第11話 『ルンダー・ティッシュ』下

「詩織ちゃん? え、なに。あの子このゲームやってたの?」


 イオリの言葉にアランは素っ頓狂な声をあげる。


「うん。ボクに隠れてこっそりやってたよ。『黄昏ログイン』の全プレイヤーがこうしてこの世界に放り出されてるってことは、詩織もこの世界にいる可能性が高いから」

「……私が誘った時は遠慮しちゃってたけど?」


 イオリはアランの言葉に少し言い淀みながらも応える。


「詩織とボクは中学くらいからなんていうか、壁ができててさ。自然と距離が空いて、お互い相手に対してあまり干渉しなくなったんだ。だからボクと表立って遊びたくなかったのかも」


 イオリの双子の妹である天守詩織がイオリと距離を取り始めた原因はテストの点数や成績表が発端だった。当時からイオリは常にテストの点数は満点、運動も男子に迫るほどの身体能力を発揮していた。成績はオール五のイオリに対し、シオリが特別低かったわけではなかった。むしろシオリもイオリのように優秀だった。テストでは九十点台から落ちることはなかったし、運動神経も女子の中ではイオリに次いで優秀だった。

 だが、シオリはどうしても姉と自分を比べてしまったのである。比べてしまえば、そこには対象との――二人という限定内で優劣がつく。


「自分が優秀なのは事実なのに、どうしてもボクと比べちゃって劣等感を感じていたらしい。今になってボクの方から歩み寄ればよかったんだけど、その矢先にこれだから」

「姉妹って複雑ね。私達従姉妹衆は依織と詩織以外兄弟姉妹いないから、共感できないのが辛いところだけれど……ま、そうなると捜索には問題があるわね。詩織ちゃんは果たしてどちらの大陸にログインしたのか。これだけでだいぶ変わるわ。どうせキャラクターネームわかんないんでしょ?」

「うん。でも、群れるのは苦手だと思うからソロでやっている可能性の方が高いと思う」

「そう。なら、あなたと同じ顔を探すだけね。それならムーン大陸中を探し回ったほうがいいわね。一応、団員全員に通告はしておくけれど、そう早くは見つからないわよ。それだけは覚悟しておいてね」

「ありがとう。叶絵姉ちゃん」

「ふふ、なら堂々としてなさい。お姉ちゃんなんだし。仲直り――って喧嘩してたわけでもないから違うだろうけれど、再開の言葉くらい考えておきなさいよ」

「わかった。それで、ついででいいんだけどクロウカシスっていう名前の邪竜についても調べて欲しいな」

「クロウカシス……スターチス領に出現したとされる邪竜か」

「知ってるの?」

「エリック王が注意勧告を全国に発信していたからな。しかしそいつが本当に邪竜なのか甚だ疑問だが――竜種というのは数が決まっている上に名前が判明している」

「あ、判明したんだ?」


 ゲームでは邪竜の驚異が出現した時に対処するクエストがあり、それに人間に味方する竜種がいた。竜種は基本人間の味方か、中立な存在である。その邪竜を除いてだが。

 人間の味方をしてくれる原種の竜種が十体、人間どころか魔物にすら猛威を振るう邪竜が十体、全ての種族に中立な竜種が一体である。中立な竜種は立場こそ中立だが、属性は原種側である。

 高難易度クエストや大勢のプレイヤーが協力する協力型クエストではちょくちょく出現してきており、存在する数こそ判明してはいた竜種だが、名前などは判明していない竜種が多かった。そもそもそれぞれ普段はどこに生息しているのかも不明だったので、確認のしようがなかったのだ。


「学者系プレイヤーの努力の賜物よね。ま、八年前のこの大陸全土で行われた戦争に姿を表した奴が多かったのよ。ま、偽名を使う邪竜という可能性もあるかもしれないけれど……一応調べてみるわ。こっちは早く片付くと思うけれど」

「ありがとう。じゃあ、最後のお願いいいかな」


 ここまで来たらいくつでも変わらないわよ、とアランは呆れ顔で言う。しかしギルドにとっても有益になるお願いもあったので、安請け合いだけはする。そもそも久々に出会う仲間――それも可愛い従姉妹の頼みである。アランは身内には甘いのだ。


「ここら辺りでレイド級のモンスターが出るところを教えて欲しいな」

「レイドか……ああいうのが出るのはダンジョンだけど、基本ダンジョンは冒険者組合が管理してて許可がおりないと入れないのよね。……そういえばまだ管理が入っていないところがあったわよね」

「あぁ、ありましたね。最近までムロク王国が隠していたダンジョンで、近々冒険者組合の人が視察に来るみたいですが」

「組合の連中が来るまでに入っちゃえば問題ないと思うし、あとで行ってくればいいんじゃない? どうせそのアザミって娘の修行だろうけど」


 およそ魔物にはアルファベットのランク付けこそはされていないが、冒険者が挑む目安として設定されているものがある。そもそもゲーム時代では仕様で魔物にはランク付け自体がなく、プレイヤーが事あるごとに記録し、ナンバリングしていた。現在ゲーム時代にいなかった魔物もいるので、設定できていないのもいるのだが。

 下級、下級上位、中級、中級上位、上級、上級上位、レイド級、レイド級上位と下から順に設定されており、上位と付くのはいわゆるボス的な存在のことである。レイド級とレイド級上位のみ、カテゴライズが少々異色なのだが、上級上位よりも強く難易度は高い。

