第15.5話 クレアの修業

 修業は、初日から地獄だった。

 ある程度戦えるようになるまで、拷問の日々だった。


 最初の夜は、言われた場所で寝床を決め、すぐ寝ようとしたのだが、魔物が襲って来た。

 それを一人で全て倒せと言われたが、量が尋常じゃなく、かつ一体一体も弱くはなかった。

 後から知った事だが、わざわざ魔物の巣に降り立ち、縄張りを奪えという事だったらしい。

 それについて、一切知らされておらず、なんとか倒していくが、終わりがなかなか見えなかった。

 朝までに倒さなかったら、寝れないぞと言われる始末。

 なんとか、朝までには倒し切るが、あまり寝る時間はなかった。

 森の外へ出てからの、初めての食事は、魔物の肉だった。



 最初の目標は、魔力操作が出来るようになる事。

 魔物を倒している最中、ずっと後ろから見られていたようで、無詠唱魔法すら扱えないのは、話にならないと言われた。

 無詠唱魔法には、魔力変換程ではないが、多少魔力操作が必要というのは、知っていた。

 普通は、毎日やってもかなりの期間を要し、才能がない者は、下手をすれば一生出来ない。

 ただ、そんな悠長な事をアルマ殿が許すはずもなく、無理矢理な方法で行われた。


 アルマ殿の魔力を体内に流し込み、こちらの魔力を操作してもらい、感覚を掴むというもの。

 魔法陣を通さずに、魔力を体内に流すというのは、単なる攻撃だ。

 それで無理矢理、こちらの魔力を操作する。

 当然激痛が走った。

 まるで、体内に棘だらけの蛇がいて、走り回り、縛ってくるような感覚だった。

『自分の意思で魔力を操作し、私に操作させないようにしなければ、永遠に続けるからな』と言われた。

 しかもこちらは魔力を消費しないので、起きている間、食事をする時間を除けば、常に行われていた。

 休憩が出来るのは、痛みに耐えかね気絶した時だけだった。


 起きていれば、常に激痛の修業。

 精神的に崩壊しそうになるも、なんとか耐え抜き、遂に五日目、ようやくアルマ殿から、操作されなくなった。

 ちなみにその時アルマ殿に、『痛みで精神崩壊しなくて良かったな。才能があるぞ。』と言われ、恐怖と安堵の両方を味わった。


 次に、身体強化を魔力でやるように言われる。

 これは、無詠唱魔法より難易度が高いそうなのだが、無詠唱魔法では魔法陣も覚えないといけない為、それならば、魔力操作の向上を先にした方がいいだろうと言われた。

 さらに、上手くなれば、魔力を体に巡らせるだけなので、魔法で強化するより、魔力の消費を抑えられるという事だった。


 まずは目を瞑り、魔力を体全体に行き渡らせる。

 それ自体は簡単だった。

 しかし、実際に動いてみると、全体的に均一にするのが難しく、歩くだけでもバランスを崩し吹き飛んだり、魔力が通っていない箇所が、折れたりした。

 なんとか歩く、走る、飛ぶ、の基本的な動きが出来るようになるまでに、かなりの時間を要した。


 それらが出来るようになった頃、シリル殿と戦うように言われる。

 ようやく動けるようにはなったが、戦闘となると、更に難しさは跳ね上がった。

 彼は逆に、一切の魔力を使わずに、戦うように言われていた。

 魔力を一切使っていない彼は、かなり遅くなり、力も弱くはなっていたが、それでもその辺の冒険者には、勝てそうなくらい強かった。

 そんな彼に、動きながら魔力操作をまともに出来ない状態では、やられたい放題だった。

 怪我をするたびに、即座にアルマ殿が回復魔法をかけてくる。

 それが分かっていたから、彼は容赦がなかった。


 最初は打撃など、通常の攻撃が多かったが、段々と締め技が増え、骨を折られ、回復されたのを見計らうと、また別の場所を締め、骨を折られていた。

 骨を折られ、回復させられ、また骨を折られと、ただの拷問だった。

 だが、打撃で攻撃されるより、折られるまで、少し時間がかかった為、徐々に魔力を流し、抵抗する事を覚えられた。

 それを何十回、何百回と繰り返していると、段々と操作することに慣れていった。

 そして締め技をされるよりも、早く回避できるようになり、その頃には、ようやく通常の戦闘が出来るようになった。

 拷問の日々が、終わったのだ。


 シリル殿とある程度、互角の戦いが出来るようになってはいたが、彼は未だに魔力を一切使っておらず、こちらは身体強化をしていて、それでようやく互角だった。

 速さ、力は上回っていたはずだが、反応速度と戦闘技術が、圧倒的に劣っていた。

 こちらが殴り掛かれば、それをいなされ、カウンターを受けそうになる。

 強化した速さに頼り無理矢理、反対の手でそれを払いにいくと、すでにその手は引かれていて、腹に膝蹴りをかまされる。

