第2話 旅立ちの準備

 元ボスが付いて来ることが決まり、旅の支度をするようにシリルに言う。

 仲間の銀狼達は、元ボスとシリルのため、また残された自分達だけでも問題ない事を見せるために、狩りに出掛けた。


「旅の支度をするって、何をすればいいの?狩りは兄さん達がしてくれてるし、あと俺の物って言えばこの包丁(剣)だけだけど。」

「はあ…。あのなシリル。毛皮の腰巻だけじゃ、町に入れないぞ…。」

「あ、そっか!ずっとこの格好だったから忘れてた!」

「慣れというのは怖いものだな…。」


 呆れたように首を振る元ボス。

 5年前までは人里に住んでいたはずなのだが、と心の中で呟く。


「そしたら、服になりそうな魔物でも狩ってくればいい?」

「腰巻よりはマシだが、それでも目立つだろう。私達は綺麗に魔物の皮を加工する技術はないからな。」

「じゃあどうするの?」

「あの山の反対側で、百蜘蛛ケントゥリアシュピネと戦ったの覚えてるか?」

「げ…あんの気持ち悪いの…。」

「そうだ。あの気持ち悪いのの特徴は、身を持って知っているだろう?」


 元ボスはニヤニヤしながら答えた。

 シリルが今まで色々な魔獣や魔物と戦ったが、唯一生涯できれば戦いたくない、見たくないと思った相手である。

 百蜘蛛は4メートル程もあり、更に背中に大人の手の平くらいの子蜘蛛を、大量に背負っている魔獣である。

 普段は親蜘蛛の背中にゼリー状の膜が張ってあり、その膜で子蜘蛛達は保護されている。

 親蜘蛛が糸で獲物を捕獲すると、うじゃっと膜から出てきてその獲物を食べるのだ。

 百蜘蛛は高い魔力に魔石も持つ、いわゆる魔獣なのだが、高い魔力は大量に糸を作るため、また背中にある膜の強度を保つために使用されているので、攻撃力的には大したことがない。

 だが移動の速さと糸の強度、粘着力は凄まじく、舐めていると殺される。

 前回シリル達は巣ではなく、森の中で偶然遭遇したのだが、シリルが虫嫌いのため逃げ回っていたら、糸にかかり、大量の蜘蛛が体に纏わり付いたというトラウマがある。

 なんとか炎で糸を燃やし脱出したが、その後は珍しく泣き叫びながら、全ての蜘蛛を消し炭にしていた。

 ちなみにその時元ボスは、修業のためと離れた所で大笑いしていた。


「服いらない…。」

「わがまま言うな。せっかく旅をするのに、町に入る事が出来ないぞ。」

「他の方法は…?」

「ない。」

「あ!人間狩ればいいじゃん!ほら鋭い炎で首切れば、血も噴出さないし、服も汚れない!簡単!」

「…森の近くの街道は、ほとんど人間が通らん。よく知っているだろう。逆に、他の街道は人間が多い。そこで人間を狩れば、人間共に追われ、ゆっくり旅をする事は出来なくなるだろうな。」

「そうなの…?んー蜘蛛の方がやだなぁ…。追ってくる人間全部狩ればいいじゃない…。」


 シリルの発言に、元ボスは一抹の不安を抱えていた。

 シリルにとって、人間と魔物・魔獣の違いはない。

 アルヴァイス族か、銀狼達以外は全てただの狩りの対象であった。

 彼女は銀狼故に、人間を殺せる子供なんて…という悲観的な人間の発想はない。

 これから旅をしていく先で、シリルは何かあれば簡単に人間を狩るだろう。

 ただし人間と関わっていく中で、人間を狩った場合、追われる事を彼女は知っていた。

 人間達はしつこく、数も多い、そしてごく一部の者達は自分をも上回る。

 このままではシリルは、何も考えず人間を狩ってしまい、追われる事になりそうだと思ったのだ。

 まあその時に教えればいいかと思い、とりあえず今は気にしない事にした。


「まあそう言うな。ちなみに糸だけ回収しても、私達は服を作る技術はない。なので、作ってもらおう。」

「作ってもらう…?あいつら絶対会話出来ないでしょ…。」

「いや一応出来るぞ。あいつらは念話を使える。まあ、ただその辺の百蜘蛛じゃ意味がない。話す前に攻撃されるのがオチだろう。だが山の反対側の麓にある洞窟に、昔からいる百蜘蛛の長のようなものがいる。そいつなら…まあ大丈夫だろう。」

