第1章 イースポーツ その3

 秋葉原での買い物から一週間後。

 購入したゲーミングPCが俊介の部屋に到着したのだが――。


「デカっ!?」


 圧倒的な威容に哲郎は、驚愕の声を上げていた。


「こんなにデカかったっけ? 店で見た時は、もっと小さく……」

「家電買う時あるあるだよねー」


 対する洋介は冷静だ。以前洋介が使っていたPCラックを俊介の部屋に運び入れ、慣れた手つきでPCのセッティングを進めており、俊介は目を輝かせて作業を眺めている。

 一方で哲郎は、恨めし気にVRヘッドセットを睨みつけていた。


「結局二十五万か。なんでこのヘルメットの出来そこないが三万もするんだ……」


 哲郎としては、洒落のつもりで悪態を付いたのだろう。

 しかし俊介の罪悪感を引き出すには、十分過ぎた。


「ごめん父さん。パソコン代は、ちゃんとバイトして返すから」


 俊介の宣言に、哲郎は凍り付いている。

 冗談を真顔で返されるとは、想定していなかったようだ。


「嫌だな、俊介君。冗談だよ、冗談。真に受けないでおくれ」

「でもさ……」

「気にするな。だがネットを見るのは、お父さんの前でだけだ!!」


 今度は冗談めかしていない。やたら真剣な口調だ。

 しかしゲームをするのは、一時間までとかなら分からないではないが、何故ネットの観覧を禁止してくるのか。

 ネットなんで毎日スマホで見ているから、わざわざPCで見ようとは思わなかった。


「なんで?」


 俊介が尋ねた瞬間、哲郎の頬がほのかに赤らんだ。


「まあ……十八歳からな」

「……エロサイトなんか見ないよ」

「見ないの!? 健全な男子なんだからそこは見とけ! 親の目を盗んで!」


 父親とエロトークをして恥ずかしいという年頃は終わった。ひたすらに萎える。

 ようやくソウルディバイトで遊べる気持ちも、どこかへ飛んでいってしまいそうだ。


「分かった。適当に見るから……」

「変なリンクをクリックして金払えって出ても基本無視でいいからな」

「はいはい……」

「父さんなんて言われたとおりに払ってたらとっくに破産だよ」

「どんだけ見てんだエロサイト――」


 突如、俊介の部屋を絶対零度の気配に飲まれる。

 気配の主を見やれば、廊下から部屋を覗き込む香から発せられている。


「哲郎さん。あとで話があります」


 と、言い残して香は、階段を下りていった。

 夫婦になって二十年以上。本能的に離婚の危機を察知したのだろう。哲郎は、今まで見せた事のない焦燥を浮かべながら叫んだ。


「違うんだ母さん! 母さんの美と見比べて他の女の貧相な事よと笑っていただけなんだ!」


 哲郎の情けない姿に、俊介が抱いていた父への尊敬が風化していく。


「どんな言い訳。今日は、父さん夕飯抜きだな」

「なぁ息子たちよ。今日の夕飯なんだろうな……」


 絶望を露わにした哲郎に、洋介はニヤニヤと品のない笑顔を向けた。


「母さん、アジ釣りに行ってたみたいだぞ」

「ああ!! アジのたたき、なめろう、フライだな!! 大好物が……」


 この世の終わりでも来たかのように肩を落とす哲郎だったが、絶望は長く続かなかった。


「まぁいい。早速三人で冒険の旅に出るか」


 こういう楽観的な所は、ぜひ見習いたい。それに男三人での冒険という子供っぽい響きも、俊介の胸を躍らせた。

 しかし対照的に洋介は、哲郎を訝しむように見つめている。


「え? 父さんもやんの?」

「当たり前だろ!! 親子の交流も兼ねてるんだ」

「それで父さんはどうすんの? パソコン一台じゃ一緒に出来なくね?」


 洋介の指摘に、哲郎を再び絶望が襲った。


「どうしよう!?」

「はい。そんな事だろう思ってました。父さんには、俺のゲーム機貸すからそっちだね」

「VRは?」

「ないよ。そんなもん」

「お前の分があるだろう!!」

「俺が使うに決まってんじゃん」

「薄情だな!! お前ってやつは! こうやって父親の尊敬は、失われていくんだな……」

