第9話 鈴亜を本気で好きになった…と断言してた男の人が…真珠美ちゃんのお兄さんだった。

 〇島沢真斗


 鈴亜を本気で好きになった…と断言してた男の人が…真珠美ちゃんのお兄さんだった。

 て事は…僕を殴ったのも…彼かもしれない。

 そのお兄ちゃんはバイクに乗る人?なんて…聞けるはずもない僕は。

 メガネの修理が出来た時のために、真珠美ちゃんの連絡先を聞いて別れた。


 …そして、今日は一日モヤモヤしてたと思う。



「おまえ、『Fly High』のソロ、いい音出してんな。」


 陸ちゃんがそう言ってくれたのは、二人で事務所の近くの居酒屋『佐助』で乾杯して…

 ジョッキ二杯目のビールに口をつけた時だった。


 今日は、帰っても奥さんが不在とかで…セン君でも光史君でもない、僕を誘ってくれた陸ちゃん。

 陸ちゃんと二人きりで飲むのって、いつぶりかな。

 最近僕が浮かない顔してるの…みんな気にしてくれてるんだよね…。

 申し訳ないな…。



「ほんと?嬉しいな。」


 明日は休みの人が多いのかな。

 今日の佐助には、見た事がある顔が多い気がする。


「まこちゃーん。」


 ふいに名前を呼ばれて声のした方向に目をやると…


「あ…どうも…」


 インフォメーションのお姉さん達が、少し離れたテーブルから手を振ってた。


「…何だよ。おまえ、モテてんじゃん。」


「いや…別に…」


「母性本能くすぐるタイプなんだろうなー。」


 陸ちゃんにしてみれば…何気ない一言だったのかもしれないけど。

 僕はつい…


「…そういうのって、男らしくないって言ってるように聞こえる。」


 トゲのある言い方をしてしまった。


「そっか?役得だと思うけどなー。」


「……ごめん。やな言い方して…」


「あ?何か嫌な言い方したか?」


「……」


 はあ…

 陸ちゃん、ごめん。

 そして、ありがと。

 ほんと…嫌になるよ…

 こんなに、いつまでも落ち込んだままの自分…



「それとさ、ちょっと今考えてんだけどさ。」


「ん?」


「次のアルバムの曲の構成。」


「えっ、次のアルバム?予定があるの?」


「いつゴーサインが出てもいいように、だよ。」


「あっ、そっか~。そうだよね。」


 それから…陸ちゃんは意外と真面目に曲作りの話をした。


「…っていう展開の曲って、どうかなと思って。」


「わー…それ楽しそう!!て事になると…本格的にコーラスが欲しくなるよね。」


「ま、俺らライヴはしねーから、その辺は知花の重ね録りでいいとは思うけどな。」


「そっか…うん。それ、セン君とも練って、軸が出来たら聖子と光史君にも肉付けしてもらおうよ。」


「おう。」


 楽しいお酒が飲めて、大満足。

 音楽の話をしてる時だけは…鈴亜の事、考えなくて済むし…


 …あれから…

 考えまい、忘れよう…って思うのに…

 ふとした時に、鈴亜の事…思い出す。

 最後のデートの時のそっけなさとか…

 楽しい事を思い出すならまだしも…胸に刺さるような事を思い出すなんて、これまた情けないな…僕。


 …あんな別れ方をして…鈴亜に何も言わせなかった事…本当は後悔してる。

 鈴亜の言葉を聞くのが怖かった。

 他に好きな男が出来た。って言われるのが…



「ちょっとトイレ行って来る。」


 陸ちゃんがそう言って席を立って、すぐ。


「島沢君。」


「…えっ?」


 突然、隣に女の人が座って。

 僕はかなり驚いて椅子から落ちそうになってしまった。


「あははっ。島沢君って、可愛いだけじゃなくて天然?いいなあ。」


「あ…えーと…誕生日には、プレゼントをどうも…」


「覚えててくれたんだー。嬉しい。」


 えっと…確か…映像の佐伯さん。

 プレゼントは…タオルだった。

 申し訳ないけど、箱に入ったまま…


「二階堂君と二人?」


 佐伯さんはキョロキョロして陸ちゃんを探してるみたいだった。


「はい。」


「ねえ…あたしも、まこちゃんって呼んでいい?」


「あ…それは…構いませんけど…」


「もー、敬語なんてやめてよ。同じ歳なんだからー。」


「あ、いえ…でも…」


 僕は…人見知りなんだよー!!

 陸ちゃん!!

 早く帰って来て!!


