふつうの馬を遥かに超えた、恐ろしいと思えるほど出ていたはずですよね、確か。


「それは、謹んでお断りしておきます」


 乗れば、悲惨な未来しか待っていないことでしょう。

 何やら残念そうな顔をしていますが、絶対に私は乗りませんよ、そんな恐ろしいものには。

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