第10話 『ルンダー・ティッシュ』上

 ムロク王国手前の道端にて下車したイオリは、かの王国を見やる。城壁にぐるりと囲まれた王国――城塞都市という点はスターチス王国と同じだった。しかしこの国の歴史は、スターチス王国より一回り長いのである。スターチス王国は建国百年程度だが、ムロク王国は二百年の歴史がある。

 ムロク王国とスターチス王国は元々友好国同士で、国王同士も仲が良かった。しかし五年ほど前から、国王の人柄は急変し、交流が途絶えてしまい、きな臭い噂が漂うようになってしまった。

 五年ほど前からムロク王国は軍備を拡張させることに注力している。それはちょうど国王のが人柄急変した辺りだった。八年前にあった大国同士の戦争からまだ停戦条約が各国に通達されてはいるが――あと二年ほどで同じ戦争が起こると予想されている。


 停戦条約の期限が十年だからねと、伊勢仁は言う。


「つまり、今はこの国の中がピリピリしてるってことかな?」

「いや、案外この国の人はゆるいよ。ピリピリしているのは国の上層部や貴族とか戦争に資材や兵を投資する人達だけだ」

「そもそも戦争なんてしなくてもいいんじゃないですか?」

「力の誇示や面子、なんて割と偉い人のエゴイズムの結果だったりするんだよね、この世界の戦争って。サーン大陸だってムーン大陸よりも少ないとは言え、時々勃発するしね。小国同士の衝突みたいなものだけど」


 プレイヤーの建国した国は絶対に戦争を仕掛けないし、仕掛けられても交渉する。プレイヤー間やその他の国との戦争をプレイヤー同士で禁止しているのだそうである。そして、プレイヤー同士の殺し合いも禁止されている。もし、国家間戦争にてプレイヤー同士が対面したら、お互い戦線から離脱する決まりまである。ただ試合などは特に禁じられてはいない。

 そもそもプレイヤーは基本冒険者の身分なので、戦争に参加するというのは滅多にない。傭兵を名乗るなら話は別だが。


「とりあえずギルドへ行こう」


 イオリ、アザミ、伊勢仁、十三人の男達は城壁へと向かい入国する。入国する際、イオリは後ろに控える十三人の男達のことで一悶着あると思っていたのだが、意外に何もなかった。そもそも今の男達の姿は初めて会った時の盗賊の格好ではないのである。スターチス王国の仕立て屋が用意した服に、床屋が身だしなみを整えて、もはや盗賊だった面影はない。しかし笑みを浮かべる顔だけは悪人のようになるのは仕方ないのかもしれない。

 街中はスターチス王国とは違う意味で賑わっていた。人の数は多く、なによりほぼ人間しかいない。コボルトやエルフの商人などがいるため、全員が人間というわけではないのだが、スターチス王国のように異種交流があるようには見えなかった。

 そして歩くこと数十分。『ルンダー・ティッシュ』と書かれた看板がかかった豪邸のような店にたどり着いた。看板のすみにはギルド『十三日目の今日』経営本店と書かれている。

 店と一口に言っても、流石は商業ギルド一の店である――豪邸のような大きさである。しかし冒険者向けの商品を中心に扱っているからか、豪華すぎず、少々質素にという意図が、木材で作られた門構えからわかる。あまりに豪華すぎては、入るのに勇気がいる。下級の冒険者は基本金欠気味なのだ。


「いらっしゃいませ」


 門構えを抜け、店の中に入る。するとメイド服を着た店員らしき女性が挨拶をしてきた。メイド服の女性は店に数人おり、全員が店員と思われる。しかしメイド服に統一性がなく、スカートが短い、いわゆる秋葉系や、ロングスカートのクラシックスタイルのなど、様々であり、彼女達の個性や好みが見え隠れしており、一個人の人間と認識できる。

 足取りや歩行の仕方がやや戦闘の心得がある者特有の足音のなく、早歩きに見えない早いものに見えるのは気のせいかもしれない。


「ただいま。客人と副団長を連れてきたんだ。団長に伝えてくれる?」

「かしこまりました、副団長」


 店員はお辞儀をしたあと、早歩きで店の奥の方へと行った。

 店内を見渡せば、冒険に必要なアイテムがずらりと並び、それぞれ下級冒険者向け、中級冒険者向け、上級冒険者向けと区分けされていた。吹き抜けで二階まであり、二階が上級冒険者向けのコーナーになっていた。あくまでその冒険者向けというだけなので、下級冒険者でも上級冒険者のアイテムを購入すること自体はできるのだが、値段が段違いであるため、下級冒険者で購入できる者はいない。

