第32話 「結婚!?」

 〇二階堂 織


「結婚!?」


 あたしと環は、同時に叫んでた。


 だって…陸が…!!

 陸が、麗ちゃんと結婚するって!!


「…んな驚く事か?」


 陸は唇をへの字にして、首をすくめた。


「だって…ケンカしたままっぽかったし…なのに、いつの間に!?」


 突然帰って来たと思ったら、結婚の報告。

 さっきアメリカからジェットで帰って来た父さんと母さんも、これには喜ぶかな?って思ったんだけど…


「なぜ、まず先にそういう相手がいる事を報告しない?」


 いつになく…父さんが渋い顔。

 てっきり、陸がお嫁さんをもらう事を手放しで喜ぶと思ったのに…


「…悪かったよ。でも、ほんと…いい加減な気持ちでもねーし、先方にもうちの事情は話したから。」


 うちは…警察の秘密機関。

 それも、かなり特別な。

 普段はヤクザを装ってるから…外部との接触もほぼない。

 いくら秘密機関でも、結婚相手にそれを伝えるのは、禁止されてないはずなのに…


「なぜ勝手に話した。」


 …父さん、どうしたんだろ。

 すごく…不機嫌。


「…何が気に入らねーんだよ。」


 当然、陸も不機嫌になる。

 父さんの剣幕に、環は黙って成り行きを見守ってるし…

 万里君と沙耶君も…さっきまでニコニコしてたのに、今は表情を引き締めて沈黙を守るしかない。



「…よりによって…」


 その、父さんの一言が…

 あたし達全員に、違和感を漂わせた。


 よりによって…?

 何?



「…あなた。」


 それまで黙ってた母さんが、父さんの腕に触れて。


「陸が誰かを守りたいと本気で思ってるのよ?喜んでやりましょうよ。」


 のんびりとした口調で、そう言った。

 そして…


「明日、あなたは本部ね。私は早速、お相手の方のご家族に挨拶に行って来るわ。」


 すごく…意外な事を言った。

 母さんが、挨拶に?

 どうして一人で?

 明日がダメなら、別な日に二人で行く方が…って、たぶんみんな頭の中で考えたはず。

 だけど、そんな意見すら出来ないほど…空気が張り詰めてる。



 父さんが無言で部屋を出て行った。

 それと同時に、張り詰めた空気から解放されたあたし達は…


「…父さん、何かあったの?」


 全員が、首を回したり大きく息を吐いたりする中、あたしは母さんに問いかけた。


「よりによって…って、どういう事?」


 すると母さんは、苦笑いをしながら。


「一般人が相手なんて…って思ってるのよ。二階堂は昔から、外の人とは結婚しなかったから。」


 って。


「古くせ。」


 陸が嫌味っぽくそう言ったけど。


「お父さんの気持ちも解ってあげてちょうだい。二階堂の古い体制を変えたくて、ずっと動いてる人よ?陸が音楽の道に進めたのだって…本当は奇跡なんだから。」


「……」


 母さんの言葉に、少しバツの悪そうな顔をした。



 だけどあたしは…たぶん環も。

 前例のない結婚なら、なおさら…父さんも行くべきじゃないのかな…って、違和感を覚えてた。


 何か…理由が…?


