第5話 ギルドマスター

 アルマに乗り、町へと向かう一行。

 クレアは最初戸惑いながら乗ったが、アルマの速さに驚いたり、喜んだりしていた。

 アルマもアルマで、若干不満そうではあったが、シリルに言われしぶしぶ乗せていた。

 しばらく街道を進むと、大きな壁が現れた。

 あそこが、今向かっている【クアガット】という町だ。


 クアガットは、約8,000人の小さな町だ。

 だがこの国では国王の方針により、大小問わず、全ての町に城壁が存在する。

 理由は、魔獣や魔物の襲撃による被害を抑えるためだ。

 さらに大きな町や都市に行けば、魔法陣が組まれている所もある。


「あそこがクアガットだ。一旦アルマ殿から、降りたほうがいいだろう。」

「なんで?」

「通常使役魔獣には首輪や、その他飼い主の証となるものがあるのだが、アルマ殿はそのままだろう?他の者達が、魔獣が襲って来たと勘違いしてしまう。歩いて行けば、警戒心も薄れるだろう。」

「なるほど。」


 そう言うと、離れた場所でアルマから降りる二人。

 降りると同時に、アルマが一つ提案をした。


「私は、シリルの影へと隠れよう。」

「アルマ殿は、そんな事が出来るのか!?」

「ああ。」


 これは、先の秘術の副産物的なものだ。

 あの魔法を受けると、主の影へと隠れられるようになる。

 シリルはもちろんのこと、アルマは作っていたのだから、よく知っていた。

 ただシリルは、アルマに説明するのを忘れていたが、体のサイズを変える事に気付いた時のように、勝手に分かったんだろうと解釈していた。

 そしてアルマはすんなりと、シリルの影へと潜る。


「凄いな……影移動というやつか………?」


 クレアは見た事ない魔法だった為、見とれていた。



 しばらく歩き、町の入り口へと向かう二人。

 そこには大きな門があり、町へ入る者達が並んでいた。

 二人はその列に並ぶ。

 シリルは初めての人の多さに、興味深そうに周りを見ては、クレアにあの人は何の人?あの人は?と、矢継ぎ早に質問していた。

 クレアは指を差すなと言いつつ、丁寧に答えてくれている。

 しばらくすると、順番が来た。

 クレアの指示で、喋らずに後ろを付いていくシリル。


「ご苦労様です。ガストンはいるか?」

「あ、クレアさん!帰って来たんですね!あれ……?他のメンバーの方は………?あとそこの――」

「クレア!帰って来たか!心配したぞ!」


 門番の話を遮って、でかい声でクレアの事を呼んだ男がいた。

 髭を蓄えた、顔は怖めの、ガタイのいい40歳くらいの男だった。


「【ガストン】。心配かけてすまない。」

「いや無事で何よりだ!皆止めたのに、赤き猛獣【ブラッディ・ビーストを退治するんだって言って、出て行ってしまったから心配してたぞ!」

「………その事について、話が――。」


 ガストンと呼ばれた男は、クレアの周辺を見まわし、シリルをちらりと一瞥する。

 一瞬怪訝な顔をするが、すぐに元の表情へ戻しクレアの肩を抱える。


「とりあえず疲れただろう?まあ、中でゆっくり話そう!」


 そして問答無用で、門の間にある扉へと連れていかれるクレア。

 そこのちっこいのも来い!と言われ、警戒しながらも後を付いていく。

 そこは門番達の控室のような場所になっていて、何名かの門番がいたが、さらに奥へと案内される。

 ソファーがあり、座るよう促される。

 ガストンは少し待てと言い、お茶を用意した。

 そして対面にガストンが、どっこいしょと座り、それで、と言う。


「何があった?」

「察するのが早いな……。」

「あのな……、何年お前を見て来てると思ってる。一緒に討伐に行った仲間達がいねえ。そんでそこの仮面をした、怪しいちっこいのだけ連れている。わざわざ、俺がいるかも確認していた。何かあって、他の者には話せないというのは、俺でもすぐわかる。」


