第14話 出会いは突然に2

「それにしても今日は騒がしいわね」


 旧校舎にある写真部の部室を出ていくと教育実習生と鉢合わせになる。

 彼女は銀縁の眼鏡をかけてキリリとした表情だった。


「玻名城先生、お疲れさまです」


 生徒たちは彼女を慕っているのか楽しそうに手を振っている。それに合わせ教育実習生もにこやかに振る舞う。


「新しい先生か。それにしても玻名城って……」

「私の姉ですが」


 写真部の後輩の玻名城が答える。やはりにていると思ったが姉妹だったとは。

 どこぞの双子と違って二人とも頭がよさそうだ。


「ちょっと涼っ。今私たちのことバカにしたでしょ」

「悪意を……感じる……」


 運命の女神のアイと死神のセイは膨れっ面だ。俺が比べたのが悪かったのかご機嫌ななめになってしまった。


「わかったタピオカミルクティー買ってやるから。あと中古のDVDも」

「へへーん言質はとったわ」

「やった……」


 すっかり機嫌がなおって現金というべきか。あまりのちょろさにそれでいいのかと思うが本人たちが満足しているなら問題ない。


「それであなたたちは部活終わりかしら。妹がお世話になると思うけどよろしくね」

「お姉ちゃん、それは言わない約束」


 いつもは冷静な玻名城も姉を前にするとたじたじになる。年の功というものか。とにかく玻名城はバシバシと俺の背中を叩き後ろで隠れている。


「お姉さん頭いいんだな。将来は学校の先生か」

「うちのOGでもあるからな」


 今まで静かだった写真部部長の成宮が口を挟む。


「玻名城先輩には写真部としても感謝しないといけない」

「何かあったのか」


 そういうと成宮はもったいつけたように語り始める。


「昔々、僕たちの所属する写真部は弱小でね。今では立派な部室もあるがそれもすべて玻名城先輩が精力的な活動をして受賞したことがきっかけで昇進したというわけさ」


 つまり彼女は写真部の恩人であり、影の立役者ということだ。

 そして姉妹そろって写真部と言うのも以外だった。


 なんとなく玻名城は姉と同じことをするのを避けそうだと感じたからだ。


「今私のこと考えてましたよね」


 玻名城は俺の視線を感じて冷静に返してくる。


「親の期待とかコンプレックスとかめんどくさそうなこと考えて私が遠慮するとでも思いましたか? あいにくそこまで繊細でもないんですよ」


 たんたんとした口調で、しかしおもためな話をする。彼女のなかでは折り合いがついていたことなのかあっさりとした表情だった。


「妹と私は風景と人物で被写体が違うのよ。だから写真をとっても正反対のものができる。それが面白いのよね」


 対する姉も気にした様子はない。


「ふん。余計なお世話だったというわけか。天下の滝川にもミスはあるんだな」


 成宮が鬼のくびをとったように皮肉を言ってくる。


「まあ今日はそんなところで解散だ。俺はバイトがあるから帰るけど、成宮と玻名城はどうsるんだ? 」


「最近まともに活動していなかったからな。写真をとろうかと」

「私は帰宅します」


 見事に意見が分かれた。相変わらずマイペースとでもいうべきか。


「ま、気を付けて帰れよ。玻名城先生もお先失礼します」

「ふふっ。みんなをありがとう」


 玻名城の姉はいい人のようだった。性格は堅物な妹と違ってオープンだし、愛想もいい。俺だったら比べられて卑屈になってしまわないか心配になった。取り越し苦労かもしれないが。


「ちょっくらバイトに行ってきますか」

「涼、約束のDVDは? 」

「タピオカミルクティー……」


 物欲センサーでもついているのか双子は俺にぴったりとついてきてせがんでくる。

 俺が先に言ったこととはいえ若干めんどくさい。


「あっ。今めんどくさがったでしょう。涼の裏切り者お」

「最近……冷たい……」


 人間いきるためには金がいる。小遣い稼ぎとはいえバイトも立派な収入源だ。


「わかったから。バイト終わるまでしっかり待つんだぞ」

「もう仕方ないわねえ」

「らじゃー……」


 結局どちらが譲歩しているのかわからない。それをおかしく思いながらバイト先のコンビニへと急ぐのであった。


***


「らっしゃっせー」


 バイト先のコンビニでは客が雑誌の立ち読みをしているだけですることはあまりなかった。レジは暇なので品だしを中心に作業する。入れ換えの時期だと忙しいが忙しい方が考えることも少なくて助かる。


