第43話 あたしの荷物(最小限)を陸さんのマンションに引っ越して…

 〇桐生院 麗


 あたしの荷物(最小限)を陸さんのマンションに引っ越して…

 もう、準備も特にない。

 あとは…明日の本番を待つだけ。


 陸さんには、しっかり寝ろよって言われて…

 一度マンションに行ったけど、二時には帰らされた。



「……」


 まだ…実感ないなあ…

 そう思いながら、庭から家を見上げる。


 二ヶ月前に19歳になったばかり。

 まさか…自分が二十歳までに、結婚するなんて思わなかった。


 …その前に…

 誓以外に好きな人が出来るなんて…



 ゆっくりと庭を歩きながら、明日の段取りを頭の中に思い浮かべる。

 まずは…面倒な桐生院関係者を集めた披露宴…

 あたしは友達いないから、親戚と父さんの会社関係者だけ。

 陸さんの方からも…ご両親と織さんご夫婦。

 あとは…バンドの皆さんと…高原さん。

 できる事なら、バンドの人と家族と高原さんだけでやりたかったな。


 うちの親戚は…早くに亡くなったおじいちゃまの従兄弟一族。

 かろうじて華道で繋がってるけど、昔ほど付き合わなくなったらしい。

 あたしだって、席表の名前見てもピンと来なかった。


 それが終わったら…

 二階堂家側の、パーティー。

 陸さんの実家のお庭での、ガーデンパーティー…

 緊張しちゃうな…



「ただいま…」


 小さくそう言って、玄関を入る。

 廊下を歩いて大部屋にたどり着くと…母さんとノン君とサクちゃんがいた。

 聖と華月は、座布団で寝てる。



「あした、うややちゃん、おひめしゃまになるの?」


 サクちゃんの可愛い言葉に、廊下に立ったまま…笑顔になった。


「そうよ?麗ちゃん、とびっきり可愛いお姫様になるのよ?」


「おーじしゃまは、いくちゃん?」


「そう。陸ちゃん。」


 …おばあちゃまの姿が見えなくて、少し周りを見渡して…

 あたしは、中の間に。

 すると、おばあちゃまはそこで…アルバムを開いてた。


「…おばあちゃま。」


 声をかけると。


「あ…ああ、麗。もう帰ったのかい。」


 おばあちゃまはメガネを外して。


「よく泣く麗と誓の子育ては大変だ…ってあの頃思ったけど…今となってはあっと言う間だねと思って…」


 アルバムを指差した。

 そこには、大泣きしてる…あたしと誓の写真。


「本当、よく泣く子でしたよ…二人とも…」


 あたしは…おばあちゃまの隣に座って、ゆっくりとアルバムをめくる。


「…おばあちゃま。」


「なんだい?」


「…可愛くない子で…ごめんね…」


 アルバムに目を落としたままそう言うと。


「麗が可愛くないわけがないでしょう。」


 おばあちゃまは、大げさにそう言って笑った。


「…誓や姉さんみたいに…友達を連れて来る事もなくて…学校での話も…全然しなくて…」


「……」


「…本当、あたしって…つまんない孫だったよね…」


 今になって…後悔した。


 どうしてあたし…もっとバカしなかったんだろう。

 何もしなくても可愛いってチヤホヤされてたから…クラスの女子達が、可愛くなるために努力してるのを、バカにした目で見てた。


 どうして…一緒になって、オシャレを楽しめなかったんだろう。

 学校帰りに、ダリアでパフェ食べる事にも、憧れてたクセに。

 一度も誰からの誘いにも乗らなかったあたしには、高校三年の時には、一度も声がかからなかった。


 本当は寂しがり屋なのに、平気な顔してた。

 一人でも何てことないって顔して。

 背筋を伸ばして…真っ直ぐ前を見てた。



「あたし…最近、すごく寂しがり屋になった…って思ってたけど…それって…本当は昔からそうで…」


「…麗…」


 おばあちゃまが、あたしの手を取る。


「昔から寂しがり屋だったけど…平気なフリしてたのに…今は…平気なフリ…出来ないの…」



 前は、父さんと、おばあちゃまと、誓と四人で。

 たまに帰って来る姉さんを敵対視して。

 狭苦しい自分に気付いていながら…自分ではどうしようもなかった。


 なのに今は…


 姉さんがいて、義兄さんもいて、ノン君とサクちゃんと華月もいて…

 お母さんが来て、聖が生まれて…

 家族が増えて…とても賑やかになった桐生院家。


 自然と…あたしは笑顔が増えた。

 言葉も増えた。

 素直にも…なる事が増えた。


 だから…



「…やっぱりお嫁に行きたくない…なんて、言わないでおくれよ?」


 おばあちゃまが、うつむいたあたしの頭を撫でる。


「私だって…麗がお嫁に行くのは、嬉しい反面寂しい……でも、お嫁に行ったから家族じゃなくなるわけではないし…何の心配も、要らないんですよ。」


「…おばあちゃま…」


 おばあちゃまに抱きついて泣いてしまった。


「おやおや…どうしたのかしらね…」


 おばあちゃまも涙声。


 そう言いながら、あたしの背中をポンポンってしてくれてると…


「うややちゃん!!どーしたのっ!!」


 ノン君が走って来て…


「なに!?なにかっ、いたいの!?」


 あたしの顔を覗き込んで。


「ないてゆのー!?」


 大事件みたいな顔をして…あたしの顔を…


「こらっ、ノン君。ダメですよ。」


 間一髪、おばあちゃまがノン君の手を取った。


 …危ない。

 渾身の一撃を頬にもらう所だった…


「泣いてる人の頬っぺたパチンしたらダメって、父さんと母さんに怒られたでしょう?」


 おばあちゃまがノン君に説教してる…珍しいな。


「パチンしてないよ?なくの、かあいしょうだから、よしよししてたのよ?」


「よしよしは、こうするの。」


 おばあちゃまはそう言って、ノン君の頬を触った。