 ガストンは呆れ気味で説明した。


「助かる…。」

「ああ。それで、何があったんだ?」

「先に断っておく。仮面の彼については、詳しい事情は話せない。申し訳ない。ただ、身元は私が保証する。」

「ほう。それで?」


 ガストンは身を乗り出し、親指と人差し指で顎を挟む。


「彼は、身分証を持っていない。詳しい事情も話せない。ただそうなると、門の中へは入れないだろう?」

「…………それは当然だな。通常なら、町内の衛兵へ一時引き渡しって所だな。」

「だから、他の者がいたら困るんだ。」

「………それは、事情も聞かずに町へ入れろと?」


 ガストンはそう言うと、鋭い目つきでクレアを睨んだ。

 しかしクレアは目を逸らさず、そうだ、と答えた。

 しばらくお互いが、無言で睨み合う時間が続く。

 シリルは、二人の様子を無言で眺めていた。

 先に折れたのは、ガストンだった。


「………はぁ。クレアの事だ。何か事情があるんだろう?」

「ああ。」

「ちなみに町に入ったとして、その後は?」

「ギルマスの所へ行く。その時に、詳しい事情を彼へと話すつもりだ。」

「まあ、それなら…か。所詮俺は、領主に仕えてる身だからな。ギルマスの方が、信用できるだろう。」

「いや、ガストンの事は信用している。ただ、責任ある立場だからな……。あまり巻き込む訳にはいかない………。」


 また深いため息をついて、呆れたように頭をかくガストン。


「あのな。身分証も無しに、そのちっこいのを町へ入れたら、その時点で問題なんだよ。……ったく。」

「………確かに。…そうなんだが。すまない。他に頼れる人――」

「いいって。まあそんなちっこいのが仮面をして、何か事情があるんだろう?俺は昔クレアがここに来た時に、上に報告するより先に、ギルドに報告しちまった、変わりもんさ。」

「いや。あの時のガストンの判断は、一番正しかったと思う。」

「ああそうかい…。………それより、仲間の説明がないが?」

「……………亡くなりました。」


 しばらく沈黙する。


「やっぱりか………。だからあの時ッ!!」


 次の瞬間、テーブルを叩くガストン。

 予想はついていたが、我慢が出来なかったようだった。

 しかしすぐ、クソッ!と言って座り直した。


「……………いやすまん。………お前が、一番よく分かってるよな……。すまん。」

「いや、大丈夫だ。」


 しばらく二人は、再び沈黙していた。

 ガストンもここを出る時、止めてくれた一人だった。

 しかし仲間を皆失い、自分よりもショックを受けているであろうクレアを、責めるのは酷だと判断し、途中で止めたのだ。

 クレアは拳を強く、握っていた。


「……………ところでそこのちっこいの。なんて名前だ?」

「シリルだよ。よろしくね!」


 無理矢理、話題を変えるガストン。

 それに明るく答えたシリル。


「シ、シリル殿!」

「お、意外とすんなり喋ったな。ずっと喋らないから、てっきり喋れないかと思ったわ。」

「喋るなってクレアに言われてたけど、おっちゃん優しそうだから、自己紹介くらいはいっかなって。」

「やさしそう……?はははははは!初対面の奴に、初めて言われたわ!!お前面白いな!!」

「そう?」


 笑いながら、シリルの頭をぽんぽんと叩くガストン。

 そして、一旦落ち着き、クレアに向き直る。


「しかしクレア。なんで喋るなって言ったんだ?」

「声が子供だからだ……。色々詮索されると面倒だと思って………。」


 これは理由の一つではあったが、一番ではない。

 少ししか会話をしていないが、シリルはどうやら無神経というか、物怖じしないというか、大分ずれてるというか、何かあったら面倒だな……という理由で喋るなと言ってあったのだ。

