第41話 光史の結婚式から三週間。

 〇高原夏希


 光史の結婚式から三週間。

 スタッフが撮ってくれた写真を眺めていると。


「おう、ええか?」


 久しぶりのマノンが入って来た。



 光史の式の後。

 マノンにも休みをやった。

 半ば無理矢理だが…そうして欲しかった。


 マノンはその休みを、るーちゃんと二人きりの旅行に使ったり、鈴亜りあわたるを連れてテーマパークへ行ったりと、なかなかの家族サービスに費やしたようで。

 るーちゃんから。


「ナッキーさん…本当に、ありがとう…」


 そう言って、ハグされた。


 …気付けばるーちゃんとも長い付き合いになった。

 出会った頃、『はじめてちゃん』なんて呼んで傷付けた事もあるというのに…

 るーちゃんは、ずっとマノンを励まし支えてくれていた。

 そんな彼女に多大なストレスを与えていた事、俺も深く反省した。

 マノンがギターバカなのは、誰よりも知っていたはずなのに…。



「ああ…ちょうど写真を見てたとこだ。」


「ははっ…」


 マノンは照れくさそうに髪の毛をかきあげると。


「…色々、サンキュ。」


 ソファーに座った。



「俺は別に大したことはしてない。ちょうどタイミングが良かったのさ。」



 俺はさほど気にしていなかったが…それは、会長室に閉じこもっていたり、外に出ずっぱりだったり…

 極端だったからかもしれない。

 事務所にいる連中は、朝霧親子の不仲に気付いていたようで。


「もー、感動した。あれから、二人の会話もすごく空気があったかくて嬉しいです!!」


 と、全く関係ない広報の人間までが言っていた。



 るーちゃんから里中の映像をもらった後、里中本人からも真相を聞き出して…

 そして、朝霧家の実情についてを話し、今の里中からのビデオメッセージを撮らせてもらった。

 それをるーちゃんに見せると…


「…あたしも、撮ってもらっていいですか?」


 意外な言葉が。

 その、るーちゃんの撮影に立ち会った俺は…


 マノンに。


「おまえと光史って、何か原因があって険悪になったのか?」


 知らん顔して問い詰めた。

 その時のマノンは…一瞬絶句した後…悲しそうな顔になって。


「…険悪…険悪なんかなあ?」


 何とも力のない声で、そうつぶやいた。



 家族としての絆を取り戻したいと思っているのは…るーちゃんだけじゃなかった。

 マノンもだ。

 そこで、俺はマノンにも…


「披露宴で、ビデオメッセージを流したらどうだ?」


 と、提案した。


 最初は戸惑ってたマノンも…

 光史の結婚を機に、自分も変わりたいと思ったのかもしれない。

 自分で原稿を書いて、何度も読んで練習したが…

 カメラを前にすると、原稿通りだったのは、最初の挨拶だけだった。



「…なあ、ナッキー。」


「ん?」


 コーヒーを淹れて、テーブルに置く。

 マノンの前に座ると、マノンはすごく真剣な顔で。


「俺、ホンマ…ナッキーの事、大好きや。」


 俺の目を見て言った。


「……」


 俺は少しキョトンとした後。


「ははっ。何だよ。」


 笑いながらコーヒーを一口飲んだ。



「…ホンマ…おまえほど人を大事にする奴…俺、見た事ないで。」


 マノンは、自分の指を弄びながら…少し照れ臭そうに言った。


「残念ながら、俺はそこまで善人じゃないぞ。」


「何言うてんねん。いっつも人のために何かしてばっかやん。」


「…自己満足だよ。それで自分を盛り上げてる所もあるからな。」


 俺がそう言って笑うと、マノンはおもむろに立ち上がって…


「…ナッキー。」


 俺の腕を持って立ち上がらせると、俺をギュッと抱きしめた。


「…おいおい…」


「俺、おまえにも…幸せんなって欲しい。」


「……」


「俺に出来る事があったら…何でも言うてくれ。」


 マノンの言葉に…癒された俺がいた。


 本当、こいつ…

 ここの奴らが、どう思ってるのか…知らないのか?


