第7話 白金の翼

「さてと、どうしましょうかねえ……。正直想定より強過ぎです。グラントと戦って貰い、軽く実力を見て、グラントにも実力を認めて貰った上で、ランクGで登録しようと思っていたのですがねえ……。」

「グラント殿に勝ったシリル殿が、私よりランクが低いというのは……。」

「そうなんです……。まあランクは戦闘技術だけではないですが……。それでもこれが大人であれば、ある程度上のランクにしてしまい、難しい依頼をこなして貰いたい所です……本当にシリルさんが子供でなければ……。」

「うちのギルドは、そもそも15歳未満は登録自体難しいですからね……。」


 ハドリーの意向により、基本的にここのギルドでは、15歳未満はグラントなどのハドリーが認める者に認められない限り、冒険者登録が出来なくなっていた。

 稀にいるにはいるが、それはランクHというここ独自のランクで、実際の現場の経験をしている者くらいだった。

 だから子供のシリルが、突然冒険者として出てくるのは、このギルドでは相当に目立つ事だった。

 故にハドリーとしては、少しでも目立つのを抑える為、あまり高いランクを与えたくなかった。

 しかし勿体ないとも思ってしまう。

 しばらく考え込んでいたが、突如クレアがあ!と声を上げる。


「いっそ、ランクをCにしてしまうのはどうでしょう?」

「それは、もう注目の的ですよ。」

「ですが、私がパーティのメンバーですよね?旅をしている間に、出会った師匠。そして、再び助けていただいた。というストーリーはいかがでしょう?」

「それは……誤魔化せますかね……?そうだとしても、子供ですよ?」

「どう頑張ってもシリル殿は目立ちます。ただ、普通の子供ではなく、私の師匠という事にしてしまい、正体は明かせないとすれば、かなり隠すのに違和感がなくなるのでは、と思うのですが。」

「……普通の冒険者よりクレアの師匠ならば、クレアが信頼されていれば、変な怪しまれ方はしない、という事ですか。」

「そうです!そして、シリル殿さえよければ、本当に師匠になっていただければと……。」


 クレアはちらりとシリルを見るが、話に興味が無くなり、部屋を見渡し、話を聞いていないシリル。

 その話は一旦流し、しばらく考え込むハドリー。

 そして顔を上げ、決断したようだった。


「ランクは、やはりGにしましょう。登録して、最初からCは他のギルドでも、有名になってしまいます。」

「……ですが、それだと――」

「シリルさんの強さなら、あっという間に実績を上げるでしょう。そしたら、ランクを上げても、まあ目立ちはしますが、最初からランクを上げるよりはマシでしょう。」

「……なるほど。分かりました。」


 そして話の聞いていない、シリルに顔を向けるハドリー。


「シリルさん。まず今日の闘いは、口外しないでいただけますか?」

「他の人に言うなって事?」

「そうです。」

「別にいいよ。」

「ありがとうございます。それでですね、私はシリルさんには、目立って欲しくはない。実力的にいえば、ランクCなんですが、やはりここはランクGからで、お願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ん?ランクの事、詳しくは分からない。」


 シリルは、首を傾げる。

 シリルは、ランクについてクレアから軽くしか説明を受けていない。

 ハドリーはそれを察した。


「あ、冒険者ランクについて分からないんですか?」

「うん。知らない。」

「では、冒険者ランクについてご説明しますね。」

「はい。」


 冒険者のランクというのは、基本的にはS~G。

 ただこの町には、Hがある。Hは見習いで、最低Dランク以上の者と同行する事、となっている。シリルには関係ないが、冒険者希望の子供達で、訓練中の者は、ここから始める者が多い。