「佐伯さーん。ずるいー。」


 助け舟は、思わぬ所からやって来た。

 インフォメーションのお姉さん達だ。(三人)

 佐伯さんよりは…慣れてる。

 何しろ、毎日ロビーであいさつしてるわけだし…


「せっかく男同士で飲んでるんだから、邪魔せずにおこうって、あたし達見守ってたのに。」


「えー、映像に居ると、こういうチャンスでもないとお近付きできないんですもん。」


「ねえ、まこちゃん。一緒に飲まない?」


「えっ、じゃあ、あたしも混ぜて混ぜて!!」


「佐伯さんは、同じ課の人と飲んでた方がいいんじゃない?」


「もー!!どうしてー!!」


「ちょ…ちょっとすいません…僕…トイレ…」


 女性たちの間をかいくぐって、僕はダッシュでトイレに向かう。

 ああああ…怖いよー…

 陸ちゃん、トイレ長いなあ…

 …と。


「…陸ちゃん、ここで何してんの。」


 トイレに向かう通路の角で、陸ちゃんが僕を見てニヤニヤしてる。


「いやー…肉食系女子に食われそうになるおまえ見て、ちょっと笑ってた。」


「もー!!早く帰って来てよ!!」


「あはは。悪い悪い。お詫びにいい店連れてってやる。」


「いい店?」


 そこで席には戻らずお会計を済ませて…

 陸ちゃんが連れて行ってくれたのは…




 〇二階堂 陸


「あれ?陸ちゃん…まこちゃんも?」


 打ち合わせ通り。

 俺がまこを連れて向かった二軒目は…『プラチナ』っつー神さんの行き着けらしい店。

 そこには、今回の発起人らしい神さんが、知花と並んでカウンターにいた。


 ぶっちゃけ、こんな所にバーなんてあったんだ?ってぐらい、分かりにくい場所。

 それでなのかどうか…

 俺達より先に来てるはずの、浅香さんと聖子がいない。

 …迷ってんな?



「おう。」


「あ…ど…どうも…」


 まこは神さんにペコペコと頭を下げて座った。

 知花の旦那とは言え、神さんだ。

 超人見知りのまこは、今も慣れないままに違いない。

 ま…俺も、『義兄さん』って呼べねーんだよな~。

 敷居がたけーよ…

 神さんが身内なんてさ…



 俺達以外、客のいない店内。


「新婚のクセに、飲みに出てんのかよ。」


 神さんがニヤニヤしながら言って。


「今日は麗が留守なんで。」


 俺もつい…ニヤニヤしてしまう。

 神さんと知花から、まこのための飲み会をしよう。って連絡があって。

 麗が子守のため、桐生院に加勢した。

 口には出さないが…あいつ、やっぱ実家が恋しいんだろうなー…


 大家族で育ったからか…二人暮らしを寂しく思ってる麗。

 俺はー…ほぼ織と二人だったし。

 親が生きてるって知って、こっちに来てからは思いがけず大家族みたいなもんだったけど…

 基本、洋館に織と二人だったからなー…

 もし桐生院で一緒に暮らそうって言われてたら、正直困ってた所だ。


 …神さん、すげーよな。

 すっかりあの大所帯に入り込んでるし。

 婿養子とは思えねー貫録だし。



「知花、お酒解禁?」


 まこが超小声で知花に言うと。


「一緒だから、少しぐらい飲めって。」


 知花も小声で答えた。



 とりあえず、四人で少しシャレた酒で乾杯した。


「俺、あの時もらった神さんのサイン、今も持ってますよ。」


「あ?サインなんて書いたっけ。」


「書いてくれたじゃないっすかー。Tシャツとギターに。」


「…覚えてねーな。」


 俺と神さんだけが喋ってて。

 知花は軽い酒だからとか何とか言われて、薄いピンクのカクテルをチビチビと飲んでは『美味しい』と小声でつぶやいて。

 まこは…何となく笑顔になったり…小さく溜息をついたり。

 …溜息をつくな。溜息を。



「あら。」


 背後で声がして、振り向くと…ようやく聖子と浅香さんが来た。


「どうしたのー。今日は。知った顔ばっか。」


 聖子が少しわざとらしい口調でそう言いながら座ると。


「本当、ビックリだね。」


 まこは笑顔で答えた。

 …純粋だな…まこ。



 ともあれ、再び乾杯をした。

 佐助でジョッキ四杯飲んでたが…

 まこは…俺より強いんだよな~…


 さて。

 ここから…どうするんだ?