 そのような攻防が、何度も行われる。

 その都度アルマ殿や、シリル殿から、指導が入る。

 アルマ殿からは口頭で、罵詈雑言のような指導が入り、シリル殿からは、もっとこう動いた方がいいよ。と言う優しい言葉と共に、容赦ない攻撃をされる。

 だが今まで何日も、拷問の日々を送っていたから、この修業は楽しくてしょうがなかった。

 おかげで、コツを掴むのも早かったと思う。


 だが、身体強化の訓練をするようになり、一番嬉しかったのは、食事だ。

 今までの食事は、初日に自分が倒した魔物の肉を、アルマ殿が凍らしていて、食べる際に、溶かし燃やした物だった。

 味もまずければ、臭みもひどく、食えた物じゃなかった。

 だが、身体強化の訓練をし始めた日から、動きの練習にもなるからと、ようやく狩りをする事になった。

 勿論、ただ探して狩って来いというモノではなく、不意にアルマ殿が襲って来るものだった。

 これは探知能力や警戒心、反応速度を上げる為の訓練と言われたが、アルマ殿の攻撃は容赦がなく、ひどい時は軽く死にそうになった。

 それでもようやく、新鮮な肉を食べられるようになり、嬉しかった。

 今まで魔物や魔獣の肉なんて、と思っていたが、よもや新鮮な魔物の肉がおいしく感じてしまうとは、と少しショックではあったが。


 さらに狩りをするようになってから、この森にも冒険者達が、討伐に来ている事を知った。

 今まで、アルマ殿は発見されないように、上手く立ち回っていたようだが、殺されそうになっている者を、放置できるわけがなく、毎回助けていると、その度に小言を言われた。

 だが、最初に発見した者は、あえて助けて、言伝を頼むように言われた。

 ギルドの者に、邪魔されたくなかったようだ。

 時々、シリル殿が狩った魔獣の傍に、人間がいて、その人間が警戒して、彼に剣を向けてしまうと、殺そうとするので、兎に角、それより先に発見しないといけなかった為、おかげで余計に探知能力は上がったと思う。



 そして、遂に無詠唱魔法を教わる。

 無詠唱魔法は、詠唱魔法と違い、呪文ではなく、魔法陣を細部までイメージし、それを魔力で具現化する事により、発動させる事が出来るらしい。

 魔力操作自体は、もう慣れたものだったが、細部までイメージしなければならない事と、さらに身体強化をしながら、かつ戦いながら、発動させなければならず、大変に難しいものだった。

 戦いながら、一瞬で発動出来て、ようやく一人前と言われた。


 シリル殿も新しい魔法を、アルマ殿から教わっていたようだが、彼に課せられた条件は、魔法陣を発動しても、そこに魔力を一切込めない事だった。

 魔法陣は大気中の魔素を取り込む為、発動自体は出来るが、魔力を一切込めないと、威力が落ち、更に発動まで時間がかかる。

 だが、そうした理由は、その魔法の威力が洒落にならないらしい。。

 今回の修業中に、拝むことは出来なかった。


 シリル殿にも大変な魔法だったようで、彼が魔法陣を構築している最中に、先に魔法を発動出来、魔法陣を攻撃すれば、彼の魔法の発動を防げていた。

 無詠唱魔法には慣れていなかったが、とにかく彼の魔法陣が大きく複雑なようで、なかなか構築出来ておらず、こちらの発動の時間の方が、早かった。

 戦いながら、魔法を発動するのに慣れた頃、アルマ殿から剣を持つように言われた。

 新しく買った、風魔法が付与されている剣だ。

 魔法と組み合わせて、威力を上げる練習も課せられた。

 その頃には、魔力を縛っているシリル殿にも負けなくなっていた。


 シリル殿が身体強化をしだすと、とにかく速いため、再び劣勢にはなるが、簡単に負ける事はなくなっていた。

 しかし、身体強化をしたことで、戦闘に余裕が出てきたのか、遂にシリル殿が、凄いスピードで魔法陣を構築し始めた。

 それは、一つの巨大な魔法陣に、何重にも小さな魔法陣が重なっていた。

 見た事が無いほど複雑で、巨大だった。

 魔法陣の構築以外で、魔力を込めていない為、発動には時間がかかるようで、これは発動させてはならないと、何度も攻撃し阻止しようとした。

 だが、身体強化した彼に止まられ、遂に発動しそうになる。

 すると、ずっと見ていたアルマ殿が、その魔法陣に攻撃をし、発動を止めた。

 なんで?とシリル殿は聞いていたが、どうやら発動してしまうと、軽くこの辺一帯が吹き飛ぶらしい。



 拷問の日々を乗り越え、シリルと戦い、魔物や魔獣を狩り、アルマに攻撃される日々は、クレアが、身体強化をしながら、簡単な無詠唱魔法なら一瞬で発動出来るようになって、終わりを迎えた。

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