第14話 帰還と報告

「以上が、私が見てきたモノ全てです。私はこのたった10日間で、全てを失いました。」


 シリルはふうん、と言った反応だったが、クレアにはひどくショックで、なんと声をかければ良いか分からなかった。

 そして、シリルはヘスティアに近付き、顔を合わせ話しかける。


「お姉さんは、どうしたいの?」

「……どうしたいと、言いますと?」

「仲間や家族は、みんな亡くなったんでしょ?仲間を殺した人を、殺したいの?」

「……分かりません。色々な事が起き過ぎました。」

「ふうん。」


 何が起きたのか分からず、対処も遅れ、戦う事も出来ず、ただ逃げまどっていた自分。

 そんな自分の無力さや悔しさに、布団を強くつかみ、うつむくヘスティア。


「だけど、はっきりしている事は、真実は知りたいと思っています。」

「真実?」

「ええ。何故、私達の村が襲われなければ、ならなかったのか。何故、村人全てが殺されなければ、ならなかったのか。何故……というのが、今回の事件では、多すぎましたので。」

「じゃあ、一緒に町に行こう?ここにいるより、いいと思うよ。」

「……町ですか。」

「うん。祠も壊れちゃってたから、いる意味ないよね?」

「シリル殿!無神経が過ぎるぞ!!」


 慌てて止めに入る、クレア。

 だがヘスティアは、それを首を振って止める。


「いえ。彼の言う通りです。……そうですね。ここにいても、意味はないでしょう。」

「でしょ?ギルドの人も、何が起きたか知りたいんだって。だから、町に来て色々教えてあげれば、皆喜ぶんじゃない?」

「確かにそうだが。シリル殿、もう少し言い方を……。」

「思った事しか言ってないんだけど?」

「いや、言い方をだな……。」

「……本当にお気になさらず。」


 しばらく考え込む、ヘスティア。

 何故こんな事が起きたのか、それはヘスティアにも分からないが、ただ一つ分かっている事は、魔族達が未だ生きている。

 目的も分からず、どこかにいるという事が、この村と同じ悲劇をどこかで、また繰り返されるだろうという事だけだった。


「クレアさんとシリルさん。あなた達は、冒険者なのですよね?」

「うんそだよ。」

「ああ。」

「お二人に依頼します。私を町まで、連れて行ってください。お金はそこまでありませんが……家に戻れば多少はありますので、どうかよろしくお願いします。」

「いいよ。」

「分かった。もちろんだ。」


 頭を下げるヘスティアに、頷く二人。

 そうして、三人と一匹は町へ戻る事にした。



 シリルが、じゃあすぐ行こう!という意見に賛成はしたかったが、ヘスティアはまだ回復しきっていない。

 クレアがそう言うと、クレアが肩貸してあげればいいじゃないか。と言った。

 ヘスティアは、申し訳なさそうに、それをクレアにお願いした。

 クレアは、私は全く構わないが大丈夫かと言っていた。

 大丈夫ですというので、それで行く事にした。


 そうして、三人と一匹は今、ヘスティアの家にいる。


「皮肉ですね。ただ、逃げていた私の家が無事だったなんて。」


 昨晩泊まった場所とは、井戸を通り反対側にあったヘスティアの家。

 彼女の家はほとんど破壊されておらず、そのままの形を残していた。

 まるで、再び当たり前の日常が戻って来たような、そんな錯覚を起こすほどに。

 ヘスティアは、家の中なら大丈夫なので、支度をしてきます。と言い、二人と一匹を残し、上の階へと上がる。


「彼女は強いな。まさか、町へ行く事をすぐ決め、泣きもしないなんて。」

「そうだね。大切な人いなくなっちゃったんだもんね。」

「そうだ。それなのに、な。」


 本当に彼女は強かった。

 だが、ヘスティアは自分の部屋に戻り、一人泣いていた。