「ボスが言うんだから、そうなんだろうけど…。それ巣に行くってことだよね?」

「ボスじゃなくて“元”ボスな。まあ、そうだ。」

「はぁ…。」


 あからさまに落ち込むシリル。

 百蜘蛛の巣の中には、大小様々な百蜘蛛がいる事を元ボスに聞いていた。

 ただでさえ気持ち悪いのがたくさんいる所に、狩るどころかお願いに行くのがとても憂鬱だったのだ。

 人間を狩るという事から、頭が離れてくれたので元ボスは一安心していた。


「まあ諦めろ。あとは顔を隠せるモノを、ついでに何か用意しよう。」

「顔を隠す…?なんで?」

「お前はアルヴァイス族だ。ディウォーグル帝国だけじゃなく、その他の国でも、アルヴァイス族を討伐対象にしている国が多い。」

「どの国でもアルヴァイス族は討伐対象なの?」

「そうだな。理由はお前が一番よく知っていると思うが、それが他の国にも広まっているからな。エンディー王国は、アルヴァイス族を討伐対象としていない数少ない国の一つだが、それでもまあ面倒事にはなるだろうな。」

「そっかー…。」


 少し遠くを見つめるシリル。

 アルヴァイス族はその高い魔力のせいで、魔人の一族と噂されていた。

 アルヴァイス族の者達は、人間を食べるとか、人間体実験行っているとか、はたまた人間達を支配しようとしているなどの噂が広まっていたのだ。

 その噂は全て事実とは異なるが、アルヴァイス族の魔力と身体能力の高さにより、大半の人間は信じ込んでいた。

 見た目の特徴も広められている為、そのままの格好で歩いていると大変な事になる。

 事実、アルヴァイス族を見る事はほとんどない。

 隠れているか、変装してばれないように皆生活していた。


「では行くぞ。」

「はぁ…百蜘蛛の巣…。」


 元ボスとシリルは、空を駆け山の反対側へと向かう。

 普段の狩りと違い、元気がないシリル。

 苦手な場所へ行くからだろう。

 前回の闘いの影響で、多少ボロボロになった山を越え、レッサーワイバーンとも遭遇せず、すぐ反対側へと着く二人。


「あそこだ。」

「もう着いた…。」


 二人が着いたのは、普段生活をしている場所と反対側の山の麓だ。

 普段の山側と比べ断崖絶壁なっているこちら側には、壁の所々に穴が開いていた。

 複数ある穴の中に、一つだけ格段に大きな穴があった。

 そこに百蜘蛛の長がいるという事だった。


「ここ入ったら蜘蛛たくさんいるよね…?」

「そうだな。そのために、ここに来たからな。狩るなよ。」

「向こうから襲って来ても…?」

「当たり前だろう。頼みに来たんだ。まあ、任せておけ。」

「行きたくないよぉ…。」


 そんな会話をしつつ、穴へと向かう二人。

 穴に入ろうとすると、たくさんの大小様々な百蜘蛛が襲って来る。


「めっちゃ来たーー!!タスケテキモイーー!!!!」

「大丈夫だ。」


 そう言うと大声で吠えた元ボス。

 その声と威圧により、百蜘蛛達は動きを止める。

 そして構わず近づく元ボス。シリルは怯えながら後ろを付いていく。

 しばらく経つと、一斉に奥へと戻る蜘蛛達。


「ふむ。ちゃんと伝わったようだな。」

「伝わった?吠えて脅しただけじゃないの?」

「動きを止めるのもあったが、それよりも奥にいる長に、私が来たという事を知らせるためだ。長も私が暴れたら、長も含め全滅させる事が出来るのは分かってるはずだからな。」