「堕天使がやってくる、か」


 アイとセイの悪ふざけが原因で危機が及ぶとしたら大変だ。天界の人間。つまりここ最近になって現れた人間をしらみつぶしに当たるしかない。


「滝川、考え事か。仕事早めにあがっていいぞ」

「いや先輩いつも悪いっす」


 面倒を見てくれている先輩には気づかれてしまったらしい。ふがいないばかりだ。


「だって居候の娘たちの食事も用意しないといけないしで大変だろう。店長に話しておくから」

「ありがとうございます」


 帰り際に廃棄弁当を内緒でもらったりとこのコンビニの人たちにはよくしてもらっている。だから迷惑はかけられない。


 親切にしてくれる人たちの存在はありがたい。だけど俺はどこまでその厚意に甘えていいのかわからないでいた。


「滝川……話がある」


 コンビニの扉越しに別れたはずの成宮と目が合う。いつになく真剣な表情で俺はどうしていいかわからなかった。


 彼にもどこか危ういものがある。玻名城はそれに気がついているから陰ではフォローしようとしているのかもしれない。


「それで話って? 」

「ここで話をするのもなんだ。移動しよう」


 そして俺がランニングの休憩に使っている公園に移りベンチに腰かけた。


「堕天使の話やら生徒会長の話やら最近色々立て込んでいただろう」

「ああ。特に会長はまだ復帰はままならないようだからな」


 思い出すと胸がいたくなるが今は前を向くしかない。会長が恨み言を叶えようとしたのももとをたどれば呪いの壺がある。


「僕はあの壺を見つけたとき、つまり部室にいたんだが他に怪しい人間がいないか気になってな」

「成宮は一人だったんだろう」


 そういえば詳しい話は聞いていなかった。彼の情報があれば真実にたどり着くことができるかもしれない。


「その時は誰もいなかった。だから戸棚に鍵を閉めてだな」


 そして数日は何事もなく安置していたということになる。

 だがしばらくして壺が消えたり現れたりするという不可解な出来事が続いたという。


「それは厄介だな。俺の家にあった壺と同じだとすると壺が勝手に動いたということだろう」

「滝川のところにもあったのか? 」


 あまり詳しいことは言いたくなかったがそこで隠すわけにもいかない。仕方がないので俺の寿命が見えたことを伝える。


「寿命って……。縁起でもないな」


 成宮は身を震わせた。確かにこれが事実だとすれば笑えない冗談だ。

 だが俺にはそれが現実だ。


 恐怖がないといったら嘘になるが当面は呪いの壺と堕天使の対応が先だ。俺の事情を優先している場合ではない。


「悪かったな。僕も自分のことばかりに気がとられていて気が動転していた」


 暗に気遣えなくて申し訳ないと頭を下げられるとこちらの方が困ってしまった。いつもの僻みっぽい成宮ではないとどこか居心地が悪い。


「今日は突っかかってこないんだな」

「バカ。あれはパフォーマンスだ」


 結局のところフォローしたつもりがフォローされているのは俺自身なのかもしれない。人のありがたさのようなものを感じた。

 