 その声に二人は、気付いていたが、聞かないようにしていた。



 しばらくして、上から降りて来たヘスティア。

 ここからは、一日かかる長旅だ。

 来る時はアルマに乗って来たので、本当にすぐだったが、帰りは多分乗せて貰えないだろう。

 怪我をしている彼女を、乗せる事すら拒んでいたのだから。

 今は日が真上を通り過ぎ、斜めになっていた。

 もう少しすれば、日も傾き始める。

 ここで、一日また過ごしてもいいが、ここは安全なのかどうかは分からない。

 さらにシリル達が、もう本当に村を出たそうにしていたので、野宿するはめにはなるが、向かおうとなった。

 ヘスティアもだいぶ回復したようで、自力で歩くには問題なさそうだった。

 そうして村を出る三人と一匹。

 ヘスティアは村を出る時に、村に向かって祈りを捧げていた。

 そして誰かの声を聞いた気がした。



 町へ向かう一行は、街道を進む。

 来るときは、運が良かったのか、アルマが単純に速かったのかは不明だが、魔獣や魔物に出会うことはなかった。

 しかし帰りは、魔物達に何回も襲われることとなり、その度に、二人と一匹が倒していた。

 怪我もなく順調に進むも、今回は徒歩、しかも万全じゃないヘスティアも連れていたため、しばらく進むと日が落ちていたので、街道を少し外れ、林の中で野宿をする事に。

 ヘスティアとクレアは携行食を、アルマとシリルはいつも通り、狩った魔物の肉を食べていた。


「皆さん、お強いのですね。」

「この辺の魔物が弱いだけ。」

「私はそれほどでもない。シリル殿と比べる事自体、おこがましい。」

「そうなのですか。私にはそこまでは、分かりません。戦闘も何も出来ないですからね。ただ、魔物を簡単に倒しているんです。十分にお強いとお思いますが。」

「まだまだだ。私はもっと鍛えなければ。」


 自分が倒せる魔物達と戦って、余計にシリル達との実力差が分かった。

 クレアは、ヘスティアの傍に付いているとはいえ、基本的に魔物が攻撃して来てから、それを防ぎ、相手を切る。

 防いでから切るので、一撃で切りたくとも、相手や攻撃によっては、追撃をしなければならなかった。

 さらに相手の力が強く弾き飛ばされ、反撃は間に合うのだが、その間にシリルに助けられてしまう始末。


 それとは反対にシリルは、相手が攻撃して来ようとしているのを、先に察知して急所を刺す。

 さらに、相手が攻撃して来ている最中でも、構わず攻撃する。必ず、一撃で急所を。

 それは殺気などを読み取れ、相手よりも速いシリルだから出来る事なのだろうが、クレアはその判断力と決断力が、私には足りないと感じていた。

 一瞬でも相手の攻撃を見ようとしてしまい、態勢を整え、攻撃を待ってしまう。

 悪い事ではないのだが、相手が仮に自分よりも強い場合、この行動で殺される可能性だってある。


(どうやってあそこまでの判断力や、決断力を磨いたのか……)


 しばらくじっと、肉を頬張るシリルを見つめ、考え込む。

 クレアの視線に気付いたのか、シリルは肉を咥えたまま聞いて来る。


「あに?」

「ああ、すまん。いや、どうやれば、シリル殿ほど強くなれるのかと思ってな。」

「ひゅぎょう」

「修業か。私も訓練は、怠らずやっていると思うのだが……。」

「ふばらひいひひょう。」

「ん?素晴らしい師匠か?」

「うん」

「そうか。そういえば、アルマ殿がシリル殿の師匠だったな。」

「ほだよ」

「それはいい師匠を持ったんだな。」

「ほうげん!」


 師匠か……と呟くクレア。

 そういえば、と考え込むクレア


(正体を隠しやすくする為という名目で、彼を師匠と言っていたが、本当に教わりたいと思っていた。だが、ちゃんと教えてくれと言った事がなかったな……。)