 そしてイオリが要求するレイド級の魔物が出そうなダンジョンがムロク王国の隠していたダンジョンである。情報通のアランの情報なのでほぼ間違いないらしく、実際にこっそり侵入してレイド級に遭遇した冒険者がいたらしい。その冒険者の告発がキッカケで組合にバレたのだが。


「それじゃ制服はここに置いて行ってね。複製作業自体はすぐ終わるけど、素材が足りないし。今ミナは工房にいるから声はかけておくよ。あと、男十三人だけど、そいつら強い?」

「強いよ。まともに戦ってないから憶測が混じるけれど、射撃の腕は間違いなくいいし、集団戦に慣れてる」

「なら採用しようかな。接客対応よりかは物資運びとかのがいいかな。ミナの弟子にしてもいいし」


 「うちの店員は全員腕利きだからねえ」とアランは自慢げに言う。なんでもメイド服の店員全員が中級冒険者並みの実力があるとか。


「一人、料理が得意な人がいるし、調理場でも増設したら?」

「あぁーいいかも。簡単に食事が取れるところも作れるといいなって思ってたんだよねえ。いいじゃん。他にも得意なところ聞き込みして、持ち場に付かせよ」

「あ、でも、一応ボクの部下って扱いだから、ボクが呼び出したら戦力として加入して欲しいんだよね」

「それは依織の裁量に任せるよ。それと、通信機トランシーバーを持って行って。魔力で動く魔導式ってやつだから魔力を込めると充填するよ。通信魔術もここで教えてあげるよ」


 そう言いながら、アランはアイテムボックスから黒塗りのトランシーバーを取り出してイオリに渡す。ONとOFFの切替スイッチと、一から十三まで振られた十三のボタンが付いていた。魔力を込めれば使えるようになるらしい。

 そしてアランから通信魔術のやり方を教わる。イオリは要領がよくその方法をすぐに覚えた。魔力の波長は指紋のように個人個人違うものらしく、その波長を識別して使用する。通信魔術はどこにいても繋がるのだが、デメリットとして魔力の波長を通信魔術という術式に記録しておかないといけない。つまり一度出会った人としか通信できないのである。他者から波長を教えてもらうというのもあるのだが、波長は所詮人間の感覚で測るものなので、他者に伝えるのは難しい。

 基本波長は握手をして記録するのが普通である。例に漏れずイオリもアランと伊勢仁と握手して記録した。

(アザミさんとも記録しておこう。男衆は……使い方を教えてあげるか)

 そして話はトランシーバーの話に戻る。


「ボタンで電源の切替ができるし、十三の内十二のボタンはそれぞれギルド員への内線みたいなものだから。で、自分の数字は押すと救難信号になるの。依織の番号は三ね――【三日目の円卓】さん」

「うわ、懐かしい二つ名出た……身内内でしか呼んでないでしょそれ」

「そうでもないのよねえ。うちのギルドは有名になっちゃったし、メンバーも公開しちゃっているんだけど、それぞれ二つ名も公開しちゃったから、呼ばれるかもよ? ま、あなたは【絶域】と【終域】のが有名だからそっちで呼ばれるでしょうけど」

「二つ名公開って……ボクの二つ名の数知ってるでしょ!? 黒歴史掘り返すのやめてくれるかな!?」


 赤面しながら怒るイオリに、アランと伊勢仁はけらけらと腹を抱えて笑う。実際二つ名を呼ばれ始めていたときのイオリは非常にノリノリだったので、それを思い出して笑っているのだ。


「もう……」

「いや、ごめんごめん。あ、そうそう。ごめんついでで悪いんだけど、このあとこの国の国王と会ってくれないかな?」


 ふてくされるイオリを宥めるようにアランは言う。なんでも、ギルドのメンバー最後の一人であり、非公開なイオリを公開するにあたり、国王に謁見して姿を覚えてもらう必要があるらしい。一応活動拠点がムロク王国なので、それは仕方のないことらしいが。


「別にいいけど」

「スーツを渡しておくから、着替えといてね。時間は……二時間後にしよう。その間にミナの所に行っておいでよ」

「わかった」


 アランがアイテムボックスから取り出した黒いスーツ一式を受け取ると、イオリは早速それに着替える。SPが着ているものというよりかは、マフィアが来ていそうというような印象のあるスーツである。ネクタイの色は黒で白のギルドマークが刺繍されていた。シャツは灰色である。


「あとこれもつけといて」


 アランは更にアイテムボックスからなにか小さな物を取り出すと、それをイオリに投げる。危なげなくキャッチしたイオリは受け取ったものを見る。

 それはギルドマークが刻まれた灰色の指輪だった。そこにはギルドマーク以外にも【Rendell】とイオリのキャラクターネームにギルド『十三日目の今日』の副団長である証明のマークも刻まれていた。


「それ見せればあなたの身分は証明されるわ。ま、冒険者の指輪があるし身分証明の点は問題ないでしょうけれど。それ見せれば大概の口うるさい貴族や王族、商人連中を黙らせることができるから、よかったら使ってね」


 『十三日目の今日』というギルドは最大の商業ギルドである。商人界隈では頂点に位置する組織だ。過去ギルド『十三日目の今日』が行った所業が要因でそれが周知の事実となり、団員が少人数ながら彼女らに敵対するということは商人、あるいは国としての死を意味する。逆に言えば、上手に付き合うことができると大きな利益を得られるということなのだが。


「ありがとう。じゃあ、行くね」


 イオリは団長室をあとにした。

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