「そこまで大袈裟にしなくても……」

「来月の小遣いでVRだな」

「あればね!!」


 階下から響いた香の声に、哲郎を三度目の絶望が貫いた。


「母さん!? だから母さん、俺のヴィーナスは、母さんだけだから!! 母さんしか居ないから!! 母さん!! お願い!! 聞いて下さい!!」


 哲郎は、懸命に叫ぶも、下の階から反応はない。

 このやり取り、そこそこ長く続きそうだ。


「俊介。父さんは、ほっといてゲームやるか。もうセッティングは終わってるし」

「うん。そうするよ。ああなると二人は長いし」


 俊介は、コントローラーを握ると、これも洋介のお古であるオフィスチェアに腰かけ、VRヘッドセットを身に着けた。

 目に映るのは、真っ暗な空間。足元を見ると、蒼く淡い光が蠢いている。

 光は、無数の小さな泡となって立ち上り、俊介の頭上で弾けた。

 鈴のような穏やかな音が降り注ぎ、耳心地が安らぐ。


 しばし残響を楽しんでいると、女が一人、どこからともなく現れた。

 金髪で青い目をしている。ハリウッド女優のようだったが、出るべき所が過剰に出て引っ込むところが過剰に出ているスタイルのせいで、作り物である事を強く認識させる。

 白いカーテン生地を身体に巻き付けているような服装で、なんでこんな露出度高いのかと突っ込みたかったが、突っ込むのは野暮だと考え、俊介は口に出す事はしなかった。


「あなたの魂は、このザリアス大陸を救うために使わされたのです」

「なんか俺、勇者みたいなんだけど」

「それ、みんな言われる」


 洋介は、俊介の背後からサブモニターを見ながら答えた。

 俊介が何を見て、どんな事をしているか一目で分かるようにしたいと哲郎から強い要望があり、洋介が使っていないPCモニターをサブとして、取り付けたのである。

 ゲーム慣れしていない俊介を助ける意味でも、洋介はこのアイディアに賛成した。

 哲郎は香の説得を諦めたのか、洋介の隣でサブモニターと洋介を交互に見ている。


「なぁ洋介。この世界の勇者は、量産型なのか。ザ○みたいだな」

「○クって言うな」

「グ○がいいか?」

「ちょっと黙ろうか?」


 洋介と哲郎の会話を余所に、俊介の眼前に居る女が問い掛けてくる。


「あなたの名前を教えてください」

「俊介です」


 女神に答えると、背後の洋介が声を震わせた。


「キーボードを使って……入力してくれ」


 耳に体温が集中し、赤くなっているのを感じる。気を取り直して、名前を入力しようとしたが、哲郎が見逃してくれるはずもなかった。


「我が息子もかわいい所があるじゃないか」

「う、うるさいな! ゲームした事ないから分かんないんだよ!! 最新のゲームだから出来そうじゃん!!」

「怒るな、怒るな」


 と哲郎が肩を撫でてくる。

 ヘッドセットを取って抗議しようかとも思ったが、相手にする方がつけ上がると判断して無視する事にした。


「本名は避けた方がいいぜ。一応な」


 洋介の忠告と同時に、ある名前が俊介の中に浮かんだ。

 どうせゲームの中なのだ。憧れの人の名前を貰うのも悪くない。


「じゃあボルトにしとく」


 キーボードで名前の入力を終えると同時に、女性が語りかけてくる。


「あなたは今、魂だけの存在。器となる肉体とジョブを選んでください」

「そうか。俺、死人だったんだ」

「死人に名前聞いてどうするんだ?」

「死んでんのにね」


 俊介と哲郎のやり取りに、洋介は冷笑を送った。


「二人ともさ。ファンタジーのお約束に、突っ込み入れんのやめてくんない?」


 洋介の言うように、ゲームなのだから深く考えてもしょうがない。

 俊介が納得した瞬間を見測ったように、五名のキャラクターが横一列に並んで表視される。

 マウスのカーソルを各種族に合わせると、種族の説明とステータスがテキストで表示された。

 尚、各種ステータスに関しては、以下となっている。


・HP(生命力)――HPの最大値に影響を与える。


・SP(スキルポイント)――スキルを使用する際に使うSPの最大値と自然回復量に影響を与える。