「なるほど。」

「軽く炎出せるか?私はまだギリギリ見えるが、シリルはこの先暗くて見えなくなるだろう。」


 そう言われ頷くと、シリルの人間差し指の先に、火がゆらゆらと灯される。

 ある程度の明かりを確保し、そのまま洞窟の奥へと進む。

 分かれ道ごとに、蜘蛛達が待っていて案内をしてくれているようだった。

 しばらく進むと開けた場所に出た。

 小さい明かりでは周りが見えないため、シリルは火を強めた。


「おおおお!!!めっちゃいる!!泣くよ!?泣いちゃうよ!?」

「落ち着け…。静かにしな。」


 周りが明るくなって見えたのは、壁や天井にびっしりといる百蜘蛛達だった。

 もはやシリルは涙目である。それに呆れる元ボス。

 元ボスにしがみつき、周りを警戒しながら付いて行く。

 その広間を進むと、奥に特別大きい百蜘蛛がいた。

 他の百蜘蛛に比べ、二回りは大きいだろう百蜘蛛が鎮座していた。

 周りからは、『人間がいる…。』『なんで人間が…。』とたくさん聞こえてきた。


『銀狼のボスよ。何用だ。わざわざ反対側まで来おって。』

「久しぶりだな。大した用じゃない。実はこの子の服を作って欲しくてな。」

『ほう。それが噂の人間の子か。アルヴァイス族…だったとはな。まあいい。ところで…服とはなんだ?』

「人間共が着ている物だ。」


 そう言うと、簡単に爪で床に絵を描く元ボス。

 シリルは元ボスが絵を描いている横で、絵も描けるんだ!と関心している。

 あえてボスを交代したことは言わなかった。

 まだ交代していないと思っていてくれた方が、銀狼達の今後を考えれば安全だと判断した。


『なるほどな。昔人間を食べた時、その様な物が体に付いていたな。服というのか。』

「それだ。この子が旅をするのでな。必要なのだ。」

『いいだろう。作ってやろう。』


 あっさり了承した事に、元ボスとシリルは目を丸くした。

 馬鹿ではないと思っていたが、ここまであっさり了承するとは思っていなかった。


『どうした?目を丸くして。』

「…いやそんなにあっさり了承されるとは思わなくてな。」

『断って、ここで貴様に暴れられる方が困るからな。それにどうせ、昨日山の上で暴れてたのも貴様等だろう。ここが崩れるかと思ったわ。あんな暴れ方をする者が森を出て行くのなら、こちらとしても願ったり叶ったりだ。』

「あー…それはすまなかったな。賢くて助かる。」

『うむ。要件はそれだけか?』

「そうだ。」

『分かった。すぐ取り掛かろう。』

「すまぬな。」

「ありがとう!百蜘蛛の長さん!」


 シリルはお辞儀をした。長は前足で応えた。

 長は前足を口の前に掲げ、口から糸を出すと、みるみるうちに服の形になっていく。

 元ボスが適当に書いた絵を参考に、すぐ出来上がった。

 真白で半袖の、丈が膝まであるワンピースみたいなものだ。


『どうだ。これでいいか?』

「シルク。着てみな。」


 恐る恐る着てみるシリル。

 蜘蛛の糸は粘着力があるので、それを不安になったが特にそういう事はなかった。

 だが若干大きく、ヒラヒラして邪魔になるようだった。


「んー、ヒラヒラして邪魔くさい。せめて紐が欲しいかな。」

「確かに邪魔そうだな。長よ、紐を作れないか?太い糸と言えばわかるかな。」

『分かった。』


 そうすると再び前足をかかげ、糸を束ねて、真白な紐を作って渡してくる。

 シリルはそれで、腰を縛る。


「おお!これならいいよ!!すごーい!!百蜘蛛なんて見たくもなかったけど、少し好きになった!!ありがと!!」

『…気になる発言はあるが、まあいいだろう。要件はそれだけか?』

「ああ。世話になったな。」

『なに、構わんさ。ではな。銀狼とアルヴァイス族の坊主。』

「感謝する」

「ありがとう!ばいばい!」


 二人は洞窟を去っていく。

 もうシリルは怯えてはいなかった。


「ちゃんと話せる蜘蛛がいるなんて思わなかったよ。」

「なんだかんだあいつも長生きだからな。長命の者ほど、よくわかっているものさ。まあ私も流石に、こんなにあっさりいくとは思わなかったがな。」


 洞窟を出ると、元ボスに服を見せてみろと言われ、裾を掴んで彼女の前へ広げる。


「んー…これに変装の魔法陣でも書ければと思ったが、難しそうだな。百蜘蛛の魔力が残っていて、少々邪魔だな。」

「変装の魔法陣!?そんなのあるの!?」


 シリルは驚き、目を輝かせている。


「ああ。昔旅をしていた時に、教わったのだ。まさか必要になるとは思わなかったが。」

「本当にボ…元ボスは、なんでも知っているね!」

「しかし、この服に書けないとなると、何か別で用意しないといけないな。」


 しばらく思案する元ボス。

 シリルも彼女の上に乗り、胡坐をかき、一緒に考えているようだ。

 しばらくすると、シリルが突然飛び降り、元ボスの顔の前に着地する。

 そして振り向いて、元ボスの顔を指さした。


「仮面!仮面なんてどうかな!顔隠れるし!」

「仮面か。それはいいな。木で簡単に作れるだろう。よく思いついたな。」

「ふふん!昔父さんが街に行く時、必ず仮面を持って出かけてたんだ!」

「なるほどな…。」


 胸を張り、得意気になるシリル。

 それとは反対に、少し険しい顔になる元ボス。


(追われていたのだろうな…。姿を隠しながら、逃げながら生きていたのだろう…。)