 いまだ肉を一生懸命頬張るシリルに、クレアは向き直り、頭を下げる。

 その様子にん?と食べるのを止める、シリル。


「町に戻ったら、私に修業をつけてほしい。私は強くなりたいんだ。アルマ殿やシリル殿の、足を引っ張らないようになりたい。」

「いいよ!」

「そ……そうか!よろしく頼む!」


 そんな会話をし、三人は寝る事にする。


 朝日が昇りクレアが起きると、少し離れた所に、いくつかの魔物の死体が転がっていた。

 どうやら寝ている間に襲って来た魔物達であったようだが、シリル達が倒していたようだった。


「す…すまないシリル殿。全く気付かなかった……。」

「いいよ気にしなくてー。朝ごはん出来たし!」

「そ……そうか。ありがとう。」


 ヘスティアも起きて、驚いた。

 シリル達に礼をいい、その後、食事にした。

 食事が終わると再び、町へと向かう一行。

 町に近付くにつれ、魔物達との遭遇も減り、一気にペースが上がる。

 このまま行けば、近い城門があるのだが、ガストンとの約束があるため、ヘスティアに断りをいれ、少し遠回りをする。

 門に近付くと、声をかけられた。


「クレア!シリル!無事だったか!」


 そう叫んだのは、ガストンだった。



 日が真上に昇る頃、ようやく門へと辿り着いた。

 門には普段の門番だけでなく、顔がコワイ男が横に立っていた。

 ガストンだった。

 門番達も、そこを通る一般人達も、そのいつも以上にコワイ顔に、皆緊張していたが、クレア達に会うまで、心配をしていた顔だった。

 そしてようやく会え、笑顔になるガストン。


「無事だったか!二人共!」

「ああ。大丈夫だ。」

「うん!」

「それで……また新しい子か?」


 彼は少し呆れ気味で、後ろのヘスティアを見る。


「初めまして。ヘスティアと申します。」

「ヘスティアは、巫女さんなんだよ!」

「巫女様かい!?………ほんとすげえもん連れて来るなクレア。」


 シリルに引き続き、事情持ちを拾って来るクレアに呆れるガストン。

 まあ、とりあえず無事でよかったといい、少し話をして仕事だからと戻っていくガストン。

 本当にクレア達が心配で、見に来ただけのようだった。

 そんなガストンにクレアは感謝しつつ、ガストンと別れ町へと入る。

 そのままギルドへと一直線で向かう。

 ヘスティアも疲れているだろうが、事情は急いで話した方がいいと考えた。

 クレアはヘスティアに申し訳なさそうに謝るが、彼女は、私もその方がいいと言ってくれた。


 ギルドに着くと、珍しくこの時間でも忙しそうだった。

 オリビアに目配せをすると、彼女は手で上を指した。

 そうしてそのまま、ギルドマスターの部屋へと向かう。




「お疲れ様でした。クレア、シリルさん、アルマさん。無事帰って来てくれて、安心しました。」

「ありがとうございます。それで――」


 そうして、軽く挨拶を交わし、ヘスティアの紹介する。

 彼女は名を名乗り、ロキシ村の巫女である事を説明する。

 そこから彼女は、クレア達に説明した内容と、一緒の事をハドリーへと説明する。

 ハドリーは、黙って聞いていた。


「そうですか……そんな事が……。」


 そして、クレアは自分の見てきたことも説明する。

 村が全滅していた事、一匹だけだが小悪魔がいた事、祠が壊れていた事、井戸のバラバラの死体。


「誰かが裏で何かしていそうですね……。」

「それはどういう事ですか?ハドリー。」

「正直まだ、憶測でしかないですが、ご説明してもよろしいですか?」

「ええ。」

「お願いします。」


 祠は通常、魔獣達程度では、壊す事は出来ない。

 さらに言えば、魔族でも上位種じゃない限り不可能だろう。

 それならば、人が壊したというのが自然な考えになる。

 ようするに今回の事件は、人間が起こしたモノだというのがハドリーの見解だった。

 さらに、魔獣襲撃後の悪魔デビルの出現。

 これは魔獣の襲撃が、悪魔召喚の肉体の用意と、精霊の加護が消えたかの確認。

 悪魔を召喚した後の襲撃は、小悪魔達を増やす為に、と言った所だろうとハドリーは言った。


「では誰かが、悪魔を召喚するために襲わせた……と。」

「ええ。予想でしかありませんが、状況的に間違いないでしょう。」

「それだけの為に、私の村は滅ぼされたのですか……!」

「ええ。」


 ヘスティアは、歯を食いしばり、下を向き、悔し涙を流し、なんで!と呟く。

 ハドリーは静かに、その様子を見守り、クレアは心配そうに、背中をさする。


「すみません、取り乱しました。」

「いえ、構いませんよ。」


 しばらくすると冷静になり、頭を下げるヘスティア。

 ハドリーは、それに笑顔で対応する。

 クレアは大丈夫か?とさらに心配そうに声をかけるが、もう大丈夫ですと答えるヘスティア。


「あとは、5日間も気を失って、何故彼女が生きていたのか。」

「もしや、ハドリーはその事も、見当が付いているのですか?」

「ええ。これについては簡単でしょう。」


 それには驚く、ヘスティアとクレア。


「簡単というと、どういう事でしょうか?」

「あなたは巫女様です。そして、祠の近くにいたと。精霊達が、助けてくれたのでしょう。」

「精霊様達が……。ですが、祠は壊され、私は対話を出来ませんでした。」

「私も精霊を扱えるわけではないので、詳しくは分かりませんが、精霊に詳しい者から、聞いた事があります。精霊は気に入った相手に、命を賭けると。」

「命を……?」


 そう反応したのは、クレアだった。

 クレアも精霊の話は、ある程度知っていたが、命を賭けるというのは、初めて聞いた事だった。


「どういうことですか……?」

「普通であれば、霊力が低い者が精霊の力を借りるのは、無理です。祠も壊されていた訳ですし。ですが、精霊が少しの霊力に、精霊自身の生命力を上乗せすれば、力を行使できると聞いた事があります。」