「でも、ノン君はいつもどうやってる?ここに、パチンってやってるでしょう?」


 続けて…少し軽めに、頬をパチンと叩いた。


「はっ……」


 叩かれたノン君は、少し驚いた顔をして…

 泣くのかなと思ったけど、泣かなくて。


「しゃく~…」


 走って、サクちゃんの元へ行った。



「…お茶にしましょうかね。」


 おばあちゃまが立ち上がった。


「…うん。」


 あたしも…アルバムを持って立ち上がる。


「それ、さくらが見たいって言ってたから、大部屋に持って行ってやりなさい。」


 もう何度も見たはずなのに…

 何言ってるんだろ。


「…分かった。」


 アルバムを持って大部屋に行くと、ノン君とサクちゃんが手を繋いであたしの前に立って。


「うややちゃん、いままで、パチンしてごめんね。」


 って…頬を優しく撫でてくれた。


「…もう…」


 それが可愛くて…嬉し過ぎて…二人を抱きしめて泣いてしまうと。


「ああーん!!うややちゃんがなくー!!」


 二人も…つられて泣き始めてしまった。

 そんなあたし達を、母さんは優しい顔で見てて。


「明日が楽しみね。」


 ノン君とサクちゃんの頭を撫でたついでに…あたしの頭を撫でて。


「明日は、たくさん笑えるといいね。」


 ギュッと…抱きしめてくれた。




 〇神 千里


「…義母さん?」


 事務所で陸の前祝いだ!!と、本人がいないのに数人で飲み過ぎて。

 夜中にトイレに起きた所で…大部屋に灯りが。

 そこでは、義母さんが一人でアルバムを見ていた。


「あ…千里さん。」


「眠れないんすか?」


 俺は義母さんの向かい側に腰を下ろして、アルバムを覗き込んだ。


「んー…なんて言うのかな…」


「?」


「…どんな言い方しても、ちょっと上からみたいに思えちゃうかもなんだけど…」


「なんすか。」


 義母さんはアルバムの中の麗に少し触れて。


「…容子さん、生きていたかっただろうなあ…って…」


「……」


 俺はその言葉に、何も言えず。

 立ち上がってお茶を入れかけて…いや、明日顔をむくんでも困るしな…と悩んで。


「…何か、飲みますか?」


 問いかけた。


「……飲んじゃおっかな。」


 義母さんはテーブルに両手をついて立ち上がると。


「うん。飲もう。千里さん、付き合ってくれる?」


 俺の前を通り過ぎて冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、一本俺に差し出した。


「…俺はいいけど…顔がむくんでも知らないっすよ?」


「大丈夫。一本ぐらいでそんなになんないよ。」


 それもそうか…って事で。


「…乾杯。」


 俺は、義母さんと乾杯をした。



「麗って…不器用ちゃんだなあって。」


「不器用ちゃん…」


 小さく笑う。

 義母さんは時々、知花でも言わないような表現をする。



「麗、ちょっとマリッジブルーだったの…知ってる?」


「ああ…陸も言ってましたよ。急ぎ過ぎたかなって。」


 二人がくっつけばいい。とは思ってたが…

 まさか、見合いをぶち壊しに来て、そのまま結婚にまっしぐらとは思わなかった。

 ま、陸にとっては、あのタイミングだったのかもしれないが…

 麗は、勢いに流されただけ。みたいな気もしてしまう。

 陸を好きな事に違いはないんだろうが…



「麗…このうちを出ると、容子さんを置いてっちゃう気がしてるんじゃないかなって。」


「え?」


 義母さんの、思いもよらない言葉に、口をつけかけた缶を下ろした。


「色々さ…辛い思い出はあるだろうけど…麗は、必死で容子さんを守ろうともしてたわけじゃない?」


「……」


 母親の味方は自分しかいない。

 麗は、そう思って…知花に冷たくしたり、家族にも心を開けずにいた。


「そういう存在って…本当は、忘れたくても忘れられないよ…」


「…そうっすね…」


 酷い事を言って、麗の頬を叩いてしまった事を思い出す。

 実の母親に殺意を抱いた麗。

 実際、麗は…トリカブトを容子さんに飲ませようとしていた。

 誓によって、それはすり替えられていたが…

 誓が見付けてなかったら…そして、誓が選んだ花にもっと毒があったら…

 誰かが犯罪者になる所だった。



「大人になって、大家族になって…麗、色々考えたりしたんじゃないかな…あの頃、もっとこうしておけば良かった…って。」


 義母さんは、ビールを片手に、アルバムの麗を見つめる。

 そこには、亡くなった麗の母親、容子さんも笑顔で写っている。


「…明日、容子さんの写真も持って行きませんか?」


 俺がそう言うと。


「あたしも、それ思ってたんだけど…みんながどう思うかなと思って。」


 義母さんは、らしくないぐらい…遠慮がちに言った。


「遺影は冷たい美人って感じだったから…どれか笑った写真が…」


 俺がページをめくりながら言うと。


「そう言えば、一枚だけ一人で写った笑顔の写真があった。」


 義母さんは、最後のページを開いて。


「ほら、これ。」


 そこには、着物姿で…とても知花に嫌悪感丸出しにしてたとは思えないような、可愛らしい笑顔の女性がいた。


「へえ…これはかなりイケてる。」


「でしょ?この写真、あたしと一緒の席に置かせてもらっていいかなあ…」


 義母さんは丁寧にその写真をアルバムから剥がして。


「…娘の結婚式だもん…絶対、行きたいよね…?容子さん。」


 まるで…友達に聞くみたいに、そう言った。

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