 そう考え、シリルを見る。

 ただシリルはそんな事気にもしていないのだろう。と思い、ふっと笑い、すぐ元の表情へと戻す。


「ではとりあえず木を一本持ち帰るか。花もあれば、磨り潰して色を付けられるぞ。」

「へー!ほんとボ…元ボスは何でも知ってるね!それも旅している時に知ったの?」

「そうだ。昔一緒に旅をしていた者がな、色々私に教えてくれたのさ。」

「そうなんだ!どんな人と旅してたの?」

「いつかゆっくりと話すさ。今は気にしなくていい。」

「そっか!楽しみにしてるね!」

「ああ。それでは、時間が勿体ないし行くぞ。」


 元ボスの背に乗り、空中を走り山を越える二人。

 山を越えた後森の中へと入り、木を一本切り倒し、それを元ボスが咥える。

 そして花が咲いている場所を探す。

 しばらく歩いて探していると、開けた場所に白い花がたくさん咲いていた。

 元ボスが止める間もなく、あっという間に全部摘んでしまうシリル。

 あらら…と思った元ボスだが、まあいいかと何も言わず見守る。

 そしてシリルの提案で、他の色も探す二人。

 その後青紫の花を見つけ、それも全部回収するシリル。

 まだ咲いてない花が残って再び咲くことを願おうと、全部摘み取って行くシリルを見ながら思った元ボス。

 全て摘み終わると、木は元ボスが口に咥え、花はシリルが抱え、帰路へと就く二人。


「仮面と、あとは磨り潰した花を入れる器は、私が作ろう。シリルは石を平らに割って、その間に花を入れ、磨り潰してくれ。」

「わかった!」


 まず元ボスは木を爪で三つ丸く抉り取り、その内の二つを、牙で真ん中から削り凹みを作っていく。

 そして底を平らに切り、あっという間に器が完成した。

 それをシリルへと渡す。

 そして余った一つを、爪と牙を使い、器用に仮面の形へと変えていく。

 シリルは両手くらいのサイズの石を拾って来て、真ん中辺りを魔力を纏わせた貫手で切る。

 そして片方を地面に置き、花を乗せ、もう片方で磨り潰していく。

 磨り潰した花を、元ボスが用意した器に入れ、彼女の指示で、魔力を変換し水を作り出した。

 あまり入れすぎると薄まり、なかなか染まらないという事だったので、元ボスに確認しながら入れていく。

 白と菫色の染料が出来上がった。


「よし。とりあえずこれで、仮面と染料は用意できたな。どんな模様にするかは、もう決まってるのか?」

「とりあえず一度真白にする!それに、青色で模様を書く!模様は母さんに教わった事があるから多分大丈夫!」

「わかった。そしたら白色は手で塗った方が早いな。」

「そだね!」


 全体的に手で白を塗っていくシリル。

 思ったよりも、しっかりと色が入っていき、一安心する元ボス。

 シリルは手が真白になり、真白ー!と元ボスに見せる。

 真白な面が出来上がった。


「あとは模様か。細かいのを描くならば、適当に枝を拾って来て描くといいだろう。」

「そういえば母さんが、仮面にこの模様を描くのなら魔力を込めなさいって言ってた気がする…。」

「ふむ。アルヴァイス族は、他の人間が知らない術を持っているからな。もしかしたら、何か意味があるのかもしれない。魔力を込めながら書けるか?」

「んー仮面割っちゃいそう…。」

「そしたら塗料に、先に魔力を込めるといいだろう。」

「どうやるの?魔力は放ったりしてたけど、それとは違うんでしょ?」

「両手を翳し、魔力を下へと垂れ流すイメージでやるといいだろう。シリルは魔力操作が上手いからな。それで大丈夫だ。」

「分かった。やってみる。」


 シリルは菫色の染料が入った器に両手を翳し、目を瞑り、ゆっくりと魔力を流していく。

 しばらくそうしていると、染料が全体的に光り始めた。


「もう十分だろう。そしたらこの枝に染料を付けて、模様を描くといい。」

「わかった!」


 そうしてシリルは、器用に模様を描いていく。

 どうやら、本当にしっかり教わっていたようだ。淀みなく、するすると描いていく。


(…見た事のない模様か。わざわざ教えたという事は、何かあるのだろう。しかし魔法陣でもなさそうだな…。)


