天から東京へー織姫ー

一年に一度。7月7日。

今日、というよりも1か月以上も、ううん、それよりずっと前から

七夕が気になって仕方ない。


綺麗な服を見るたび今年はこれを着ようか

可愛い髪形を見るたび今年は変えてみようかと

想うのはいつも彦星のことばかりだ。


天からのぞくはるか下。

東京の夜空にはしとしとと重たい雨が降り続き

天の川は今年も見上げることができないのだろう。


いつもの待ち合わせ場所に

ずいぶんと前から腰かけて

髪の毛を触ったり、口紅を直したり、心臓凍り付きそうなほど緊張している。

「織姫。」

愛しい声だ。私の待ち望んでいた声だ。

「もう、遅い。」

違うじゃない、そんなこと言いたいんじゃない。

”ううん、とっても会いたかったわ”でしょ?何回練習したと思ってるのよ。

どうしてそれができないの。

嫌われたいの?1年に1回なのよ。貴重な時間なのよ。1秒たりとも無駄にできないのよ。わかっているんでしょう?

せめて大好きな人の前だけでは素直でかわいい子でいたいくせに。


あれは約1千年前。

私は彦星と出会って、惹かれ落ちた。

人間と恋をしたことで、私が天女でいられなくなることなんてどうだってよかった。むしろ、そのほうが、私も人間として彦星と共に生きられるほうが幸せだった。

それなのに、仕事が手につかないほど愛し合った私たちへの罰は重い。

1年に一度、たったそれだけの時間しかあなたに会えない。


会えたと思ったらもうさよならなの。

また会える日まで私はどう過ごせばいいというの

天の川に溺れて死んでしまったっていいから、今夜は、今夜こそは

あなたを追いかけていってもいいですか?


「彦星。」

私はかろうじて保った笑顔で呼びかける。

何も言わなくたって伝わってるよね?

「僕だって辛いよ。また来年、ここに来るからね。約束。」

「いや、約束なんてしない。もう離れたくない。」


定刻になっても彦星の手を離さなかった。

5回目。

抱き着いてみた。

8回目。

こっそりついていった。

124回目。

天の川へ飛びこんだ。

332回目。

帰りの船を壊させた。

561回目。

だだをこねた。

687回目

紐で縛りつけた

765回目。

変装した。

889回目。


私は結局、1度も彦星を止められることができないまま

今日、1023回目を迎えた。

だからせめて最後はとびっきりの笑顔でと

いつも想っているのにどうして

「やだやだやだやだ。どうして、私も行きたいの。ずっと一緒にいたいの。」

ほら、彦星の困り顔。

「僕も織姫と一緒にいたいよ。」

声はしだいに薄く遠くなってゆく。

姿は幻となって揺れる。

「いやぁああああああああ」

私の叫びはどこへともなく消えてゆき、たったひとりその場へ崩れ落ちた。

派手な衣には土がつき、袖口は涙で落ちた化粧で濡れる。

すすりあげる呼吸が荒い。

苦しくて、くらくらして、いっそこのままなにもかも忘れてしまいたいとさえ思う。

苦しい想いはもう嫌だと

でも彦星が脳裏に焼き付いて身を焦がす。

望んで、愛して、求めて、暮らして、また1年。

あなただけを想って私は永遠にここにいるから。

離さないで。


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七夕の日の物語 紅雪 @Kaya-kazuha

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