 そして全てのランク共通は、そこから実績を上げて行き、見込みがあると判断されれば、実地試験等を行い、認められればランクが上がる。

 ランクが上がれば、難易度が高く、報酬も高い依頼もこなせる様になり、また他の町や国に行った時の信頼度も変わる。


「なので、ランクが低いと、簡単な依頼で報酬も安くなってしまいます。シリルさんを、正当に評価すれば、Cか、最低でもDなんですが……。」

「なんでもいいよ。目立たないようにでしょう?」

「……その通りです。」

「じゃあ、いいよ。任せる。」

「ありがとうございます。」


 正直シリルが理解しているかは、謎だったが納得してくれたので、よしとしようと思ったハドリー。

 そして一つ思い出した。


「そういえば、パーティ名はどうしますか?」

「あ、そういえば決めてなかったですね。」

「きんじしのなんとかってやつ?」

「クレアは前、金獅子の牙という名前でしたね。」

「ああ……。コートニーがそう付けてくれたんだ……。」


 クレアは再びしんみりとする。

 ただそう何度も、会話を止める訳にもいかないと振り切り、話題を変える。


「だから私もパーティ名を付けろと言われても、さっとは浮かばないんだ。」

「そうですか。シリルさんは何かありますか?なんでもいいのですが。」

「んー、白い狼の牙とか?」

「それはアルマさんの事ですね……。」

「うん。」

「パーティ名なので、もう少し違う方が嬉しいですね。」

「じゃあハドリーからはないの?」


 突然フラれ、少し思案するハドリー。


「そうですね……では、白い狼から少しもじらしていただき、【白金の翼】でどうでしょうか?」

「かっこいい!」

「ハドリー……それではシリル殿が、アルヴァイス族だと言ってるようなものでは、ないでしょうか?」

「大丈夫でしょう。パーティ名なんて、イメージです。それに金髪ではありますが、シリルさんもクレアも、割と白い方ですからね。違和感はないと思いますよ?」

「はぁ……。」

「じゃあ、それで!」

「はい。」


 そして、先程シリルが記入した紙に、追記するハドリー。


「では、【白金の翼】で、パーティランクは規定通り、Gランクになります。」

「分かりました。」

「一応シリルさんに、パーティのランクも軽く説明しておきますね。」


 パーティランクの決め方はいくつかあるが、大体は下のランクの者に合わせるか、過半数の者に合わせるのが一般的である。

 金獅子の牙はクレアがDに上がる際、別の二人もDに上がったので、パーティランクもDに上がったのだ。

 ただ、今回は二人なので、Gからスタートという事になった。


「分かった!」

「ではこちらで登録しておきます。あと、ついでにやっておきますので、クレアさんのカードも一旦お預かりしますね。」


 クレアからカードを預かり、ハドリーは少々お待ちくださいと言い、先程シリルが記入した紙を持ちどこかへ行った。

 しばらくすると、戻ってきてカードを渡してきた。


「これがあなたのカードになります。一応再発行は可能ですが、失くさないようお願いしますね。」

「はい!俺のカードだ!」


 そこには名前とランクG、そして【白金の翼】ランクGと書かれていた。


「町を通る際、どこ出身でどこが登録地か聞かれる事がありますので、クアガットだと、必ず言ってくださいね。あと滅多にないですが、種族を聞かれた場合は、グリューと。各地でこの中身を確認する事が、出来ますので。」