 そんな事を考えながらシリルを見ていると、仮面が突然光り、シリルの髪の色が金色へ、目の色は両目とも緑色に変わった。

 そして肌の色も、真白な肌だったのが、肌色がかり、少々色白な人間程度になっていた。

 元ボスは、今までで一番目を真ん丸にし、口を開け、絶句していた。


「……おい、シリル。…なんだそれは?」

「なんだろうね?模様完成したら、仮面が突然光ったね。」

「いや違う!お前…髪も目も、更に肌まで色が変わってるぞ…。」


 え!?とシリルは驚き、肩にかかっていた髪の毛を確認する。

 そこにあったのは、真白な髪の毛ではなく、今まで見た事のない金色の髪の毛だった。

 そして、その髪を持っている手の色も変わっていた。


「うおおおお!!何これ!?なんだこれー!!わははははは!!!」


 笑いながら全身を確認するシリル。

 その横でまだ呆然としていた元ボス。

 魔法陣でもなく、ただの模様で目の色、髪の色、肌の色まで変えるなんて、とんでもない事だった。

 シリルはそれがどれだけ凄い事とは知らず、ただはしゃいでいたが、元ボスはもはや絶句していた。


(…こんな事が出来るなんて。…そりゃ他の人間達から恐れられる訳だ。)


 しかしふと疑問に思う元ボス。

 今手に持っているだけで発動しているという事は、シリルの父が持っていたのだから、シリルはその時に気付くはずだろう。

 だがシリルは知らなかったようだ。

 きっと発動条件があると考え、シリルに話を聞く。


「シリルよ。お前の父は、それを持っていたんだろう?父は髪の色などは変わっていなかったのか?」

「そういえば変わってなかった…。なんでだろう?」

「ふむ。お前の父は素手で持ち歩いてたのか?」

「ううん。父さんはいつも鞄にぶら下げてたよ。そういえば、街へ一緒に行った事がないから、一回も付けてる所は見た事ないや。」

「なるほどな。分かった。それなら、一回それをそこの石の上に置いてみな。」


 仮面を石の上へと置くシリル。

 手が離れると、いつも通りの真白な髪にオッドアイ、真白な肌へとゆっくり戻っていく。

 そして元ボスは仮面を咥え、シリルの腕へと当てる。

 ついでに目に魔力を溜め、その仮面を凝視する。

 すると再びゆっくりとシリルの色が変わっていく。

 ほんの少しだけ距離を離した。

 それでも、色は変わったままだった。

 今度は服の上に当てる。

 すると本体のシリルの色へと戻った。

 仮面をシリルへと返し、納得するように頷く元ボス。


「どうやらこの仮面は、体から微量に漏れている魔力を吸収し、模様が魔法陣のような効果を持ち、髪や目や肌の色を変えているようだな。ただ今の服には、百蜘蛛の魔力を含んだ糸を使っているから、服の上からだと阻害されるのだろう。もしかしたら、魔力を持たない素材を使った服ならば、仮面をせずとも、腰に掛けているだけで、色が変わるかもしれんな。」

「なるほど!なんとなく分かった!そうか、父さんは出かける時いつも、鞄に引っ掛けてたから色が変わってなかったのか。でもなんで元ボスは色変わらないの?」

「多分染料に、シリルの魔力を込めたからだろう。もし私が魔力を込めていたら、きっと私の色が変わったのかもな。予測の話だが。」

「ちょっと見てみたいかも!試しにもう一個作る?」

「いらんいらん!」

「せっかくだから作ろうよー!ねえ!」

「いらん!!そ…それよりせっかくの仮面だ。顔につけてみろ。」


 ほっといたら本当に作りそうだったので、話を逸らした元ボス。

 見てみたかったなーと言いつつ、大人しく仮面を顔に当てるシリル。

 そこで元ボスは気付いた。


「シリルすまん。目の穴を開けるのを忘れていた…。しかも紐を通す穴も、紐も…。」

「大丈夫!なんかよくわかんないけど、これ普通に見えてる!!しかもさっき気付かなかったけど、体に吸い付いて来るから紐もいらなそう!!」

「ほんとか!?……とんでもない代物だな…。」


 完全に呆れ返っている元ボス。

 シリルはそんな事はお構いなしに、飛び跳ねたり、走り回ったりしていた。

 そうこうしているうちに、暗くなり、仲間達も帰って来た。

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