第13話 出会いは突然に

 叶多そらはすぐにとは言わないが復帰することを約束してくれた。振ってしまった負い目というものを持たないで済んだのも彼女の前向きさかもしれない。


「暑い日にガンガン冷房効かせて飲む紅茶は格別ね。あのヴェルレーヌにも得られなかった幸福感をゲットしているわっ」

「マドレーヌ……浸すとおいしい……」


「ホント、生徒会長といい、麗しの双子といい滝川のどこがいいんだっ」

「先輩やっかみすぎると鬱陶しいです」


 写真部の部室で優雅に紅茶とマドレーヌを頬張るアイとセイ。それを暖かく見守っていると部長の成宮の突っ込みがすかさず入る。


「それで一応平和になったとはいえ異変はないか確認したくてな」

「異常なことといえば滝川のモテかたくらいか」


 完全にひがみモードに入っている。成宮はケッと毒づき紅茶をズゾゾっと啜る。マナーがなっていない。


「そんなそば啜るみたいに飲むなよ」

「はっ。僕がどうしようがお前に関係ないねっ」


 急に性格が歪んでしまったようにも思える。なんだか変だ。


「先輩もそう思いますか? 」


 こっそり後輩の玻名城が声を潜める。どうやら最近成宮もおかしいらしい。


 つまりこれは。


「天界の人間の仕業かもしれない」


 俺が呟いてもみんなスルーする。って紅茶以外に興味を持ってくれ。


「アイとセイ。二人はどう思う? 」


「ズズズズ」

「ズゾゾ」


 返事はない。紅茶に夢中のようだ。しかもアイは壊れかけのVHSを持ち込んで古いドラマを流している。薄暗い写真部の部室と相まって不気味だ。


「ちょっと今いいところなんだからっ。夏彦さんが出てくるシーン最高なのよね」

「コーヒー……飲みたい……」


 俺の言葉など聞いていなかったように彼女たちは無心に紅茶を啜る。


「って二人もどこか様子がおかしいぞ。変なもんでも食べたか」


 ためしに聞いてみても薄い反応が返ってくるだけで有益な情報はない。

 つまり彼女たちはなにか隠しているということで。


「さては天界から何かあったか」

「あはは。そんなことあるわけないじゃない。私たちを信じないの涼? もう疑ってばかりだと眉間に皺が寄ってせっかくのイケメンが台無しよっ。まったく涼ったら面白いこと言うのね。あはは」

「……ギクッ」


 あからさまにごまかそうとするアイと隠すことにすら失敗しているセイ。つまりいたずらに盗んだ呪いの壺もとい悪魔の壺がこちらにあるということがばれてしまったわけで。


「だから全員ごまかそうとしていたのか」


 成宮以外はすべてを察したように申し訳なさそうな顔をする。


「だってまさかこんな大事になるとは思わなくて。だってあの人がこっちに降りてくるのよ」

「堕天使ルシフェル……降臨……」


 いいわけがましく手をぱたぱたさせてようやく報告する双子に諦めの眼差しが向けられる。


「先輩、ここまで来たら死なばもろともです」

「そうだそうだモテ男なんだから諦めろ」


 写真部二人は無慈悲にも俺の気持ちをどうにかすることは諦め、諭すことに専念したらしい。


「とにかくその天界の人間とやらが怒っているとしたら二人の立場も危ないだろう」

「ううぅ。やっぱりそうよね」

「涼……たすけて……」


 明らかにしょんぼりしている二人になんと声をかけたらいいか俺は迷った。


 それに俺の命が短いことも理解した今下手なことは言えなかった。


「まず謝ろう。話はそれからだ」

「でもこんなお触書が来ているのよ……」


 アイは天界からのお触書とやらを見せてくれる。そこにはアイとセイの似顔絵とともに褒賞金1億イェンがかけられていた。


「アイとセイも立派な賞金首だな」

「涼……ひどい……」


 じわりと涙目になるセイを見て胸が痛んだが考えてみれば二人の悪ふざけが原因で。


「完全に擁護することはできないけど二人のことも心配だ。危ないと感じたらすぐに逃げろよ。俺一人でどうにかなるかは保証できないから」


 真面目にそう返すと双子は安堵の息をつく。


「ううっ涼……。恩に着るわっ」

「命の……恩人……」


 そしてぎゅっと抱きつかれる。横からサンドされた俺は身動きがとれない。


「くそお。やっぱりおいしい思いしているのは滝川だけじゃないか」

「先輩それは同感です」


 まるで茶番を見せられた視聴者のような一言を漏らす二人に俺たちはやれやれとため息をついた。


「妬みそねみは体によくないぞ」

「ふん。言われなくてもわかってるっ」


 時おり成宮の見せる表情は危うい。彼の本来の性分なのかそれとも天界の人間の仕業なのか判断しづらい。


 だから彼の顔をまじまじと観察していると。


「なんだ僕の顔になにかついているかね」


 急に照れだしてどうした。突っ込みたいがそれを言うと俺もいいわけしないといけなくなる。とりあえずこれは玻名城と相談だな。一人納得していると。


「滝川なんて狼野郎だっ。信じられるものかっ」


 被害妄想のスイッチまで入ってしまったらしい。その後あることないこと言いふらされたのは秘密だ。ってもうバレているか。


 かくして天界の人間を探すことが次なる目的となった。

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