「へえ。どうやって作ってるの?」

「それは秘密です。これを作れるのは、ギルドマスターとそれに認められた職員のみです。身分証と変わらないですから、偽造されないようになっています。」

「なるほど。ギルドマスターだから、偽造出来たんだ。」

「……そういう事です。」


 ストレートに言われ、苦笑するハドリー。


「それとクレアさん。くれぐれも、彼をよろしくお願いしますね。彼は、隠し事も苦手のようですし、そちらもお任せします。」

「はい。分かりました。」


 そしてシリルの足元に目をやり、


「影の中でも聞こえますかね?アルマさんにも、よろしくお伝えしたいのですが……。」

「話は聞いていた。分かった。」


 影の中から、アルマの声が聞こえた。

 影の中にいても、アルマは周りの状況が見え、聞こえ、話せた。

 その事に驚きを見せるハドリー。


「ほう。影の中でも会話が出来るのですね。」

「ああ。」

「では、よろしくお願いします。」

「ああ。」



 そして全てが終わったようで、もう大丈夫ですよと言われ、挨拶とお礼をし、ギルドマスターの部屋を出る二人。

 来た道を戻り、階段を降り、再びギルドのロビーへ。


「ああ!クレア!ずっと待ってたんだよ!?どうしたの!?」

「あ、ああフィン。」


 最初に抱き着いてきた少年は、どうやらクレアを待っていたようだ。

 先程とは打って変わり、皆依頼を終えたようで、ロビーには人が増えていた。

 フィンの言葉に、クレアを知っている者達が言い寄って来る。

 シリルはあまり人が多い場所に慣れていない為、隅へと非難する。


『凄く人が多いし、なんかクレア、囲まれちゃってるね。』

『ああ。』

『これって外出ちゃダメかな?なんか、臭いし。』

『人間の香水……だったかな。だが、一人で出歩くな。せっかく出来た味方だ。慣れるまでは、付いて行け。』

『うん。分かった。』


 しばらく離れ、皆を観察する。

 最初はクレアが戻ってきた事を知り、フィン以外の皆がわいわいしていた。

 ただ……


「ねえ!クレア!それで金獅子の牙の、みんなはどうしたの?」


 フィンのその一言で、ロビーが静まり返る。

 皆、最初はクレアが戻って来た喜びを分かち合っていたが、どう見ても仲間がいなかった。

 気付いていない者、または気付いていたが、あえて聞かなかった者がいただろう。

 だが、フィンの言葉に否応なしに聞かざるを得なくなった。

 クレアは拳を握りながら、言い辛そうに答えた。


「すまない。私だけが助かった……。他の皆は亡くなった……。」

「嘘…………嘘だ!?……みんな大丈夫って……!!みんな必ず帰って来るって言ったじゃないか!!」

「すまない……。」


 しばらく嘘だ!と叫び、フィンは泣きながら、クレアを叩く。

 近くにいた女が、それを優しく止める。

 だがどうやら彼女も、いや他の皆も、悔しそうな表情をする者、涙を浮かべる者と、皆金獅子の牙のメンバーが好きだったようだ。

 それが帰って来たのが、クレアただ一人だった。

 しばらく、むせび泣く声だけが聞こえる。

 クレアもすまないと言いつつ、その悔しいそうな表情から、一筋の涙が零れていた。


『……いつまで、泣いてるんだろう。』

『……さあな。』


 興味なさそうな目で、泣いている人達を見てるシリル。

 しばらくして、クレアに挨拶を済ませ、申し訳なさそうに帰る者達や、慰める者達とようやく皆が落ち着きを、取り戻していた。

 するとさっきまで泣いて叫んでいた少年が、どうやらようやく落ち付いた様で、クレアに謝っていた。


「ごめんね、そうだよね。……クレアが悪い訳じゃないのにね。本当にごめんね。」

「いやいいんだ……。すまない……。皆を助けられなかった……。」

「僕の方こそ、何も考え無しに……ごめんよ……。」

「すまん……。」


 そして少年を最初に止めた、女はフィンの頭を撫でていた。

 しばらくお互い謝り合っていたが、メンバーはきっとあの世でバカ騒ぎしてるさ、と言って皆で笑い合っていた。

 一段落すると、さっきの少年はこちらに気付いた。


「そういえば、ギルマスの部屋に行く前にもいたけど、あの子は誰?」

「あ……ああ。えっと……彼は恩人で――」


 咄嗟の事で慌てる、クレア。

 アルマは心の中で、こいつに任せて良かったのかと思ってしまった。

 すると遮ったのは、シリルだった。


「俺はシリルだよ。よろしく!」

「シリル……子供……?あ、僕は【フィン】っていうんだ。見ての通り、鼠の獣人さ!」


 フィンという少年は、一瞬シリルの声に怪訝な顔をしたが、胸を張り自己紹介をしてくれた。


「やっぱり獣人だー!初めましてー!獣人って今日まで見た事なかったんだー!」