 だがまあ、ガストン相手ならいいか、と思い直した。


「……それだけか?………まあいいか。んでとりあえず、町に入る事を黙認すればいいんだな?」

「すまない。」

「分かった。ギルマスと話して、どうなるか決まったら、また俺にも教えてくれ。とりあえずそれまで、適当に誤魔化しておくから。」

「すまない、ありがとう!」

「ありがとう!」


 クレアが深々とお辞儀をすると、シリルも軽くお辞儀をした。


「はぁ……。本当お前は……お人好しというか………。」

「ガストンにだけは、言われたくない。」

「そうか?」

「そうだ。」

「そうだね!」

「何故、ちっこいのが同意する?」

「ちっこいのじゃなくて、シリルだって!名前を覚えるのは礼儀だよ?」

「……ぐっ!すまない。シリル。」

「偉い偉い。」

「………なんか腑に落ちんな。」


 そんな冗談を言い合い、重苦しい雰囲気がなくなる。

 クレアは今朝の事も含め、もしかしたらシリルはそういう事が分かってて、あえてやっているのか?と考えた。

 ただシリルは、単純に重たい話に興味を引かれなかっただけ、というのは気付いていなかった。


「とりあえず、そういう事で通るといい。全責任は俺が持つ。」

「ありがとう。ただもし、何かあればそれは、私の責任だ。」

「それは聞けんな。通した時点で、俺の責任だ。」

「………ありがとう。だがそれでも、だ。」

「……はぁ。分かった。まあそういう事は、ないと思うがな。」


 シリルとクレアは、再びお礼をすると、出口までガストンが案内をしてくれた。

 ここの責任者である、ガストンが二人を通せば、他の者は特に止める事はなかった。

 シリルは、町中に入った瞬間、両手を掲げ、駆け出した。


「初めて町に入ったー!!!」

「ちょっと!!」


 急いでシリルの手を掴み、止めに入るクレア。


「なんで……?」

「目立たないでくれ!シリル殿。ただでさえ仮面をしていて、さらに裸足で、目立っているという事を自覚して欲しい……。」

『その通りだ。ここは森じゃないんだぞ。』


 影の中から声が聞こえた。


「分かったよ、アルマ。」

「アルマ…?」


 どうやらアルマの声は、聞こえていなかったようだ。

 アルマはシリルに対してだけ、念話の様なものが使えるようになっていた。

 これも秘術の影響だろう。

 クレアに案内され、冒険者ギルドへと向かう。


「ようこそ!クアガット冒険者ギルドへ!!」



 冒険者ギルドの中は、入ると正面にカウンター、手前にはいくつかの椅子とテーブルがあり、ロビーのようになっていた。

 右の壁には掲示板があり、そこには依頼書が貼られていた。

 その掲示板の横には、ギルド内のお知らせなどが貼ってある。

 反対側は奥へと続く通路、そしてその横は階段になっていた。

 絨毯が敷かれ、綺麗にされており、観葉植物に花まで置かれていた。


「ほう!お洒落!」

「ギルマスの趣味だ。他の所でここまで綺麗にしてるのは、大きいギルドくらいなもんだ。……とにかく、こっちだ。」


 そう言って、周りをキョロキョロしているシリルの手を引くクレア。

 今は、あまり人がいないようだった。

 そしてカウンターへと行き、挨拶をする。


「あ!お帰りなさい!クレアさん!」

「ただいま。ギルマスはいるか?大事な話があるのだが……。」

「ギルマスですか…?少々お待ちください。」


 わりと若そうな青年は、シリルを一瞥し、少し首を傾げると軽く駆け足で二階へと上がる。

 すると横から、誰かが走って、クレアに抱き着いた。


「クレア!!無事だったんだ!!」

「ああ、フィンか。」


 頭に手をまわし、撫でてやるクレア。

 クレアに抱き着いている、フィンと呼ばれる少年。

 身長はシリルより少し大きい程度で、髪の毛は灰色、瞳は赤かった。

 ただその頭には、丸い耳がついていたのだ。

 彼は獣人だった。

 シリルは初めて見る獣人に、目を奪われていた。


「おお!!獣人だー!!」


 目をキラキラさせ、近づくシリル。

 それをクレアは手で制止する。


「…………ん?この子誰?………それに他の皆は?」

「すまん。今は言えないんだ。後で説明する。」

「………え?………なんで?」

「とにかく今は言えん。すまない。」


 クレアはフィンの抱き着いている手を、優しく外す。

 それと同時に、先程の青年が現れ、ギルマスの部屋へ行くように言われる。

 クレア!と呼ばれるが、振り返らずシリルの手を引き、階段へと向かう。



 階段を昇り、奥の部屋へと行くと、クレアはノックをし、名を名乗る。

 すると部屋の中から、どうぞという男の声が聞こえた。

 部屋に入ると、正面の机に中年の男が座っていた。


 彼の見た目をたった一言で言うならば、紳士だろう。

