落飛

影宮

短く

 空中に投げ出されて、飛ぶことも出来ないままに落ちていく。

 小さな地上が下にあるのが、とてつもない恐怖を煽っていく。

 ただ意識のない忍にすがりついたまま。

 悲鳴で目を覚まして欲しいとさえ思う。

 意識もないままの忍は無抵抗。

 当然、飛べるだろう足も人形みたいだった。

 願いながら、目を瞑って叫んでいた。

 死にたくない、先程までの願望に逆らった。

 あと少しの距離と時間だけが許されてる。

 走馬灯すら走りそうだ。

 途端、この背中に手が力を得ていた。

 目を開けて忍を見上げると、苦しそうに目を覚ました。

 真っ直ぐ地上を見上げて、舌打ちさえしそうだ。

 このまま地面に叩きつけられるのか、それとも飛べるのか。

 忍が目を閉じて、まるでこれが終わりだと言いたげに手に力を込めた。

 安心もできないまま、死ぬ覚悟さえできない。

 地面が迫ってくる、日が沈んでいくのと同時だ。

 目を閉じて、奇跡を待った。

 瞬間、体が強く持ち上げられて、飛ばされていくようだ。

 目を開ければ忍は、当然の如く飛んでいた。

 夢のようで期待していた結果に驚くばかり。

 未だ、苦しそうな顔に申し訳なくなる。

 空に星が浮き始めた。

 忍は地面に舞い降りる。

 砂埃を上げて、地面に足を滑らせる。

 翼は地面に伏せて、忍は動かなくなった。

 翼の下から這って出て、立ち上がる。

 息さえ忘れそうなほど、忍の呼吸は浅い。

 声が出ないまま立ち尽くした。

 間隙、背後からの衝撃に意識が飛ばされる。

 目が覚める時には、病室に横たわっていた。

 山の中倒れていたのだと、告げられた後には、それ以降忍とは一度も会っていない。

 翼を持った忍に、良く似た人とすれ違う。

 秒速、声をあげて呼び止めた。

 振り返りもせず手を振って路地裏へと立ち去った。

 後を追って路地裏に入り込む。

 何処にもそれらしき姿はない。

 頭上から影が落ちてきた。

 見上げれば、その忍が翼を揺らして空を見上げていた。

 赤影、忍は飛び去った。

 羽根が舞落ちて掌の上に着地した。

 風によって羽根が舞い飛んでゆく。

 陽の光に当たって羽根は消えていった。

 一瞬、名を呼ばれた気がして振り返った。

 誰もいないまま。

 落ちて飛ぶような、もう夢にも無いだろう。

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落飛 影宮 @yagami_kagemiya

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