 俺は、誰にでも優しいわけじゃない。

 好き嫌いもハッキリしている。

 仕事とプライベートは別として見る分、アーティストには厳しい事も言うし、結果を出さない奴には冷たい告知もする。


 だが。

 マノンは、俺から厳しい指摘を受けた奴らに、光を与える。


 ここをこうしたら、きっとナッキーは見直してくれるで。

 頑張れや。期待してるで。


 ここの誰もが…マノンに憧れ、マノンを慕う。



「じゃ、次のF'sのツアーについて、るーちゃんとしっかり話し合ってくれ。」


 マノンの背中をポンポンとして言うと。


「え?ツアー?」


 マノンは、俺から離れて丸い目をした。


「ああ。向こうの事務所から話が来た。夏の間にアメリカで10か所ほど回って欲しいらしい。」


「……」


 相当嬉しいらしいが、手放しで喜んじゃいけないとでも思っているのか…

 マノンは、眉をヒクヒクさせて唇を結んだ。


「…夏休みの間だ。家族を同行させたらどうだ?」


 俺がソファーに座り直して言うと。


「お!!せやな!!早速聞いて来る!!」


 マノンは大声でそう言うと。


「ほなな!!」


 せっかく入れたコーヒーを一口も飲まずに、会長室を出て行った。


「……」


 呆気にとられたまま、ドアを眺める。


「……ふっ。」


 マノンの剣幕に、小さく笑いながら…

 これもまた、幸せだ…と思った。



 そして数日後。


「夏休み中だから鈴亜と渉も行かないかって誘ったら、あっさり断られてへこんでました。」


 光史が、笑いながらそう報告して来た。


「るーちゃんもか?」


「いえ、母は喜んでました。同行させてもらうそうです。」


 あれから…光史はトゲがなくなった。

 事務所の中でも、マノンが光史に抱きついて、うっとおしがられる姿はよく目にするが…

 二人とも…笑顔だ。



「高原さん。」


「ん?」


「…ありがとうございます。」


 光史が、深々と頭を下げた。


「なんだ?サプライズの礼なら、もうさんざん聞いたぞ?」


 俺は笑いながら、光史の頭をくしゃくしゃにする。


「いえ…。俺、一生…ここで頑張ります。」


 顔を上げた光史は、笑顔で。

 それがまた…俺を幸せな気持ちにさせた。


「…楽しみにしてるぜ。稼ぎ頭。」



 俺には…大切なものが、たくさんある。

 それだけで…幸せだ。



 それだけで…。




 〇島沢真斗


「うわー…」


 僕は、つい口に出して言ってしまった。

 だって…

 噂には聞いてたけど…

 知花んち、すごい!!



「まこちゃん、口開いてるよ。」


 聖子にそう言われたけど…


「だって…ここに人が住んでるって、すごいよね…」


 僕は、門を入った所で、庭を見渡して言った。


 光史君は、以前聖子と来た事があるみたいだし…

 セン君は…まあ、セン君の実家も同じようなお屋敷って聞いてるから、ビックリはしないだろうけど…

 僕は、初めての桐生院邸。


 今日は、今週末に迫った陸ちゃんの結婚披露宴の余興の最終打ち合わせで、知花んちにお邪魔する事になった。

 ダリアでも事務所でも良かったんだけど、聖子が。


「華月ちゃんに会いたい!!」


 って言って。


「それならセン、世貴子よきこさんと詩生しお君も一緒に来たら?」


 って知花が言って。


「じゃあ、俺も瑠歌連れてっていいか?」


 って光史君が言って。


「…あたしは京介連れて行かない。」


 聖子のオチに、みんなで大笑いした。


 まあ、言っちゃ悪いけど…

 浅香さんの人見知り具合には、みんなが気を遣っちゃいそうだもんなあ。

 そう思ってる所に…


「まこちゃん、彼女連れて来る?」


 知花にそう聞かれて。


「え………えっ?」


 つい、声が裏返った。


「そうだよー。こんな時に紹介してくれたらいいのに。」


 聖子も、真顔…

 …って…


「えっ、彼女…って…」


 僕の事なのに、みんなに聞き返してしまうと。


「いるんじゃないの?」


 聖子と知花は、普通に…のつもりなんだろうけど…

 頬が、引き攣ってるよ…!!


