第4話 「ねえ、千里さん。知花は何時に帰ってくる?」

 〇神 千里


「ねえ、千里さん。知花は何時に帰ってくる?」


「ふっ…もう五回めっすよ?」


「えっ、そんなに聞いてる!?しつこいね!!あたし!!」


「…あいつら写真撮影はないから、取材っつっても…もう一時間ぐらいじゃないっすかね。」



 今日…クリスマスイヴは、知花の誕生日だ。


 親父さんとばーさんが気を使って、家族四人で食事にでも出かけたらどうかと言ってくれたが。

 俺としては…

 さくらさんが祝う、初めての知花の誕生日という事もあって。

 桐生院家で、盛大にやりたい。と申し出た。



 知花の誕生日が楽しみで仕方なかったらしいさくらさんは、数日前からソワソワしっぱなしで。

 それはもう…なんつーか…

 …義理の母親に対して失礼なんだが…

 さくらさんは、子犬みたいだと思った。



 SHE'S-HE'Sはメディアに顔を出さない。

 が、記録として映像の収録はする。

 それが高原さんの提案した活動方針らしく。

 今日は朝早くからスタジオでの演奏収録に向かった。


 夕方からは雑誌の取材…とは言っても、うちの事務所の取材班がインタビューするから、もちろん外部にその姿が漏れる事もない。

 SHE'S-HE'Sの曲は日本でも大人気で、秘密のベールに隠されているメンバーの音楽に対する想いや、楽曲へのコメントが特集されるたびに、その雑誌はバカ売れする。


 ま、俺達F'sも来年には…まずは、アメリカに殴り込みだ。



「千里さん、プレゼントは何?」


 さくらさんに首を傾げて問われて。


「……」


 俺は…無言で見つめ返す。


「…あれ…余計な事聞いちゃった?」


「いや…そういうわけじゃ…」


 …プレゼント。


 ぶっちゃけ…何も用意してない。



「とーしゃん、みてぇ~。」


「みてぇ~。」


 華音と咲華が走って来て。

 手にしていた紙を俺に見せた。

 そこには、○や□や…


「…なんだこれ。」


「かーしゃん!!」


「かーしゃん!!」


「……」


 無言になる俺の横では、さくらさんが。


「まあ、知花?ふふっ。二人とも上手に描けてるー。」


 笑ったが…


「おい。知花はもっと美人だぞ。描き直せ。」


 俺にダメ出しされた二人はキョトンとして。


「ぷっ…何それ。子供にダメ出しとか…神さん信じらんない。」


 ソファーにいた麗は目を細めて笑った。


「部屋で一緒に描き直すぞ。ほら、華音、咲華、来い。」


「かーしゃん、かきなおしゅー。」


「もっとびじんー。」


 部屋で画用紙を広げて、クレヨンを手にする。

 子供達は、また新たに知花を描いているつもりだろうが…なんでこう…模様みたいに描くんだ?

 俺の子供達に絵の才能はないらしい…



「待て、おまえらから見たら、知花はそんな顔なのか?」


 俺の言葉に、二人は顔を上げて。


「かーしゃん、わらってゆ。」


 そう言って、○を指差した。


「…これは?」


 □を指差して問いかけると。


「うたってゆかーしゃん!!」


「……」


 なるほど。

 我が子達は…知花の顔じゃなくて…

 イメージを描いてるんだな?

 て事は…以前俺を描いてくれた時も、丸や線ばっかだったが…あれもイメージか。



「それはそれでいいとして、今度は顔を描いてやろうぜ。」


 二人にそう言って、俺は顔の輪郭を描くように教える。


「これが、目で…鼻…で、口…顔は、こうやって描いてくんだ。」


 二人は真面目に俺の手元を見て。

 そして、顔を上げて言った。


「とーしゃん、こえ、だえ?」



 …俺にも絵心はないらしい…



 〇桐生院さくら


「さくら、作り過ぎじゃないかい?」


 目の前の料理を見て、お義母さんがそう言ったんだけど…


 今日は、知花の誕生日!!

 張り切っちゃうよー!!

 知花ー!!21歳おめでとうヽ(´∀`)ノ



 初めて祝う、我が子の誕生日…

 あたし、もう…ここ一週間ぐらい、ずっとソワソワしちゃってた。

 誓にも麗にも、落ち着きなよって言われるぐらい。

 もー!!落ち着けなーい!!