 髪は後ろになで上げられ、片眼鏡をし、襟が黒い茶色の背広に、それより薄い茶色のベスト、白のシャツに黒のタイをし、綺麗な姿勢で書類を書いていた。

 男は筆を置き、こちらを向く。

 髪は薄茶や黒や白やと、綺麗に混じっていて、髪と同じ色の太く鋭い眉を持ち、黄色く丸い目をしていた。

 ただ前髪は獣の耳のように、二本ピンと立っていた。

 全てが綺麗な紳士のような格好で、そのピンと立っている髪だけ目立っていた。

 シリルが、生まれて初めて会うタイプの人間だった。

 その男は、優しい表情で手の平を上に向け、ソファーを指し示す。


「そちらへお掛け下さい。」


 シリルは、それに従いそそくさとソファーへ座る。

 クレアはソファーの傍へと移動はしたが、座らずに、シリルの横に立つ。

 そして男が椅子を立ち、ゆっくりと静かな動きで、向かいに来るのを待っていた。


「おかえりなさい。クレアさん。ご無事で何よりです。」

「ハドリー……。ありがとうございます。ただいま、戻りました。」


 クレアは、深々とお辞儀をする。

 それを見て、ハドリーと呼ばれた男は、再び手で座るよう促す。

 改めて座るクレア。

 森で話していた時とは打って変わって、綺麗な姿勢で座っている。

 シリルは雑に座っていたが、それを見て仮面をずらし、なんとなく真似して背筋も伸ばす。


「そちらの可愛らしい方は、どなたでしょうか?」

「俺?俺はシリル!よろしく!」

「お…おいシリル殿!もう少し丁寧に――」

「あ、大丈夫ですよ。シリルさんですね。初めまして、私は【ハドリー】と言います。ミミズクの獣人で、ここのギルドマスターをやらさせて頂いております。どうぞ、よろしくお願いします。」

「ミミズク!!はじめまして!!」


 クレアの発言を手で優しく制止し、一度お辞儀をし、右手を前に差し出すハドリー。

 シリルは嬉々として立ち上がり、ハドリーの手を両手で掴み、ぶんぶんと振る。

 彼はしばらくされるがままだったが、シリルが手を離すと、失礼しますねと言い、向かいに座る。

 シリルは座り直し、興味津々という顔でハドリーをずっと見ている。


「さてと…。何がありましたか…?」


 そう言うと、先程までの優しい表情が一転、真剣な表情になるハドリー。

 その表情に、少し緊張した様子のクレア。


「はい。実は――」


 クレアは、昨日起きた事を丁寧に説明した。

 赤き猛獣を退治しようとして、自分以外が皆死んだ事、そしてその経緯を事細かに。

 さらに、そこをシリルに助けて貰った事。

 話を聞いている間、静かに相槌を打つハドリー。


「……そうですか……ロン達は……。仲間の死というのは、何度経験しても辛いですね……。」

「…………ハドリーの言う通りにしていれば…。」


 しばしの間、沈黙が流れる。

 ハドリーは顔の前で手を組み、じっと目を瞑り、黙り込んでしまった。

 クレアもまた、手を足に乗せ、拳を握りしめる様に力を入れていた。

 自分達の無力さ、無計画さ、無念さ、全てを後悔し、噛み締めている様だった。


 ハドリーは一度深くため息をつき、シリルに向き直った。


「シリルさん。クレアを助けていただき、本当にありがとうございました。」

「ん?いいえ。」


 ハドリーは深々と頭を下げる。

 シリルは頭を少し傾け、優しく言った。


「何かお礼を、……と言いたいのですが、シリルさんをこちらまでお連れして、私を呼んだという事は、何か事情が…?」


 そう言うと、クレアに向き直った。


「はい。実はですね――」


 クレアは、一度シリルの顔を見る。

 クレアがこちらを向いた事に気付き、仮面を机に置き、元の姿を現すシリル。


「俺はアルヴァイス族なんだ。」


 ハドリーは眉毛を持ち上げ、丸い目をこれ以上ないというくらい真ん丸にする。


「アルヴァイス族………初めて見ました……。」


 さらに、ずっと影の中に隠れていたアルマも出て来る。


「初めまして、ハドリーとやら。私はアルマという。」


 出てきてすぐに、流暢に挨拶をするアルマ。

 ハドリーはもはや驚きすぎて、言葉も出ないという状態だった。


「アルマ出てきちゃったの?」

「ああ。事情を説明するのに、私も必要だろう。何よりシリルが説明役では、不安だからな。」

「そう?」

「私もその通りだと思う…。」


 クレアが同意した。

 ハドリーは数度瞬きをし、失礼しました。と言って、改めてソファーから立ち上がり、再びシリルに挨拶をしたように、名乗りお辞儀をする。


「…という事で詳しい事情は、私が説明する。」

「分かりました。…ただその前に、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「アルマさん、…あなたは魔獣なのですか?」