 陸はしばらく考え込んでるみたいだったけど。


「…親父、どこ行ったんだろ。」


 冷蔵庫からビールを取り出すと。


「ちょっと飲んでくる。」


 みんなにそう言って…笑顔で出て行った。




 〇二階堂 陸


「ちょっと飲んでくる。」


 そう言って、洋館を出たものの…

 肝心要の飲み相手、親父が見つかんねー。

 ったく…どこ行ったんだよ…


 親父を探して歩いてると、その姿は道場にあった。


「…親父。」


 背中に声をかけて、近付く。


「…色々…悪かった。」


 座ってる親父の向かい側に腰を下ろして、ビールを差し出そうと…


「…親父?」


 親父は…固く目を閉じて…何か考え込んでいる様子だった。



 俺はポリポリと頬をかいて…


「瞑想中か?」


 ビールを一本、親父の前に置いた。


「…俺ばっか自由で…申し訳ないって思ってる。」


 そう言いながら、ビールを開ける。


「夢を…追わせてくれた事、感謝してる。」


 俺がそう言ってビールを一口飲むと。


「…私には…ずっと後悔している事が…山ほどある。」


「……」


 意外な告白だと思った。



 俺が家業を継がなかったからか…

 親父は俺に仕事の話はおろか、自分の事もそうそう話さない。

 元気かとか、音楽は頑張っているのか、とか…

 そういった会話はあっても、そんなものは数秒で終わる。



「俺にだって、後悔は山ほどあるぜ。」


 親父の前に置いてたビールを開けて、親父の手に持たせる。


「そりゃあさ…命懸けて闘ってる親父達とは、比べものになんねーだろうけど。」


「……」


 目を開けた親父。

 俺に向けられない視線。

 それでも俺は、言った。


「やっぱ、自分の夢より…追わなきゃいけねーもんはあったんじゃねーかって。正直…今もずっと毎日夢から覚める瞬間がある。」


「…バカが。」


 やっと親父の視線が俺に向いた。


「おまえは、夢を掴んだ。そこに居ろ。」


「……」


「…自慢の息子で居てくれ。」


「……」


 食いしばって、涙を我慢した。



 …何が自慢の息子だ。


 古い二階堂の体制。

 そんな中で、トップの息子が継がなかったなんて…

 俺は異端児もいいとこだ。


 直接親父に文句を言う奴がいないとしても、親父に対して不信感を抱いた奴が居てもおかしくない。



「明日私は挨拶に行けないが…近い内に、ちゃんと結納をしよう。」


 親父がビールを掲げて言った。


「結納…な。」


「いい所の娘さんなんだろ。」


「…まあな。」


「しっかりやれよ。」


「…頑張る。」



 一本を飲みきった所で…


「足りないでしょう。」


 環が…ワインとグラスを持ってやって来た。


「気が利くな。」


 親父は環を隣に座らせて。


「こいつが居るから、おまえの出番なんてない。」


 そう言って、環の首を抱き寄せた。


「…はいはい。」


 環の持って来たワインを開けて、改めて三人で乾杯をした。


「どんなプロポーズをされたんですか?」


「見合い相手が来てたのに、乗り込んだ。」


「お…おまえ…何てことを…」


「やりますね。」


「おまえだって、既成事実作ってどうにかしたクセに。」


「う…あ…あれは…」


 きっと…

 親父の後悔と俺のそれは、本当に格が違う。

 だが…

 どっちも、きっと一生消えないっていう点では…


 同じだ。



 二階堂に生まれた事を、誇りに思う事も…

 重荷に思う事も…

 きっと、一生続くんだ。


 それでも、俺は…


 ここが好きだ。




 二階堂が……



 大好きだ。





 〇桐生院さくら


「このたびは息子が大変ご迷惑をおかけして…」


 昨日の今日で、ビックリしたんだけど…

 陸ちゃんのお母さんが、挨拶に来られた。

 あたしは…ちょっと…ビックリしてる。


 だって…

 貴司さん…


 鼻の下が伸びてる!!



「い…いえ、その…意見のハッキリ言える若者は、貴重ですよ…」


 何!?

 その、しどろもどろ!!


 そ…そりゃあ…

 あたしだって、ビックリしたよ…

 インターホン見たら、まるで…雑誌から抜けて出たような美人が立ってたんだもん。


 外人さん?って思ったら…


「二階堂と申します。」


 陸ちゃんの母だ、って、名乗られた。

 陸ちゃんがハンサムなの、分かるよー!!


「素晴らしいお庭ですね。それにこのお屋敷も…」


 陸ちゃんの母、そう言ってお茶を一口飲んで…


「ああ…ほっとします。とても美味しい。」


 見た目外人なのに…所作もおしとやかで…

 何だか、非の打ちどころがないよー!!

 お義母さんまでが、感嘆の溜息ついてる!!


「本来なら、主人と息子と連れ立ってご挨拶に伺うべきと思うのですが、あいにく…」


 陸ちゃんが『家業は警察の秘密機関です』って告白して…

 ヤクザじゃないなら。って、みんなは少しホッとしたんだけど。

 それでも、危険な家業には変わりないって陸ちゃんの言葉に…

 貴司さんとお義母さんは、渋い顔をした。


 あたしはー…

 どんな家業でも、二人が想い合ってるなら…って。

 そう思うんだけどなあ…



「麗さんのお姉さまですか?」


 ふいに、陸ちゃんの母が、あたしを見て言った。


「え…えっ?」


 あたし!?


「あっ…えーと…麗の母です…」


 何だか気恥ずかしくて、もじもじしてしまった。

 やっぱり…落ち着きがないように見えちゃうのかなあ…


「まあ…とてもお若く見えたから…」


「あはは…」


 麗より大きな娘がいるって、言いにくくなったー!!



 それから、貴司さんが…二人の結婚について、どう思ってるのか…とか。

 もし結婚をした場合、麗が家業に関わる可能性はあるのか…とか。

 色々質問した。

 だけど、陸ちゃんの母の返事は。

 ぜーんぶ、貴司さんとお義母さん、あたしまでもが安心するような物だった。


 お茶が二杯目になって、あたしが貴司さんの羊羹をもらって食べた頃。


「母親同士で、少しお話がしたいわ。」


 突然…陸ちゃんの母に、そう切り出された。


「…あたし…ですか?」


「ええ。少しお庭を歩きたいのですが…いいですか?」


 後半は、貴司さんとお義母さんに、だった。

 自慢の庭を気に入られて、断るわけがない。

 ましてや、美人。


「どうぞ。ごゆっくり。」


 貴司さんにそう言われて…陸ちゃんの母は、すごく素敵な笑顔で立ち上がった。


 …すらりと背も高くて…うーん…羨ましい…

 隣に並ぶと、あたし…

『ちんちくりん』って言葉がピッタリな感じだよ…

 とほほ…



 そうは言っても。

 あたしは『母親同士』として、陸ちゃんの母と庭を歩いた。

 すごく、ゆったりとした会話の中で…

 あたしは時々、夢を見てるみたいな気分になった。


 …この感覚…何だろう…

 前にも…味わった事がある。



 やたらと…

 眠くなる…

 …あれだよ…

 目は開いてるのに…眠ってるみたいな…


 結局、庭を歩きながら何を話したかなんて覚えてないのに。

 どうだった?と聞かれると、何かを饒舌に語るあたしがいた。


 何?

 あたし…何言ってんの?

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