 外はレンガ造り出会ったのに反して、中は木材を多く使われた構造だった。木の匂いが漂い、森林浴に来た時のような安らぎが得られる。

 アザミはあちこちに視線を巡らせ、遠目ながらアイテムを物色していた。男達はというと、アイテムを見ては「懐かしいな」などと談笑し合っており、意外と静かだった。むしろアザミの方が興奮しており、まるで餌を前に待てをされている犬のようだった。


「お待たせしました」

「ありがとう。それじゃあ、アザミさん達はここで商品でも見ていってよ。お金の余裕があれば買ってくれると嬉しいけどね」


 先ほどの店員が戻ってくると、伊勢仁はイオリを連れ、店の奥へと行く。店の奥の扉を開け、階段を上がり、廊下を歩いた先に団長の部屋はあった。


「団長ただいま」

「おかえり」


 そこには白衣を羽織った女性の姿があった。部屋は来客用のソファーが二つに事務机と椅子があり、来客用のソファーに女性――団長アランは座っていた。


「やっと来たね依織」

「うん、来たよ。叶絵かなえ姉ちゃん」


 お互いリアルの名前を呼び合い、イオリはアランの対面のソファー、伊勢仁はアランの隣に座る。


「ま、色々疑問や質問があるだろうけど、とりあえず無事で良かったよ。依織が戻ってきてくれたおかげで、戦力に不安がなくなった」

「ボクがいなくてもジンクスがいるじゃん」

「そうだけど、対多数だったらあなたの方が強いじゃない? それに『最強の冒険者』様が出てきたら、冒険者組合も歓喜するでしょうし、うちの副団長ということも更に広まれば売上も……」

「冒険者組合か……もしかしてだけど、ボクって冒険者の申請を出さないと冒険者ってみなされないのかな?」


 今後の経営を思案し始めたアランの代わりに伊勢仁がイオリの質問に答える。


「そうだね。この世界の冒険者組合っていうのはプレイヤーが新しく作ったものだから。傭兵組合ってのは昔からあったみたいだけれど、今は冒険者組合に吸収合併されてるし。まあ、新しく登録することにはなるだろうけど、依織なら多分CランクかBランクから始められるよ。アバターの姿ならAAから始められただろうけど」


 冒険者組合はプレイヤーが複数集まって作ったサーン大陸、ムーン大陸共通の組織である。現在は傭兵組合を吸収したことによって、さらに大規模な組織になった。その規模の大きさは大国に勝るとも劣らないほどだ。

 主にダンジョンのランクと冒険者のランクを共通させており、一番下がEで、最高がAAである。イオリの場合複数の二つ名持ち、そして様々な伝説持ちの英雄種ということもあって、普通はEランクから開始のところを無条件で高ランクから始められるとのことだった。しかし伝説により伝わった姿はアバターの姿なので、周囲からの認知度及び、信憑性などの問題でいきなり最高ランクにつくのは難しいらしい。

 イオリのような例はまれだが、誰か有力者からの推薦や、魔物討伐の実績などがあれば、高ランクから始めることが可能である。

 ちなみに、ギルド『十三日目の今日』の団員は団長のアランと生産系のイザミナギ以外は現在全員Bランク以上である。


「FからDは下級、CからBは中級、AからAAは上級なんだけど、ランク上げには色々とある条件を満たさなければならない。まあ、その辺は組合に行って説明して貰った方がいいですね」

「夏さぁ、別にここで出し渋らなくてもいいだろ」

「いえ、お楽しみは後で取っておいた方がいいでしょう」

「お前はあとで取っておくっていうの好きだよね。ま、依織がいいならいいけど」

「うーん。そうだね。遅かれ早かれ行くことにはなるだろうし、今はいいかな。それよりさ、お願いが二つか三つ……五つ以上あるんだけど……いいかな?」

「五つ以上って多いわ!? ……なんてね。いいよいいよ。かわいい従姉妹の頼みだ。お姉さんが聞いてあげよう」

「じゃあさ、まずは――」


 イオリが要求したのはこの世界に来た時に着ていた服の複製、アザミの武器適性をイザミナギに診てもらうこと、連れてきた十三人の男達をここで雇えないかということ、そして――


「妹の詩織を探して欲しいんだ」

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