「うふふっ。もうっ…やだ。千里のバカっ。」


「…なんだよ。おまえが言ったんだぜ?」


「えー…あたしそんな事言ったかなあ…?」


「言ったさ…」


「……」


 目の前で繰り広げられる、拷問のようなイチャつきぶりに。

 まこは…グイグイと酒を飲んだ。

 聖子と浅香さん…そして俺は、若干…引いている。


 …知花!?

 どーしちまったんだ!?

 おまえ、酒飲むとこうなっちまうのかよ!!


 て言うか、この『酒を飲んで神さんに甘える知花』は、神さんも知らなかったらしく…

 かなり、本気で嬉しそうだ。

 いつもは人前で密着されて、若干困ってる風な知花だが…

 今日は…


「だって…千里があんな事言うから…」


 唇を尖らせて、神さんを見上げて…神さんの肩にちょこんと頭をぶつける。


「おまえ…何だよ。そんな甘えた顔しやがって…」


 …ほら!!

 神さん、もういつでも押し倒す態勢じゃねーか!?


「うちの嫁さん、何でこんなに可愛いんだろうな。」


 デレデレになった神さんが、知花の肩を抱き寄せて自慢そうに言う。

 知花が可愛いのは、俺らも十分分かってますとも…

 って、言ったら大変な事になるから言わねーけど…


 そ…それにしても…

 この知花は…大発見だな。

 だいたい、知花は酒が飲めないとかで。

 まこと聖子がどれだけビールをかっくらってても、一人でお茶かジュース…

 初めてアルコールを飲んだのは…二十歳過ぎて…何の時だったかな…

 カシスオレンジを二口ぐらい飲んで…寝ちまったんだっけな。


 …だから、衝撃だった。

 俺と麗の結婚パーティーで、コスプレした知花……


 ふふ…ふはははははは!!


 思い出すとおかしくてたまらなくなったが、神さんに不審に思われちゃマズイと思って、心の中でだけにした。


 神さん、今度から絶対俺らの飲み会で知花には飲ませねーだろうな…

 で、自分と二人きりの時には飲ませまくるんだろーな…



「…知花…大丈夫?」


 聖子が心配して声をかけると。


「え?あたし?どうして?」


 知花が、トロンとした目で首を傾げた。

 …んー…三児の母とは思えねー…


「いや…すごく…可愛くなってるから…このままだと、神さんが…」


 聖子がしどろもどろにそう言うと。


「余計な事言うな。今俺は気分がいいんだ。ほっといてくれ。」


 神さんは、そう言って知花を横からギュッと抱きしめて。


「たまには二人でこうして飲みに出ような。」


 すげーカッコいい声…ちょっと俺まで照れた…

 って…

 おーい‼︎神さん‼︎

 今日のコレ、目的忘れてないっすか⁉︎



 俺の隣で、二人のアツアツぶりに当てられたまこは…


「もう一杯。」


 かなり…

 目が…座ってしまってた。




 〇浅香聖子


 その時あたしは…目の前の光景に、身体が震えそうになってた。


 ち…知花が…

 ………可愛いーーーーーー!!

 ああ!!もう!!

 知花って、お酒飲むとこうなっちゃうんだー!!


 どうして早くに知っておかなかったんだろう…

 アメリカにいる時、あたしとまこちゃんは早くからアルコールに手を出したけど…

 知花は、一切口にしなかった。

 …未成年だってのもあったのかもだけど…

 アメリカよ!?

 飲めちゃうのよ!?


 ま、でもね…妊娠出産したからね…



 で。

 帰国して、一度だけ…カシスオレンジならジュースみたいだよって、まこちゃんの勧めもあって…

 ダリアで乾杯した時…

 二口。

 それって、舐めたぐらいよね。

 それで、知花は寝てしまった。


 もう、アルコールを受け付けない体質なのかもね…って事で、それ以降は飲み会でもお茶かジュース。

 でも、雰囲気で十分酔っ払えちゃう。なんて言って、いつも楽しんでた。


 …陸ちゃんと麗の結婚パーティーでは、さすがにお祝いだから。って少し飲んで…

 ……あの有様。

 まさか…キューティーサリーになるなんて…

 でも、可愛かったなあ…あの知花。


 …で。

 今、すぐそこでトロンとした目になってる知花は…

 超…超超超!!超可愛いーーーー!!

 その隣で、神さんはデレデレになって…超幸せそうで…

 その反対側では…


「……」


 まこちゃん…

 あなた、目が座ってますよ…。



「ま…まこちゃん…このあいださ、すごくピアノ弾き倒してたじゃない?あれ、何かあったの?」


 とりあえず、ストレートに聞いてみた。

 すると…


「…あ?」


 やだ!!