 本当は、千里さんも…初めて子供達と知花と迎えるクリスマスイブと誕生日だし…

 家族四人で出かけさせてあげようかって、貴司さんが言ってたんだけど。


「知花の誕生日、盛大にお願いします。」


 千里さんの方から…お願いされちゃった!!


 あー!!

 なんて素敵なお婿さん!!

 あたし、一生大事にするよ!!千里さん!!



「ただいま。」


 玄関から声がして、あたしがダッシュ…しようとしたら…


「…何?」


 お義母さんが、あたしの腕をガッチリ。


「廊下を走らない。」


「…はーい…」


 バレてる…

 あたしは静かに、だけど急ぎ足で玄関に向かって…


「知花~!!おめでとう!!」


 靴を脱いで上がって来た知花を、ギューッと抱きしめた。


「きゃっ…あっ…もう、母さんたら…今朝も言ってくれたのに…」


「だって、何回も言いたいんだもん!!」


「ふふっ…ありがと。」


 知花はマフラーを取りながら…ん~…可愛い笑顔!!



「バンドのみんなにも祝ってもらったの?」


 歩きながら問いかけると。


「うん。収録と取材の間に時間があったから、みんなで乾杯しちゃった。」


「そっかあ。いい誕生日ね。」


「クリスマスに便乗してるから。」


 知花と腕を組んで大部屋(大家族になって改築して、ひろーい和風のリビングダイニングキッチンになってたから、そう呼んでる)に入ると、誓がクスクス笑いながら。


「母さんと姉さんって、姉妹みたいだよね。」


 って言った。


「え?あたし、そんなに若く見える?」


 あたしがウキウキして言うと。


「…歳よりは若く見えるけど、落ち着きがないから若く思える方が強いわよね。」


 麗が、鼻で笑って言った。


「がーん…」


「…そういうの、オバサンしか言わないわよ…」


「麗冷たい…」


「だって本当の事だもん。」


 そうこうしてると、貴司さんも帰って来て。

 あたし達は、大きな一枚板のテーブルに料理を並べて。

 ノン君とサクちゃんが、千里さんが作った三角帽子をかぶって登場して、一気に盛り上がって。


「誕生日おめでとう、知花。」


「ありがとう…みんな。」


 みんなで知花の誕生日を祝って…知花も笑顔で…

 すごく、すごく…幸せだ…って思ってると…


 ピンポーン


「お?サンタでも来たか?」


 千里さんが笑いながらそう言って。


「しゃんた、来た!?しゃんたー!!」


 サンタが何か分かってないはずなのに、大はしゃぎする双子ちゃんに、みんなで笑って。


「私が出るよ。」


 貴司さんが、下の門のロックを開けて、玄関に向かった。


 千里さんが、知花の口にケーキを運んで。

 知花が真っ赤になって。

 ああ…もう…知花の幸せを…こんな間近で見れて…って。

 泣きそうになってると…


「…こんばんは。」


 …聴き慣れた…大好きな声が…聞こえた。


「…高原さん…」


 知花と千里さんが、驚いた顔で…大部屋の入り口を見る。

 あたしは…そこに背中を向けたまま…

 …振り向けなかった。



 …どうして…?

 なっちゃんが……?



「なちゅ!!」


「なちゅー!!」


「え…?」


 ノン君とサクちゃんの声に驚いたのは、あたしだけじゃなかった。

 驚いたついでのように、身体が動いて。

 大部屋の入り口を振り返ると…ノン君とサクちゃんはなっちゃんの足に抱きついて。


「なちゅ、こえ、とーしゃんちゅくった!!」


 千里さんが作った帽子を見せてる。


「ははっ…そうか。千里、意外と手先が器用なんだな。」


 なっちゃんがそう言うと、座ったままだった千里さんはゆっくり立ち上がって。


「えー…あ…まあ…」


 遠慮がちに返事をした。

 知花は…その隣で、困ったような顔をしながら…あたしを見た。


「高原さん、立ってないで座って下さいな。」


 そう言ったのは…お義母さんで。

 あたしと知花と千里さんは…三人で、驚いた顔をした。と、思う。


 …なんで?


 誓と麗は…誰?って目配せし合ってるようだった。



 ずっと…心臓が変な音を立ててる…


 なんで…?どうして…?

