九相図4

とうとう、その日はきた。

私とご主人様は、身なりを綺麗にして、数粒の毒薬、強力な睡眠薬だけを持って、草原に出た。

心の中にはもはや、何もなかった。ただ私は、私とご主人様の思う形のままに、ただ、ここではない何処かへと逃避するのだ。

ご主人様は言った。

「この毒薬と一緒に睡眠薬を飲むんだ。睡眠薬の効果で眠りにつき、そのうちに毒がまわり、君と私は死ぬことになる」

 ご主人様はあくまで淡々と、ただ起こる事実のみを伝えてくれた。

「最期まで、ありがとうございました」

 私の言葉に、ご主人様は無言で目をくれた。その目にはやはり、私の姿が映っていた。

やがて私とご主人様は、草原の真ん中にある大樹の影に寄った。

「私達二人は、ここで死のうと思う」

 その大樹は周りから浮き出た美しい一本の木で、これを死に場所と呼ぶには、出来すぎていると思えた。

「ご主人様」

「なんだい、青薔薇」

「手を、繋ぎましょう」

「いいとも」

 私とご主人様は大樹に寄りかかり、強く、強く手を握った。

私は言った。

「私にとっての生は、決して幸福ではありませんでした。けれど、今この死をもって、私は初めて幸福となれるのです」

 ご主人様は言った。

「私の人生は、これによって完成する。完結する一つの物語となる」

 ご主人様は、握られてない方の手に在る薬を飲み込んだ。

私もまた、それを飲んだ。

ぎゅっと、ぎゅっと手を繋いだまま、私達はぼんやりと、チベットに広がる草原と、その山の峰と、遠くなる意識とを、ずっと見つめ続けていた。

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