 まこちゃんが怖い!!


 って体を少し引くと…


「やだ~…まこちゃん、怖いよ?」


 知花が…力が抜けそうなぐらい…可愛い声で言った。


「…おい、まこちゃんにまで可愛くしなくていい。」


 ぷっ!!

 神さん!!

 て!!

 あたしと京介と陸ちゃん、同時に噴き出してしまった!!


 あたし達が肩を揺らして笑ってるのに、知花は真顔…トロンとした顔ではあるけど、真顔で。


「何か、辛い事でもあったの?」


 優し~く…まこちゃんに問いかけた。


「……」


 まこちゃんは…無言。


「あたし達には、言いにくいかなあ…」


「……」


「鈴亜ちゃんと、別れたの?」


 !!!!!!!!!!!!!!!


 知花のストレート過ぎるツッコミに、あたし達、全員で目を見開いた。


 神さーん!!

 知花をどうにかしてーーーー!!



「別れたって言うか…」


「うん。」


「…僕…逃げたんだよ…」


「逃げた…?」


「そ…ダメな奴だろ…僕…」


 まこちゃんの絞り出すような声…

 あー…重症だなあ…


「…分かるよ…その気持ち。あたしだって、逃げたんだもん。」


「知花が…?」


「そうだよ?千里の事、好き過ぎて…離れるのがイヤになって…だけど夢と恋と…って、あたしには両方上手くやってく自信がなくて…」


 知花の告白に…神さんは、テーブルに肘をついて顔を乗せた。


「千里に嫌われるのも怖かったし…だから…自分から別れようって…逃げちゃった…」


「知花…」


 突然、まこちゃんがポロポロと泣き始めた。


「そんな…辛い決心をして…よく…アメリカで頑張ったね…」


 え…えー…?

 大丈夫かなあ…この二人…


「うっ…うっ…」


「え。」


 ふと、隣を見ると…京介まで泣いてる!!

 あんた!!

 なんで泣いてんのよ!!


「あたしなんて…みんなに助けてもらってばかりで…だけどね…今、すごく幸せで…それで…」


「それで?」


 神さんが、知花の横顔を見つめながら…真顔で問いかけた。


「それで…思うの。あの時…あたしは諦めてたけど…千里は、あたしを諦めてなくて…」


「……」


「諦めないでいてくれて…ありがとうって。本当、ありがとうって。」


 あの頃の事が、走馬灯のように蘇って。

 あたしも陸ちゃんも、少し…ジーンときてたんだけど…


「ううっ…」


「…浅香さん…酔ってるんすか?」


 陸ちゃんが、京介に目を細めて言った。

 …連れて来るんじゃなかった!!



「…神さん…」


 まこちゃんが、口を開いた。


「あ?」


「…諦めようって…思わなかったんですか…?」


「……」


 まこちゃんの問いかけに、神さんは変わらず頬杖をしたままで。


「何度か、くじけそうにはなったぜ?」


 小さく笑って、言った。


「…それでも…諦めなかったのは?」


「バーカ。」


 神さんはテーブルから体を起こして、知花をギュッと抱きしめて。


「好きだからだよ。それ以外に何があるっつーの。」


 すごく…幸せそうな顔で言った。


 …あー…

 知花も神さんも…超幸せなんだ…

 …良かった…



「…僕…」


 まこちゃんは、目の前の愛に溢れた二人を見て、ますます涙をこぼして。


「…鈴亜が…ヘルメット持ってるの見た時…僕とじゃ味わえない事を経験してるんだなー…って…」


 テーブルに、頭を乗せた。


「鈴亜が楽しいって思う事…僕は…今まで…してあげれてたのかなあ…って…」


 うう…

 まこちゃん…あんた…あんた、バカ!!


「…バカねぇ…まこちゃん…」


 知花が、神さんの腕の隙間から手を伸ばして、まこちゃんの頭を撫でる。


「好きな人と一緒にいたら、暇な時間も大事な時間よ?楽しいって思う事だけが、いい時間じゃないんだよ?」


 ああ…知花…あんた可愛い!!

 あたしは、京介と居て暇なのは嫌だ!!


「…でも…もう遅いよ…僕……鈴亜を傷付けた…」


 まこちゃんはそう言うと…


「くー……」


 寝落ちした。


「……」


「……」


 あたし達は顔を見合わせて。


「…神さん、いい夜だったわね。」


 知花にベッタリの神さんにそう言った。

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