 なっちゃん…

 貴司さんも…

 お義母さんだって…

 それに、ノン君とサクちゃんも…

 なちゅ…って?



「誓、麗、高原さんは、知花と千里君の事務所の会長さんで、お父さんの友達なんだよ。」


 貴司さんがそう言って、あたしと知花と千里さんは…目を見合わせた。


 …友達って…


「ビートランドの会長さん!?すごい!!」


 意外にも…はしゃいだのは麗だった。


「Feelって音楽雑誌に載ってたけど、音楽以外のアーティストの部門も作るって、本当なんですか?」


「ああ。モデルや俳優…ゆくゆくは、もっと違うジャンルもね。」


「すごい…父さん、すごい人と友達なのね。」


 麗にそう言われて。


「すごいだろ。」


 貴司さんは、珍しく…自慢そうに笑った。


「ははっ。何言ってんだ。知花と千里が家族って事の方がすごいぜ?」


「間違いねーだろ。おまえ、よくも俺らをはしょったな?」


 千里さんが…気を使ってなのか…普通に会話に入ってくれて。

 何となく、場が和んで来た。



「さくら、お皿取ってちょうだい。」


「あ…はい…」


 お義母さんに言われて、お皿とお箸をテーブルに置く。


「どうしたの?母さん。借りて来た猫みたいになっちゃって。」


 麗ー!!


「いつもはもっとドタバタして、おばあちゃまに叱られるクセに。」


 あたし、目を細めて麗を見る。

 …覚えてなさいよ…麗。



 複雑だったけど…パーティーは盛り上がった。

 貴司さんは、いつもより楽しそうで…

 それは作り物に思えなくて…

 だから…余計…複雑…



 確かに、貴司さんには『友達』って存在がいなかった気がする。

 …まあ…あたしにも、そんな存在は…いたような…いなかったような…だけど…

 なっちゃんと貴司さんは、途中から仕事の話もしたり、ノン君とサクちゃんを挟んで写真を撮ったり…

 本当に、楽しそうだった。



 貴司さんがほどよく酔っ払って。


「そろそろプレゼントのコーナーにしようか。」


 って…


 ……あ。


「知花、誕生日おめでとう。健康に気を付けて、これからも頑張れよ。」


 貴司さんはそう言って、知花に大きな箱を渡した。

 …確か、コートだったっけ…

 知花には誕生日プレゼントだけど、他のみんなにはクリスマスプレゼント。

 誓と麗には…


「高原さんと一緒に選びに行ったんだ。」


 そう言って、二人に渡したのは…着物だった。


「わあ…もしかして、普段着用の着物が欲しいって言ってたの、覚えててくれたの?」


 箱を開けた麗が、驚いたような声で言った。


「私はセンスが悪いから、高原さんに見立ててもらったんだよ。」


「いやいや、貴司の意見がなかったら選べないだろ。」


 …貴司…?


「いい柄ね。」


 知花が箱を覗き込んで言って、誓も麗も嬉しそう…だけど…

 …あたしは…複雑なまま。



「千里君には、何がいいか分からなかったから、車を。」


「げっ…マジっすか?」


「冗談だよ。」


 その貴司さんの様子に…知花も誓も麗も、少し戸惑った。

 貴司さん…めったに冗談なんて言わないのに…


「取引先のホテルのディナー券をもらったから、今度知花と行っておいで。」


「ついでに宿泊券も。」


「ははっ。いいだろう。」


「千里っ。」


「いーじゃねーか。親父さんが酔ってる間に、欲しい物頼めよ。」


「千里さん、すっかり馴染みましたねえ…」


「…ばーさんって呼んでるの、怒ってます?」


「…あなたに、おばあちゃまと呼ばれるよりはいいです。」



 …楽しくて…幸せで…

 その場に、なっちゃんがいるなんて…

 それは、もしかしたら…すごく幸せなのかもしれないけど…

 やっぱり、すごく複雑で…



「さくら、知花に何かプレゼントを作ったって言ってなかったかい?」


 お義母さんにそう言われたけど…


「…料理、頑張ったのよ?」


 かろうじて…笑って言ってみせる。


「どれも最高に美味しい。お母さん、ありがとう。」


 知花の笑顔に…あたしも笑顔になった。



 あたしは…知花にオルゴールを作った。

 あたしと…なっちゃんの娘。

 知花に…『If it's love』の…オルゴール。


 だけどそれは…


 渡せないよ…。

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