・STR(力)――STRボーナスを持つ武器(剣・斧・槌等)やSTR系スキルの性能向上。


・DEX(器用)――DEXボーナスを持つ武器(短剣・刀・槍等)やDEX系スキルの性能向上。


・MAG(魔力)――MAGボーナスを持つ魔法触媒(短杖・大杖等)やMAG系スキルの性能向上。


・AGI(俊敏)――キャラクターの移動・攻撃速度やジャンプ力、AGI系スキルの性能向上。


・DEF(防御力)――物理防御力が上昇。DEFボーナスを持つ防具(盾・鎧等)やDEFスキルの性能向上。


・MND(精神力)――魔法防御力が上昇。MNDボーナスを持つ防具(指輪・ローブ等)やMNDスキルの性能向上。


 次に五種族の解説は、以下となっている。


○ヒューマン

 所謂人間であり、見た目も現実の人間そのままである。

 平均的な能力値を持っており、科学技術と共に文明を発展させてきた。

 ヒューマン同士の絆は強いが、ブレッグ以外の種族とは軋轢を生む事も少なくない。

 一見器用貧乏なステータスだが、複数のステータス補正値を持つジョブや万遍なく ジョブを使うプレイヤーに向いている。


・ステータス

 HP―― 二十

 SP―― 十八

 STR―― 十九

 DEX―― 二十八

 MAG―― 二十一

 AGI―― 十八

 DEF―― 十五

 MND―― 十七 




○ジャーガ

 猫のような耳と瞳と尻尾を持っており、ヒューマンよりも一回り体格が小さい。

 脚力を活かして旅の交易業を営む者が多く、他者と群れる事を嫌うが、一度信用した相手には、絶対的な忠義を尽くす。

 AGIが高く、ソウルディバイトのゲームシステムと相まって人気の種族。


・ステータス

 HP―― 十三

 SP―― 三十二

 STR―― 十七

 DEX―― 二十六

 MAG―― 八

 AGI―― 三十九

 DEF―― 九

 MND―― 十二




○ブレッグ

 ジャーガよりもさらに一回り小さく、黒い肌と額に生えた角が特徴。

 魔術の祖と呼ばれる種族で肉体的には脆弱だが、魔力に優れている。

 陰気な見た目で一見とっつきにくいが、実際は陽気な性格と柔軟な思考を持ち、あらゆる種族と友好関係を築いている。


・ステータス

 HP―― 七

 SP―― 三十八

 STR―― 五

 DEX―― 八

 MAG―― 四十一

 AGI―― 十二

 DEF―― 六

 MND―― 三十九




○ガンダル

 鉄のような表皮を持ち、五種族でもっとも体格に優れている。

 自然信仰を主としており、化学に頼るヒューマンには友好的とは言えない。

 壁役(タンク)ジョブを選ぶプレイヤーに人気がある種族だ。


・ステータス

 HP―― 三十六

 SP――十六

 STR――二十九

 DEX――十

 MAG――十二

 AGI――九

 DEF――三十一

 MND――十三




○エイファル

 一見ヒューマンに近いが、耳が尖っており、黒い眼球と赤や青の虹彩を持っている。

 空の民と呼ばれ、山岳地帯の高所で暮らしている。

 他種族との交流が最も少ない種族で彼等と関係を築いているのは、物資の調達を依頼するジャーガと魔法の教えを乞うブレッグぐらいなものである。

 ヒューマンと同じ万能型だが、こちらはやや魔法系のステータス寄り。

 既存のファンタジー作品のエルフに近い見た目から、ジャーガに次いで人気の種族である。


・ステータス

 HP―― 十六

 SP―― 二十三

 STR―― 二十

 DEX―― 十八

 MAG―― 二十九

 AGI―― 十六

 DEF―― 十一

 MND―― 二十三




 説明を読んでも俊介には、ピンとこない。ファンタジーと言えば、ハリウッド映画で二~三本見たぐらいの経験値では、造語の嵐に脳が対応出来なかった。


「兄ちゃん。種族ってどれ選べばいいの?」