「なあ今日家によっていかないか」

「なんだよ急に」


 成宮は再びいつものような憎まれ口を叩くのかと思えば違った。

 彼も彼なりに責任を感じているらしい。


 まさか呪いの壺がここまでの大事になっているとは思いもしなかったのだろう。俺や生徒会長のことだけでなく、これから何が起きるかもわからない。


 過去は変えられない。だけど未来だけは明るいものであってほしい。そう願った。



***


「ただいま。約束のDVDとタピオカ買ってきたぞ」


 アパートの一室に戻る。成宮をつれて。


「ちょっと涼っ。これ昼ドラじゃなくて木9じゃないっ。ヒューマンドラマは嫌いじゃないけど……」

「タピオカ……ミルクティーは? 」


 慌てていたせいか買ってきたものはお気に召すものではなかったらしい。悪い悪いと頭を下げ夕飯を作り始める。


 と、その前に。


「母さん、ただいま。俺今日も一人前の男として活躍したよ」


 仏壇の前に手を合わせる。母がこの世にいないことはいやというほどわかっている。だけどいないからといって無視するようでは母が浮かばれない。


 日課をこなし心のなかで母と会話をする。小さなことばかりだが自慢の息子だと思ってくれていると信じたい。


「滝川、俺も上げさせてもらってもいいか」


 成宮も神妙な顔つきで仏壇の前で手を合わせる。意外と真面目な男だということは知っていたが予想を超えて礼儀正しかった。


「ねえねえどうしちゃったのよ」

「ちょっと……謎……」


 双子もそろって同じ感想らしい。


「いや、俺たちもさっき色々話し合ってさ。なんというか今までのことは水に流そうということになったんだ」


 この場で呪いの壺のことを真面目に話す気はなかった。話せば彼女たちは責任を感じるだろうし、解決策があるかどうかもわからない。


 それより現実を見て生きようと思ったのだ。


「夕飯はビーフンだ。胃袋に溜まる感じが癖になるぞ」

「やったわっ。このドラマ、昼ドラの女王が脇役で出ていたのっ」

「ココナッツミルクがあった……」


 俺の言葉をまったく聞いていない双子は楽しそうに居間で転がっている。対する成宮は正座で足を崩さずに待っていた。


 なんだかおかしい。


 バカな俺でもわかる。


 あいつはこの場でくつろげないほどのくそ真面目さはないし、俺と真面目に話したあともどこか気恥ずかしいのか照れ隠しのようなものをした。だけどそれがないということは。


「もしかしてお前が堕天使ルシフェルか」

「気がつくのが遅いな」


 成宮は不適に笑った。いや、彼はすでに別の姿となっていた。

 背中には奇妙な翼がついており人ならざる存在であるというのがわかる。


「成宮という男の体は預かった。これは私からの宣戦布告だ」


 いつもの彼らしくないとはわかっていたがまさか体を乗っ取られているとは。俺も現状を甘く見すぎていたということか。


「呪いの壺を天界から持ち去った罪は大きい。特にそこの双子」

「ううっ」

「ひぃっ」


 指差されたアイとセイは気まずそうに目をそらす。確かに怒らせると怖そうだ。彼女たちが恐れていたことを理解する。


「そして君には悪いが寿命というのはここばかりはどうしようもなくてね。善処すろとしかいいようがないが」


 つまりそれはルシフェル次第でどうにかなるかもしれないという希望を叩き潰すものだった。


「俺たち三人どうなるんですか」

「壺は見つかり次第処分される見通しだ」


 アイとセイはその一言に震え上がった。どうやら本当に恐ろしいことらしい。俺には実感がないが天界から来た二人には理解できることらしい。


「ってそれより成宮の体は」

「案ずるな。私が預かっている間は神のご加護をいただいている身。そう簡単に死にはしないさ」


 死なないイコール無傷というわけでもないだろう。いささか不安が残ったが成宮の意識というものがかすかにあるのを感じた。


 時おり堕天使が語る間に元の彼らしい表情が映るのだ。完全に消えたというわけでもないはずだ。もし仮に成宮の意識が消えることがあるとすればそれは死を意味するのだから。


「私のことを疑っているな」

「信じる要素がないだけだ」


 お互い知ったようなことを口にするが和解できたわけではない。


 成宮を盾にとられ、アイとセイが立ちすくんでいる今、戦えるのは俺しかいない。だから負けるわけにはいかなかった。


「滝川涼、君のことは嫌いではないのでね。食って掛かるような真似さえしなければ穏便にことを済ませよう」

「つまり俺にはなにもするなというんですか」


 そう返すと男は不適に笑った。何がおかしい。まるで茶番とでも言いたげだ。


「おとなしく壺を返せば不問にしたものを。そこの双子には天界でさばきが下される。それまで待つというのも一つの手では? 」


 負い目がある分はっきりと決別することはできないかもしれない。アイとセイは萎縮しきっているし、言い返す気力もないようだ。普段の能天気さからすれば予想外の展開だった。彼女たちなら軽くいなすと思っていたからだ。


「君は双子がかつて忌み子だったという話は聞いていないか」


 かつて聞いた言葉だ。その頃はなんとも思っていなかった。だが今ではなんとなく理解できる。


 つまりアイとセイは。

 天界では忌み子として世界から隔絶された空間で暮らしていたということだ。


 だとしたら彼女たちの無邪気さも無鉄砲さも理解できる。

 恐怖を知らないということは想像がつかないということだ。


 だが一方で堕天使の名前だけでも怯えるということは。


 二人は彼らからひどい目にあっていたということだ。


 陰口を叩くとかそういう類いのものもあるだろう。


 だが直接暴言をぶつけられ傷つけられ生きてきたはずだ。

 厳しい現実を見たくなくて彼女たちはいつまでも子供のように振る舞っているのかもしれない。


「アイ、セイ安心しろ。俺が二人を守るからな」

「威勢のいいことで」


 こんなときだからこそ啖呵を切る。自分が決して強くないこともわかっている。精神的にも肉体的にも普通の男子校生にできることなどたかが知れている。


 だからなにかを守るためには全力で戦わないと。


 失ってからでは遅いのだ。


 俺が覚悟を決めるとともにアパートの空間が歪み始め。

 四人がいた空間はどこかおどろおどろしい地獄じみた光景に変わる。


「ここからが本番さ」


 堕天使ルシフェルは高らかに笑うのであった。


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