「何だよ…その探り方。」


 僕がそう言うと。


「あー、バレたかー。」


 聖子は知花と顔を見合わせて笑って。


「広報の女子に聞かれたんだよねー。まこちゃんに彼女いるのかって。」


 そう言った。


「へー……まこ、モテモテじゃんー。」


 光史君がそう言ったんだけど…

 な…何かな…

 何となく…少しトゲがある口調だったような…



 ともあれ、初めての桐生院邸…


「すごい…知花さんて、お嬢様…」


「センの実家もすごいけど…ここもすごいわね…」


 瑠歌ちゃんと世貴子さんが、それぞれそんな風に言って。

 何となく同じ気持ちの人達がいて、ホッとした。



「いらっしゃい。」


 途中まで迎えに来てくれた知花の後には…


「わー!!」


 バンザイをして喜んでる、久しぶりに会うノン君とサクちゃん。


「おっ、久しぶり。元気だった?」


 セン君がそう言って二人の顔を覗き込むと。


「しぇん、あかちゃんは?」


 ノン君とサクちゃんは、詩生君に興味津々。


「華音、咲華、先におうちにどうぞってして。」


 知花にそう言われた二人は、手を繋いで玄関まで走って。


「どうじょー!!」


 僕らを笑顔にさせてくれた。


「…天使ね…」


 瑠歌ちゃんがそう言ってるのが聞こえて、本当だよ…って思った。



 家の中もすご過ぎて、ついキョロキョロしてしまってると。


「かちゅきとー、きーちゃんとー、しおー。」


 ノン君とサクちゃんは、並んで座った三人を見て、拍手をした。

 それがまた可愛くて可愛くて…


「あ~もう…あたしも早く赤ちゃん欲しいな~。」


 瑠歌ちゃんが、指を組んでそう言って。


「光史、頑張ってくれって。」


 聖子が光史君を肘で突くと。


「毎晩やってんのに、もっとかよ。」


 光史君がさらっとそんな事を言って。


「なっなんて事言うのよー!!毎晩なんて、してないじゃないー!!」


 瑠歌ちゃんに背中を叩かれてる。



「しお、あるきそう。」


 サクちゃんが、聖子の膝に座って言った。

 確かに詩生君は、もうつかまり立ちもしてるし…このまま歩いちゃいそうだ。


「ノン君とサクちゃんが歩いた日の事、思い出しちゃうなあ…」


 聖子がそう言うと。


「あー、懐かしいな。」


 セン君も、目を細めて笑った。


「…みんなに可愛がってもらって、うちの子達は本当に幸せ者。」


 知花がそう言って…ノン君と頬を合わせた。


「しあーせものーっ。」


 ノン君が知花の真似をして言って、笑顔になる。


 …うん…

 本当…子供っていいなあ…

 って…

 結婚もまだな僕が、こんな風に思うのも…あれだけど…



 鈴亜と付き合ってるって…まだ、光史君に言えてない。

 光史君の結婚式の日、めちゃくちゃ可愛く着飾った鈴亜とロビーで落ち合って…

 少しだけ、空いた控室で…話した。



「…すごく可愛い。」


「…本当?」


「うん…」


 キスして…抱きしめて…

 あー…僕も結婚したいなあ…なんて思ったけど…

 鈴亜は、まだ高校三年になったばかり。

 だけど、僕の腕の中で…


「…あたし、さっき瑠歌ちゃんの白無垢姿見て…憧れちゃった…」


 小さくつぶやいた。


「…え?」


「結婚って…憧れる…」


「……」


 ドキドキした。

 僕の周り…って言うか、うちのバンド自体が結婚ラッシュ。

 もうすぐ、陸ちゃんが。

 そして、来月は聖子が結婚する。

 …まさに、僕だけが独身…て事になる。


 それは別に構わないんだけど…


 鈴亜は、結婚について…

『憧れ』だけなのかな…



「じゃ、曲の構成はこれでいい?」


 聖子が譜面を見ながら言った。

 光史君の結婚式では、サプライズだらけだったけど…陸ちゃんの結婚式には、特にそれはない。

 て言うのも…

 僕らが余興をするのは、主に桐生院家側の招待客が多い披露宴の時。

 SHE'S-HE'Sだってバレちゃマズイから、ボーカルは男性陣三人。

 曲も、高原さんに許可をもらって…Deep Redの曲にした。


