5章 4

 朝登校をすればクラスメイトに挨拶をされる。

 ぎこちなく挨拶を返す留美。休憩になるといまの授業のここが難しかった、ここがわからないんだ。と聞かれ話されて、それが自分のわかるところなら教えてあげる。昼休みに一緒に食べようと誘ってくれて、何人かのグループで和気あいあいと談笑しながら昼ごはんを食べる。丸められた紙を投げつけられることはいまでもある。ただしそれは紙の中に

『眠そうな顔しているけど、多分今日そこ当てられると思うから、起きていること』

『帰り道一緒に買い物に付き合ってくれない?』

 などが書かれていた。

 差出人は相良理恵子。

 運悪く投げたあとを先生に見られて、留美の代わりに指名されて、前へと出て行って黒板に答えを書き込んでいく。


 帰りの時間になると昼過ぎから崩れ出した天候がついに雨を降り始めた。学校にものを置いておかなかったせいか、雨を遮る雨具をなにも持っていない。

 玄関口で降り注ぐ雨を眺めながら、傘をさして帰る生徒や濡れるのを覚悟で走りだす生徒を眺めながら、どうしようかと考えていると隣に人の気配。

「これ、どうぞ」

 顔を背けて立つ遠藤吾郎がそこに立っていた。

 留美へと折りたたみの傘を差し出して

「えっ、でもこれって……」

 彼が他に傘を持っているようには見えなかった。しかし彼は折り畳み傘を留美へと手渡して

「オレはこれから部活があるから。部活の仲間に傘、入れてもらうから大丈夫」

 そう言って彼女に背中を向けて再び校舎の中へと入っていった。

「あ……」


 ありがとうと言う前に見えなくなる少年の姿。明日登校したらちゃんとお礼を言わなくちゃと、傘を開いて留美は下校した。


 帰宅してから相良理恵子に付き合って買い物をするという約束を破ったことに気がついて、申し訳ない気持ちがいっぱいで次の日を迎えると、学校に着くなり理恵子は抱きつかないばかりの勢いで留美に近づいた。

「だ、大丈夫、なんだよね? あー、良かった。本当に良かった」

 なにが良かったのだろうか。約束を破ってしまった自分がなにが良かったというのだろうか。悩んでいると

「いやさ、昨日待ち合わせの玄関に留美の姿がなかったからすっごく心配したんだよね。なにかあったんじゃないのかって。連絡しようにもほら、携帯番号教えあってないじゃない。だから確認できないしさ。だから、うん。

 良かったよ」


 自分がただ約束を忘れただけなのに、こんなにも心配されて申し訳ない気持ちで胸が苦しくなる。

「ご、ごめんなさい……あの……私……」

「うん? あぁいいよいいよ。

 確かに約束破られちゃったのは悲しいけどさ、それに関してはいま謝ってくれたからチャラ。でも今度は一言お願いね。ほらこれ」

 携帯電話の液晶部分をいじって

「これあたしの電話番号だから登録よろしく。で、登録終わったらそっちから一度かけてくれない? その番号こっちでも登録するからさ」

「あー。理恵子だけずるいー。はいこれ私のだからこっちも登録よろ」

「じゃあじゃああたしも!」


 留美の目の前に差し出される幾つもの携帯電話。いつの間にか胸は苦しくなくなっていた。苦しみとは別の感情で泣きたい気持ちは溢れそうになっていた。


「で、なんで私こんな格好をさせられているんでしょうか」


 所謂ゴスロリ服である。


 近所のショッピングモールへと相良理恵子に連れて来られたのが十数分前。留美としてはつい先日、一緒に帰宅するいう約束を破ってしまったという思いがあるし、休日に誘われたことは嬉しかったので二つ返事だった。


 モールへと来て彼女についていった先のショップで気がついたら着替えさせられていた。

「う~ん、ちょっとイマイチかな。水無月さんにはこの手の服は似合わないね」

「えっ、いきなりこれに着替えてって言われてそれに従ったのに、なんだかひどいことを言われている気がします」

「んー。それは違うよ」

 首を振って

「水無月さんは素材がいいからさ。もっとシンプルな衣装が似合うと思うんだよね。

 例えば……」

 ぐるりと振り返って服を見繕いだす。

「こんなのはどうかな?」

 純白のワンピース。


 余計な装飾物もなく、麦わら帽子をセットにすれば草原がとても似合いそうな衣装。

「これに……着替えろということですか?」

 嬉しそうに頷く理恵子。

「それに拒否権はありますか?」

 先ほどの衣装よりは大人しく着やすい衣装ではあったが、シンプル過ぎて恥ずかしくなりそうな上に、ここですんなり来てしまってはこれから先どんな着せ替えをさせられるかわからない。

 だがしかし

「この間あたしの約束放り出したのって……誰だっけ?」

「あぅ……」


 でも今の状況が楽しくて、着せ替えされながらも留美は嬉しそうだった。

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