「そうだが?」

「私は魔獣や魔物を色々研究していまして、ただ今まで一度もあなたのような種類の、魔獣や魔物は見た事ないのですが…。」

「そうか。そう言われてもな。私は私だ。人間共が、どうやって調べているかは知らぬが、全てを網羅しているわけではあるまい。」

「……確かに、そうですね。」


 魔獣の種族名とは、基本的に人間達が勝手に付けているモノだ。

 魔獣自身が名乗る事はない。

 アルマや百蜘蛛の長の様に、永きに渡り生きている魔獣が、人間の呼び名を時より使う事はあるが、そもそも種族の違う魔獣同士が、呼び合う事などほとんどないのだから。

 なので人間が知らない魔獣には、基本的に種族名はない。


「失礼しました…。それで事情というのは?」

「クレアには説明したが、私達には身分証が必要なのだ。」

「…という事は、今は身分証はお持ちでないと。」

「そうだ。そして、その理由だが――」


 アルマは、詳しく説明した。

 シリルがアルヴァイス族であり、元奴隷であり、自分が襲い、また森で育てたという事を。

 そして、クレアと出会い、彼女が力になってくれるという事で、同じ説明をした事を。

 ハドリーは先程とは打って変わり、ほぉ!や、なんと!といった驚きを表し、興味深そうに話を聞いていた。


「………クレアを本当に、信用していただいたという事ですね。」

「そうだな。」

「ガストンさんも全く………バレれば大変というのに。」

「全くですね。協力をお願いした、私が言うのもあれですが、お人好し過ぎます。」

「そうですね。……まああなたも変わりないですが。」


 そう言いながら笑うハドリー。

 そして一旦、咳ばらいをしアルマに向き直る。


「話は分かりました。………ですが、冒険者登録は許可出来かねます。」

「何故ですかハドリー!?」

「………どういう事だ?」


 クレアは驚きハドリーに迫り、アルマは静かに見つめる。


「理由は主に、二つですね。」

「………なんだ?」

「まず一つ目が、アルマさん。あなたです。信頼関係があるのは、話を聞いていて分かりましたが、それでも見た事のない魔獣、知能が高く、魔力も隠されていて、実力は全くもって不明。我々人間達からすれば、脅威に他なりません。そんな魔獣が、使役魔法で縛られていない。」

「……知っていたのか。」

「そうなんですか!?」

「ええ。使役魔法で縛られている魔獣には、会った事があるんです。魔法により縛られているので、分かる者には、分かるんですよ。」

「へえそうなんだ。」

「そうだったのか…。」


 アルマはどうやら分かっていたようだが、シリルとクレアは知らなかったようだ。


「なので、使役魔法を使っていただければまだいいのですが………。それをする気はなさそうですね。」

「うん。しないよ。」

「………そうですか。」


 秘術については、触れなかった。

 これは一族で秘密としている事なので、言うわけにはいかなかった。


「もう一つは…?」

「もう一つの理由は、シリルさんがアルヴァイス族であり、強いとはいえ、まだ子供という事ですね。」

「………それはまた…どうしようもないな。」


 苦笑するアルマ。


「まず第一にアルヴァイス族である事、この事は今の世界の実情を知るならば、私達にさえ、バラすべきではありませんでした。アルヴァイス族を庇う者など、ほぼいませんからね。」

「エンディー王国は、アルヴァイス族を討伐対象としていないと聞いたが、それでもか…?」

「それでもです。アルヴァイス族が討伐対象となってから永きに渡り、彼等は人前に出る事がなくなりました。ただそれでも未だに、ディウォーグル帝国内では小競合いが起き、一部の帝国軍は、討伐を失敗したり、聞いた話では、全滅させられた部隊もあるとか。」

「………。」

「元が少数民族であり、今は散り散りとなっているはずのアルヴァイス族が、一部隊とはいえ、軍を全滅させる力を持っている。そしてそのアルヴァイス族がどういった者達なのか、今の人達は知りません。」