「その…そもそも霊力とは……?」

「俺も霊力って知らない。初めて聞いた。」


 ヘスティアとシリルは霊力について、知らなかった。

 通常霊力なんていう言葉は、耳長族や精霊使いではないと、聞き慣れない言葉だったが、ハドリーとクレアは、耳長族のジェフリーと知り合いだったため、教えて貰っていた。


「ああ。普通は、知りませんでしたか。精霊と対話をし、力を借りるには、霊力というモノが必要なのだそうです。霊力がない者は、力を借りられない。でも、霊力があっても、弱いと力が引き出せない。なので、祠を作り、そこに霊力を込め、力を借りるという事なんです。」

「へえ!」

「初めて知りました……。精霊と対話はしていたのですが、本当に声をなんとなく聞ける程度だったので……。」

「通常であれば、そういうモノです。普通に会話出来るのは、高い霊力を持った者くらいです。…とまあ、私も偉そうに語りましたが、聞いたただけで、私も霊力はないんですがね。」

「ふうん。ハドリーでも霊力ないんだ?」

「ええ。知り合いに聞いたのですが、私にはないそうです。完全な才能だとか。」


 魔力もある意味才能なのだが、無理矢理増やす方法は危険ではあるが、ないことはない。

 だが、霊力は完全に才能だった。


「…すみません。話が逸れましたね。」

「いえ……。」

「なので、あなたは霊力が低く、普段ならば祠がないと力を借りれないのでしょう。ただ、精霊達も生きているのです。意思があり、気に入ったあなたを、死なす訳にはいかないと。精霊が生命力を糧に、力を無理矢理だし、あなたを守ったということです。……あなたは本当にいい巫女様だったという事ですね。」

「精霊様が……そうなのですか……。」

「ハドリーハドリー!霊力って、俺にもあるかな?」


 そんな話はお構いなし!と言った感じで、シリルはハドリーに聞く。

 ヘスティアは、目を瞑り、精霊達に感謝をしているようだった。

 そんなヘスティアを見て、ハドリーはシリルに答える。


「分かりません。ただ、持っている者でも、訓練しないと気付かない場合が多いそうです。もし気になるなら、機会があればジェフリーという冒険者に聞くといいでしょう。」

「あ!ランクBの人だっけ?」

「そうですが、知っていましたか。」

「クレアに聞いた!」

「なるほど。そうです。彼は、精霊と深く関わり合いがある、耳長族ですからね。精霊の事は、耳長族に聞けというのは、よく言ったものです。」


 シリルは、そうなんだ。会えるといいなーとアルマに乗り、足をパタパタさせていた。

 魔獣は、霊力を持たない。

 アルマは霊力がないので、それについては分からなかった。


「さて、以上になりますが、何かまだ聞いておきたい事や、言い忘れた事はありますか?」

「えと……。悪魔の件は、どうするのでしょうか?」

「それに関しては、ギルドでしっかり調査を致しますので、任せて頂いてよろしいですか?」

「はい。むしろ、私の方からお願いしようと、思っていました。」

「では、こちらで調査しておきますね。何か分かれば、お教えしますので。……えと、滞在はどちらに?」

「滞在場所は……考えていませんでした。」

「彼女は町に着いてから、私がすぐここに連れてきてしまったので、宿などはまだ取っていないのです。」

「それでしたら、しばらくギルドの宿を使ってください。町の生活に慣れるまで、無料で貸し出します。」

「よ……よろしいのですか!?」

「ええ。大変有益な情報を提供していただいた、という事でそれの報酬だと思ってください。」

「ありがとうございます!!」


 ここからは、ギルマス権限で調査するようで、クレアの調査はここまでになった。


「そういえば騎士団には協力を仰げないのですか?」

「騎士団ですか……。いない方がいいでしょう。騎士団長は、領主の甥っ子ですから。ね。」

「あ……ああ。」


 それだけで、クレアには伝わったようだった。

 ヘスティアにははっきりと伝わった訳ではないが、よく聞く話ではあるので、特に疑問でもなかったようだ。シリルは興味無し。

 ちなみにそれを言った時のハドリーの顔は、なかなかに怖い笑顔をしていた。


「それではクレア。下で宿の受付をして、宿まで案内してあげてください。報酬も、下でお支払いしますので。シリルさんの分もね。」

「ありがとうございます!」

「分かりました。」

「ありがと!」


 そうしてクレア達は、ギルマスの部屋を後にした。

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