「そうなんだ!よろしくね!鼠の獣人はね、体は小柄だけど足が速いんだよ!」

「へえ!体は小柄って言っても俺より大きいよ?」


 そんな事を言いながら、近づいて頭を並べ、手を自分の頭からスライドさせ、フィンのおでこ辺りに当てる。

 シリルは、フィンの事を子供と思っているので、フィンの方が大きい子供だと思ったのだ。


「シリルは人間?何人?」

「俺はア……グリューだよ!」

「あー、グリューね!クレアと一緒だね!そしたらその身長と声は、やっぱり子供かな?僕はこれでも、大人なんだ!」

「へえ!そうなんだ。いくつ?」

「20歳だよ!」

「20歳!?全く見えない!俺と変わらないと思ってたのに!」

「ふふん!凄いだろー!」

「うん!獣人て凄い!」

「シリル殿……。獣人の凄い所はそこじゃないと思うぞ……。あとフィン。子供だと思われてるのは、あまりいい事とは思えんが……。」


 シリルはそうなの?とクレアに向き、フィンはいいの!と言っている。

 そして先程まで、フィンを止めていた女が近付いてきた。

 髪は金髪で纏めており、クレアより少し小さいが、クレアより大人びた女性といった雰囲気を醸し出していた。

 そして身長の低いシリルに合わせて、前屈みになって視線を合わせてくれる。


「シリル――君?ちゃん?」

「君だよ!」

「シリル君ね。初めまして。私は【オリビア】って言うの。クレアとは……まあ昔馴染みかな。」

「そうだな。」

「へえそうなんだ。よろしく!」

「はい。よろしくね。それでね質問なんだけど、さっきクレアが恩人って言いかけてたと思うんだけど、どういう事?」

「赤き猛獣を狩って、クレアを助けたんだ。」

「「そうなの!?」」


 フィンとオリビアは、二人同時に驚いた。

 そして周りにも、若干のどよめきが起こる。

 皆赤き猛獣の強さを知っていて、さらに先程、金獅子の牙のメンバーが亡くなった話を、聞いた後なので余計だった。


「そうなんだ。私は彼に助けられたんだ。」

「だって、シリル君って……子供よね?」

「うん。そだよ。」

「あ……ああそうだ。まあだが、なんだ。私の新しいパーティのメンバーであり、し……師匠……なんだ。」

「師匠……!?」

「パーティのメンバー!?」

「俺、クレアの師匠な――」


 三人はみな違う反応を見せた。

 オリビアは師匠に驚き、フィンはパーティのメンバーという事に驚いた。

 そして、シリルは疑問を言おうとしたが、クレアに仮面ごと抑え付けられ、発言を止められる。

 フィンは驚いた後、しばらく無言になり、その後ぶつぶつと何かを言っている様子だった。


「師匠なんだ。パーティ名は【白金の翼】っていう。」

「この小さい子が師匠って、初めて聞いたわよ?」

「あ、ああまあ師匠については、旅先で出会ったというか……。」


 あからさまに視線を逸らす、クレア。

 それに迫り、疑いの目を向けるオリビア。


「なあんか、隠してるわね?」

「あーいや、その、お……恩義があるからな。あまり話せん」

「ジーー………。」


 わざわざ効果音付きで、さらに疑いを深くするオリビア。

 クレアはシリルの仮面を抑えたまま、後退りしていく。

 本当にこいつ大丈夫かと思うアルマ。


「まあ、いいわ。冒険者なんて事情持ちばっかでしょう。でも事情話せない代わりに、顔くらい見せれないの?」

「それくらいならいいと思う。シリル殿もよろしいか?」


 下を見ると、もはや仮面が刺さっているのでは、と思えるぐらい自分に抑えつけられてるシリルがいた。

 慌ててすまん!と言い、手を離すクレア。


「すまない!慌ててしまって!」


 シリルは仮面をずらすと、少しふくれっつらだった。

 何故なら、仮面の跡が顔につく程、抑えつけられていたからだ。


「んー。あわてんぼう。」

「本当にすまない。」


 頭を下げているクレアを横に、オリビアはその顔をまじまじと見て、キャー可愛い!!と撫でまわしていた。

 このやり取りに一切、参加していなかったフィンは、未だぶつぶつと小声で何かを言っていたが、突如――


「パーティーのメンバーって何だよ!?嘘だよね!?だって……皆亡くなって……まだ一日しか……。」

「本当だ。」

「………そんなの………そんなの薄情だよ!!だって、一日でしょ!?一日しか経ってないんでしょ!?」

「……ああ。」

「フィン。クレアにだって、何か事情があるの。そんなに攻め立てちゃダメよ。それにクレアが、一番ショックだって分かってるでしょう?」


 そう優しく諭し、頭を撫でようとするオリビアの手を、思い切り振り払う。


「事情ってなんだよ!?だって一日だよ!?いくらなんでも早いよ!!昨日なんだよ!?ロンが!コートニーが!ユーリが!アランが!皆死んだんだ!皆許すわけないよ!!絶対許すわけない!!」