「私の存在と同じという事か………。」

「そうです。よく分からない者達が、とてもつもない力を持っている。いくら、討伐対象としていないこの国でも、脅威にはなんら変わりがありません。」

「なるほどな………。」

「そして何より、シリルさんが事の重大さを、分かっているようには思えません。アルマさんは警戒しているようですが、先程の話ではシリルさんは、クレアさんを信じ、あっさりと正体をバラしています。」

「……そうだな。」

「私はそれが不安なのです。冒険者として旅をする間、シリルさんはあっさり正体をバラすかもしれません。そうなると、旅どころではないでしょう。それが私が許可した事で巻き起こる問題ならば、申し訳ないが、私はそれは出来ません。」


 そう言い、頭を下げるハドリー。


「なるほど……。では、この事を国にバラすと…?」


 そう言うと、アルマの目が鋭くなり、語気が強まる。


「いえいえ。さすがに、そんな事はしませんよ。私としては、普通の子供と一緒に、この町の孤児院に入っていただきたい。」

「………それでは、バレてしまうのでは?」

「これでも私は、魔法にも詳しいのでね。魔力が下がってしまうというリスクはありますが、正体を隠す魔法陣を体に直接埋め込めば、正体はバレません。」

「旅は諦めて、その魔法を施してもらい、普通に孤児として暮らせと?」

「そういう事です。アルヴァイス族とはいえ、子供ですから。大人は子供を守るものです。」

「………。」


 しばし思案するアルマ。

 確かにアルマは、シリルの無警戒さは不安要素ではあった。

 そして旅は出来ないとはいえ、現状味方になってくれそうな者が人間側にいて、大きくないながらも権力があるというのは重要だ。

 だが、この者はどこまで信頼できるのか?というのもある。

 魔力を縛られれば、シリルは身体能力は高くとも、やはりただの子供になってしまう。

 そうなると必然的に、この者が自分達をだましていた場合、抵抗する力が減ってしまうという大きなリスクになる。

 よしんば、逃げられたとしても、その魔法が解除できるかも分からない。

 やはり人間なぞ信じたのは、軽率だったか…と思うアルマ。


 するとその沈黙を破ったのは、クレアだった。


「ハドリー!なんとか!なんとかご許可をいただけませんか!?私はこの者達に、悪いようにはならないと言ってしまいました。そして、この者達は出会ったばかりの私を、信じてくれました。それが魔力を縛り孤児院に入れでは、あまりにも………。このままでは、恩人を裏切った事になってしまいます……。」

「ですが――」

「どうかお願いします!」


 必死に頭を下げるクレア。

 ハドリーはしばらくそれを、困った表情で伺う。

 そして黙って聞いていたシリルへと、顔を向ける。


「シリルさんは、どうしたいですか?」

「孤児院には入らないよ。旅をするって言って、森を出てきたんだ。魔力を縛って、孤児院に入るくらいなら、森にまた戻る方がマシ。」

「……そうですか。」

「でもなー…。クレアは悪い人にはやっぱり見えないし、ハドリーもあんまし悪く見えないから、戦いたくはないなー。」

「………戦うとおっしゃいました?」

「……シリル殿?」


 それに少しの驚きを見せるハドリー。

 同じく驚き、シリルの顔を覗くクレア。


「だって、ハドリーは俺に孤児院に入って欲しいわけでしょ?でも俺は、旅を止めるつもりはない。だったら戦うんじゃないの?」

「……それは、本気でおっしゃっているんですか?」


 目つきが鋭くなり、少し殺気を放つハドリー。


「だってこのまま、森に帰っていいよってならないでしょ?でも俺は絶対に孤児院には入らない。なら狩るか、逃げるかしかない。でもハドリー達は止めに来る。ほら戦いだ。」

「………。」

「これでもハドリーが、俺の味方っぽいのはなんとなく分かるよ。そうじゃなかったら、何も言わずに狩ってる。だって普通なら、今からあなたを狩りますーなんて言って、狩りしないでしょ。」