 その披露宴の後…

 陸ちゃんちの親族と言うか…家業関係の人達も一緒の、ガーデンパーティーがある。

 そっちには、桐生院家側からは、家族のみ。

 …陸ちゃんの家業が特殊だってのは…知ってたけど…

 色々大変なんだなって思った。




 〇神 千里


「ただい…」


 今日はオフだったが、少しボイトレがしたくてスタジオにこもった。

 二時過ぎに家に帰ると…


「…ま…」


「お邪魔してまーす。」


 大人数に、出迎えられた。


「…ああ、いらっしゃい…」


 そう言えば、陸と麗の結婚式での余興の打ち合わせで集まるって言ってたっけな。

 大部屋に、家族以外が大勢集まる事もないからか、すごく…変な感じがした。

 まあ、嫌ではないんだが。



「とーしゃん、みて。しお。」


 咲華が俺の手を引いて、華月と聖と並んで座っている早乙女の息子を指差した。


「おー、さすがに大きいな。」


 確か、六月生まれ。

 俺は詩生に手を伸ばして抱える。

 すると…


「あ…は…はじめまして、早乙女世貴子です…」


 突然、早乙女の隣に居た女性が立ち上がって深くお辞儀をした。


「…ああ、世界一強い女っていう…」


 俺が真顔で言うと。


「も…ももももう、何年も前の話ですから!!」


 早乙女の嫁さんは、真っ赤になった。


「世貴子、何照れてんだよ。」


「だって…」


 続いて…


「あたしも、初めまして…丹野瑠歌です。」


 噂の丹野廉の娘が、早乙女の嫁さんとは違ってすごくスマートに挨拶をしたが…


「…いい加減、朝霧って言えよ…」


 朝霧が、額に手を当てて言った。


「あ!!また間違えた!!」


「丹野って苗字も、そんなに長くなかったのに…」


「ごめん~…」


 …まあ、朝霧が幸せそうで、何よりだ。



「何でおまえ京介連れて来ねーの。」


 聖子に言うと。


「…あんなに人に気を使わせる奴、連れて来たくない。」


 聖子は正論を言った。


「ははっ。聞かせてやりてーが、あいつ泣くだろうな。」


 詩生を抱いたまま、知花の隣に座る。


「コーヒー?」


「いや、お茶にしてくれ。」


 この家に来て、随分とお茶に慣れた。

 もはや、コーヒーよりもお茶が好きになってる気がする。



「とーしゃん、うややちゃんのけっこんしき、あといくちゅねる?」


 華音が、詩生の位置を気にしながら…俺の膝に座った。


「あと四回寝たら、結婚式だな。」


 カレンダーを見ながら言うと。


「しゃく、おひめしゃまみたいなの、きゆの~。」


 咲華がみんなにそう言った。

 すると…


「ろんも、しゃくとおなじの~。」


 相変わらず…華音までがそう言って。


「あはは…可愛いだろうけど、それは…将来のためにもやめといた方がいいよ…」


 早乙女が、苦笑いしながら言った。


「最近の結婚式は映像で残るからな…映像は後々何で使われるか分からないからな…」


 朝霧が、なかぜうなだれてそう言って、みんなに『良かったよ?』とか『あれはあれで… 』とか励まされている。


「で?詩生は将来何になる?柔道家か?ギタリストか?」


 俺が詩生の口元に耳をつけて答えを待っているフリをすると。


「しゃくと、にかいになってもいいよ?」


 咲華が俺の肩に手を掛けて言った。


「あははははは。サクちゃん、まだ二階に憧れてるの?」


「えー…何それ、可愛すぎる…」


 みんながそれぞれ咲華を可愛いと褒めてくれて、いたって真面目な咲華はキョトンとしていたが、俺は嬉しいばかりだ。

 そんな中、華音が…


「しお、ろんのおとーとなるー。」


「……」


「……」


「……」


「えーと、それって…詩生君が、サクちゃんか華月ちゃんと結」


「却下。」


 聖子の言葉を途中で遮る。

 俺は無言で詩生を早乙女に渡すと、部屋に向かった。


 …咲華も華月も…



 嫁になんか出さない!!

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