「見た目で選ぶ手もあるし、能力差もあるからやりたい事に合わせてもいい。まぁプロプレイヤーでもない限り、見た目重視が圧倒的に多いけど」


 俊介は、改めて五種族をじっくり眺めてみる。

 確かに見れば見る程、五種族の見た目は異なる。だが同時に、見た目へのこだわりが一切ない事を自覚させられる。

 俊介にとっての関心事は、速さだ。速いキャラならなんだっていい。


「見た目とかどうでもいいや。足が速いのがいい」

「じゃあジャーガって言う種族選びな」

「猫人間みたいなやつ?」

「ケモ耳ね」

「ケモ耳……どういう意味?」

「今度詳しく説明してやる」


 別にそこまで詳しく知りたくないと思いながらも、俊介は口に出さなかった。

 洋介の言う通りにジャーガを選択すると今度は、


「あなたの姿を教えてください」


 とNPCの女に言われ、キャラクタークリエイト画面に移行する。

 困惑していると、洋介がコントローラーを手に取り、俊介の要望通りのキャラを作ってくれた。

 金の瞳と毛色をしており、髪型は短髪で前髪は眉よりも上である。

 顔は弄っている内に精悍な面立ちとなり、年頃は十代中頃の少年という具合だ。

 肌の色は、健康的な方がいいと伝えたおかげで、日に焼けたように浅黒い。

 服装は、黒いノースリーブのシャツ、着古した感じの黒いハーフパンツと黒いブーツだ。

 キャラクリエイトが終わると、NPCの女が微笑みかけてくる。


「あなたの戦い方を選んでください」

「まだあるのか……早く遊びたいんだけど、決める事多すぎじゃね?」

「弟よ。これも大事な所だからな。次はジョブだな――」


 ジョブは、キャラクターの初期装備と初期スキルが決まるが、ゲーム開始後いつでも変更可能だ。

 いずれのジョブも特定のステータスが増減されるステータス補正値(小数点以下は切り捨て)が設定されている。

 またジョブのスキル解放率が十五%を超えると、新たにサブジョブの設定が可能となる。

 サブジョブは、選択したジョブの一部スキルとステータス補正値の半分を得る事が可能で、メインジョブと同じジョブを設定すればより尖った性能に出来るし、メインジョブの弱点を補ったり、魔法剣士のような複合ビルドを作る事も出来る。


○剣士

 片手剣と簡素な鎧を持ち、多彩な物理攻撃スキルを操る。

 SPとSTRに四十%、AGIに十五%のプラス補正。

 MAGとMNDに二十%のマイナス補正。




○騎士

 片手剣と盾と鎧を持つ。敵のヘイトを引くスキルを操る。

 HPとDEFに五十五%のプラス補正。

 DEXとAGIに二十%のマイナス補正。




○戦士

 両手斧と皮の鎧を持つ。広範囲への物理攻撃を得意とする。

 HPとSTRに四十%、DEFに十五%プラス補正。

 DEXとMAGに二十%のマイナス補正。




○侍

 刀と和服を持つ。腕力と技量を併せ持った戦士。

 STR・DEX・AGIに三十%のプラス補正。

 DEFとMNDに三十%のマイナス補正。




○暗殺者

 ナイフと軽い布の服を持つ。突進系の攻撃スキルや移動系のスキルを多く取得している。

 AGIに六十%、DEXに三十五%のプラス補正。

 HPとDEFに四十%のマイナス補正。




○魔導師

 魔法の杖と黒いローブを持つ。魔法の扱いを得意とする。

 MAGに五十%、SPとMNDに三十%のプラス補正。

 HP・DEFに三十五%のマイナス補正。




○付与師

 魔法の杖と白いローブを持つ。自身や味方を強化する補助魔法を得意とする。

 MNDとSPに四十%、MAGに三十五%のプラス補性。

 HP・DEF・STRに四十%のマイナス補正。




 以上が各ジョブの特徴である。


「――って感じなんだけど、俊介どれがいい?」

「速いの」

「じゃあ暗殺者だな」


 俊介がジョブの選択を終えると女性が破顔すると、


「あなたに幸あらん事を」


 モニター画面が真っ白に染まった。

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