 その発言に、クレアとハドリーは絶句する。

 目の前の子供は、何を言っているんだと。


「でもやっぱり味方してくれてるから、いきなり狩らないで話はしとこうと思って。どう思うアルマ?」

「…………どうやら私はシリルの為と思い、慎重になりすぎていたな。その方が早いな。ハドリー次第ではあるが。」


 アルマがにやりと笑い、立ち上がり、殺気を放つ。

 一気に部屋に緊張が走る。

 クレアは信じられず、真っ青な顔をしている。

 ハドリーも応戦するかと思ったが、次の瞬間溜息をついた。


「はぁ………。分かりました……。冒険者登録しましょう。」

「ハドリー!?いいんですか!?」

「ほう?」

「いいですよ……。お二人を少し舐めていましたね……。」


 肩を落とし、ソファーに深くもたれかかり、頭を抱えながら説明する。

 アルマは殺気を解き、座り直したが、どこかしてやったりという顔をしていた。


「先程も言いましたが、大人は子供を守るものです。私はアルヴァイス族だからと言って、シリルさんを見捨てるような事はしたくありません。しかもクレアの命の恩人であれば、尚更ね。本当であれば、力で抑え、無理矢理にでも孤児院に入れたいところです。」

「なら何故そうしない?」

「………少なくとも、一番あなたは分かっているでしょうに……。あなた達が強いからです。シリルさんは単体で、赤き猛獣を一撃で殺せる。さらに力を全く読めない、あなたもいらっしゃる。負けはしないでしょうが、殺さず捕らえる事は容易ではないかと。」


 そう言うと姿勢を正し、座り直す。


「さらにここで戦えば、下にいる冒険者達も来るでしょう。そうなると少なからず、冒険者達にも被害が出ます。それはこちらとしても困るんですよ。特に最近は、魔獣や魔物の被害が増えていますからね。」

「なるほどな。」

「だからここで、無理してあなた達と戦うより、冒険者登録してしまった方が得策という事です。………分かっていて言ったのなら、恐ろしい子供です。」

「いや、俺はそれしかないと思っただけだよ?」


 そうですかと再び呆れ気味に言うハドリー。

 クレアはまだ飲み込みきれずにいた。

 アルマはシリルの発言を聞いた時に、これは使えると思った。

 ハドリーの事を信用はしていなかったが、ここで戦うような者ではなさそうだと考え、脅してみたのだ。

 最悪戦う事になり、勝てない可能性があったとしても、クレア辺りを人質に取り、逃げてしまえばいいかとすら考えていた。



「ただし、条件は付けます。クレアとパーティを組んでください。クレアを、シリルさんの保護者とします。」

「私が保護者ですか?」

「ええ。クレア。あなたはシリルさんを、教育してあげてください。シリルさんの思考は、どうも危うすぎます。私達のような者でなければ、本当に即殺されていたでしょう。後先も考えずにね。それは、大変危険な思考だと思います。」

「………そうですね。」

「それは私も、概ね同意しよう。」

「えー?そうなの?」


 クレアとハドリーは人として、アルマはシリルの旅を考えてと、微妙な差異はあったが、概ね同じ意見だった。

 シリルだけが、あまり理解できていなかったが。


「ですが、私はシリル殿より弱いのですが、それで大丈夫ですか?」

「大丈夫でしょう。あっさり人を殺すと言ったシリルさんが、わざわざ私達に警告をしてくれたんです。クレアを信頼しているという事だと、思いますね。」

「クレアは本当に信じてるよ!戦いになっても、死ななくて済むならその方がいいなあって思ったし。」

「殺さなきゃと思ったら、殺してたんですね………。」

「うん。普通じゃない?」


 少し身震いするクレア。


「………この思考を、何とかしてあげてください。まああとはアルマさんが、シリルさんよりはしっかりとした考えをお持ちのようなので、アルマさんと協力出来ると思います。アルマさんならこの意味わかりますよね?」

「ああ。ただ、私にとっても人間達は餌だ。シリルの為にならないと判断すれば、殺す事に抵抗はないぞ。」

「あなたはそれでいいのです。あなたは、シリルさんの不利になるような事はしない。そして今後旅をする中で、クレアのような普通の人間の考えが必要なのは、分かっているはずです。」

「ああ。」

「それであれば十分です。」


 なんとか収まったかと思う反面、シリルの『狩る』という言葉だけには未だに引っ掛かりを覚えるハドリー。

 森で育ち、狩りをしていたのもあるが、彼にとって、人間は人間ではないのではないだろうか、とふと思ってしまったのだ。

 その事も含め、クレアに任せようと考えた。

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