「フィン!!いい加減にしなさい!!」


 パンっと軽い音が鳴り、フィンがビンタされた。

 しかし、一向にやめる気配のないフィン。


「…………分かった……どうせショック受けてないんだ!!新しいメンバーが出来て喜んでるんだ!自分だけ助かって良かったと思ってるんだ!!」

「フィン!!」

「……そんな訳――」

「クレアなんて最低だよ!!本当に最低だ!!皆が死ぬなら、クレアが死んじゃえばよ――」


 ドスッという重い音と共に、フィンが吹き飛ぶ。

 フィンが殴られたのだ。

 そして、まさかのフィンを殴ったのが―――――

 ――――

 ―――

 ――シリルだった。


「シ……シリル殿?」

「フィン!大丈夫!?」

「あいつうるさいよ。本当にイライラする。外行こ?クレア。」


 そう言い、クレアの腕を引っ張るシリル。

 オリビアは慌ててフィンに近付くが、どうやら意識を失っているようだった。

 テーブルと椅子が吹き飛び、周りの者達にも注目される。

 だがそんな事はお構いなしに、クレアを引っ張り外に出たシリル。

 クレアは驚き、呆然とし、されるがままに引っ張られて行った。


 その後、外に出ても、しばらくズンズンと進むシリル。

 途中で正気に戻り、シリルを止めるクレア。


「シ…シリル殿待ってくれ!」

「なに?」


 出会ってから、一度も見たことない怖い表情に、一瞬怯むクレア。

 だがしっかりしないとと思い直し、向き直る。


「シリル殿。どうしたんだ?シリル殿は、ああいう事をするタイプには見えなかったんだが。」

「仲間は、家族は大事なんだ。でもあいつは、あいつの仲間のはずのクレアに、死んじゃえとまで言ったんだ。凄くイライラした。本当は殺してやろうと思ったんだ。でもアルマに止められて、でもやっぱり止まらなかったから殴った。」


 クレアは出会って一日だったため、意外で驚きはしたものの、こういう面もあるのかと思ったが、アルマは影の中で、不安と驚きが入り混じり、思考が停止していた。

 シリルは、基本的に殺気を放たない。狩りをする際、殺気は邪魔だからだ。それがあの一瞬、殺気を放っていた。

 クレア達は気付いていなかったが、アルマは咄嗟に気付き、フィンを殺すと思い、慌てて念話で『やめろ!』と言って止めた。

 だがやめろと言って、止まらなかったのは初めての事だった。

 なんとか殺さずに済んでいたが、もし気付くのが遅ければ、あの、人がいる場所でシリルは殺していただろう。

 そしてシリルから殺してやるという発言……。

 基本的に、シリルは自分から言う時は、狩ると言っていた。

 その表現は些細な問題ではあったが、やはりアルマからすれば驚愕の一言だった。

 こんな事は今までなかった、と思うアルマ。


 だがないのは、当たり前だった。

 銀狼達は仲間想いで、喧嘩はすれど、仲間を蔑んだり、罵ったりは一切しない。

 特に人間のシリルでさえ、最初だけで、仲間になってしまえば、そんな事はなかった。

 ゆえにアルマの前で、一度もそういう殺気を放ったり、殺してやるという発言はなかったのだ。

 シリルはクレアの為に怒ったのではない。仲間を大事にできない奴が、心底嫌いだった。

 だがそうだとしても、ここまでとは思っていなかったアルマは、困惑したままだった。


「……ごめんなさい。クレアに迷惑かける事になるね。」


 しばらくして冷静になったのか、クレアに謝るシリル。

 それもまた意外だったが、優しく頭を撫でるクレア。


「いいんだ。シリル殿は本当に、仲間や家族が大事なんだな。それは本当に素晴らしい事だと思う。だけど、フィンの事も許してやって欲しい。あの子は、本当に思ってるわけじゃないんだ。ただその、感情が追い付いて来なかったんだ。まだ、子供なんだよ。」

「……20歳じゃなかったっけ?」

「ははは。そうだな。だけど、精神的な物さ。だから、許してやって欲しい。」


 そう言われ、しばらく悩み答えを出す。


「イライラすると思うけど、殺さないようにする。」

「……シリル殿なら、それでいいさ。」 


 そう言い、今度はクレアから手を繋ぐ。

 それに素直に応じるシリル。

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