第2話 アイドルさんとおっさんと

 スポットライトが1人の少女を照らす。その前には少し距離を置いて無数の人が並ぶ。どうやら、アイドルさんの握手会のようだ。今、正にはじまろうとしている。並んだ人の数から、相当な人気者のようだ。そのうちに先頭のおっさんがアイドルさんに歩み寄る。そしてアイドルさんの細い腕を両手でホールドする。まるで大切なものを抱きかかえるように。


 しいかは、その横にいるのだが、どういう立場なのかははっきりしない。同じグループのメンバーにしては、自分の前には誰もいないし、着ている服は地味過ぎる。マネージャーかもしれないし、剥がしの人かもしれない。迷い込んだだけのただの人のような立場と解釈するのが1番しっくりするが、何でこんな所に迷い込んだのかは、全く想像できない。しいかは、こんなことなら女神にもっとテストの内容を聞いておけば良かったと後悔していたが、そんなことは口が裂けても言いたくはない。


(女神が言う気まずい状況って、どういうことなんだろう?)


 しいかは考えながら、握手会のおっさんとアイドルさんの様子を観察した。すると、ある2つのことに気付いた。1つ目はおっさんについて、チャックが開いていること。そしてそこからズボンにインしたバラ色のシャツの端がのぞいている。派手だ。2つ目はアイドルさんについて、胸元にあるステージ衣装のホックが外れていること。そしてそこからババ色のブラジャーがのぞいている。地味だ。派手なシャツのおっさんと地味なブラジャーのアイドルさん。どちらも内に秘めておくべきものが露出している。しかも、どうやら本人達は気付いていないみたいだ。何とも気まずい状況だ。


 しいかはハッとした。これこそがテストの気まずい状況なのだと気付いたのだ。だから、直ぐに行動した。先ずはおっさんに近付く。


「おっさん、チャック開いてるわよ!」


 しいかはおっさんに小声で言う。すると、おっさんは慌ててチャックを締める。その隙にしいかはアイドルさんを庇うような姿勢をとる。そして、アイドルさんに耳打ちする。


「アイドルさん、ホック! ホック!」


 チャックとホック。おっさんとアイドルさん。派手と地味。シャツとブラジャー。しいかは双方に気を使い、言葉を掛けた。すると、スポットライトが急に激しく輝き出し、辺り一面を強く照らす。しいかはまるで、光のカーテンに包まれたようになる。


「しいか、貴女には魔法戦士の才があるようですね」


 女神の声。優しい声だ。しいかは、テストが終了したんだと思った。しいかの心の中に、何故か感謝の気持ちが強く湧いてきた。しいかは小さな声でありがとうと呟く。すると、しいかを包んでいた光が少しずつ消えていく。そのうちに周りの景色が見えるようになってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る