第十八話 優柔不断

 さっきまでクラスのヤンキー達があれだけ騒いでいたのだ。彼は私がベラトリックスに勝った事を知っているはずである。


 だとしたら彼はどう思っているのだろう。


 昨日のリゲル戦で私の窮地きゅうちを救い、その後の状況も予測していた荒地なら何か良いアドバイスをくれるかもしれない。彼は喧嘩が強いだけでなく状況判断力も優れていた。

 

 それに……何故だか彼には頼りたくなってしまう。私は今まで男子に対してこんな感情を持ったことがなかったので少し戸惑っていたが、とにかく彼なら正しい方向に導いてくれる気がする。


 意外にも授業の内容を綺麗な字でしっかりノートに取っている荒地の背中を見つめながら「よし、休み時間になったら相談しよう!」と私は決意した。



キンコンカンコン


 休み時間のチャイムが鳴った。


 が、いざとなると周りの目を気にしてしまい中々話しかけられない。そうこうしている間に荒地は教室を出て行ってしまった。


「ああ……」

 私は荒地の姿を見ながらため息混じりの声を出していた。

「何がああなんだっぺ?」

 箕輪が不思議そうな顔で尋ねてきた。

「いっいや、何でもねーよあははは」

 私は声が上ずってしまった。箕輪は首をかしげていたが、それ以上は追及してこなかった。



 それから休み時間の度に話しかけようとしたが、私がためらっているうちに時間だけが過ぎて行き、とうとう放課後になってしまった。


「はー終わった終わったぁ。さ、帰ろ紅葉」

「ウチもお供しまっせ」

 箕輪と泉がカバンを持ちながら私の席までやって来た。

「あ、うん……」

 結局最後まで荒地に相談する事が出来なかった。今日はあきらめるしかないか……


 私は仕方なくリュックサックを肩にかけ、席を立った。


**


 帰り道も足取りが重かった。


 結局ベラトリックスと連合を組むかどうか結論が出せないままでいる。明日の朝には返事をしなければいけないのに、私ってこんなに優柔不断だったのかと自分自身に失望していた。


「はあ……」

 私が大きなため息をつくと、

「大丈夫け紅葉? やっぱベテルギウスのことが気になるの?」

 箕輪が心配そうな表情で話しかけてきた。

「うん、それはそうなんだけど……」

 私は曖昧な返事をした。

「やっぱベラトリックスと同盟組むんが嫌なんでっか?」

 いつもハイテンションな泉まで神妙な表情をしている。

「いや、そんなこともねーんだけど……」

 私はまたも適当な返事をしてしまった。


 ふと二人の表情を見ると、もの凄く暗い顔をしている。まずい、私のせいで不安な気持ちにさせてしまった。


「ごめん、色々考えてた。でも心配しないで、私は大丈夫だから」

 私は笑顔でガッツポーズをした。

「紅葉さん……入学してからずっと戦いっぱなしでしたもんね。そら疲れますわな……」

 泉がうつむきながらつぶやいた。今日の喧嘩はお前のせいだろ! と突っ込みたかったが、泉に悪気は無いので言わなかった。


「紅葉、私らじゃあんまり役に立たないかもだけど、何か力になれる事があれば言ってね。いつも助けてもらってばっかだからさ」

 箕輪が優しくほほ笑んだ。

「ありがとう。そう言ってくれるだけで元気が出てきたよ」

 私は右腕をぶんぶん回した。

「紅葉……無理しないでね」

 箕輪が悲しそうな顔でつぶやいた。やはり空元気だということがばれていたか……


「二人とも、心配させちまって本当にごめん。ベラトリックスと連合を組むことが二人にとって一番安全なのは分かってんだけど、テッペン争いへの参戦に気が引けちまってて……はっきり決断出来ない自分に嫌気がさしてたんだ」

 私は自分の気持ちを話した。こんなこと言われても困るだけではないか、そう思っていると箕輪が静かに口を開いた。


「やっぱ私達のことを考えてたんだね……紅葉は自分を犠牲にしすぎだよ。紅葉が決めた道ならどこだって私は付いて行くよ」

「そうですよ紅葉さん。ウチらのことより自分の気持ちを優先して下さい」

「箕輪……泉……」

 私は深く頷いた。この二人が仲間で良かったと心からそう思う。



「あ、箕輪さん、バス来ましたで」

 ほどなくして、箕輪が乗るバスがやって来た。

「そんじゃ紅葉、泉、また明日ね」

 箕輪が手を振りながらバスに乗り込んで行った。

「ほなウチも失礼します。紅葉さん、今日はホンマにありがとうございました!」

 泉が爆音を響かせながらバイクで走り去って行った。


 私はその姿を見つめながら、ベラトリックスとの連合に心を固めつつあった。


**


「荒地の電話番号聞いとけば良かったなぁ」

 私は家に帰りながら一人でつぶやいていた。

 気持ちは固まってきたが、やはり彼の意見も聞いておきたかった。


「まあでもしょうがねーか……」

 と、あきらめて自宅近くの河原を通りかかった時、

「あ……」

 と、思わず声を出してしまった。


 そこには河原の土手に寝転がり漫画を読んでいる荒地の姿があった。

「荒地……」

 私は心の中で言ったつもりだったが、声を出して彼の名前を呼んでしまった。


「ん?」

 思った以上に私の声が大きかったらしく、荒地がこっちに気付いた。


「よう、何してんだこんな所で」

 荒地が漫画をたたみながら話しかけてきた。

「私の家こっから近いんだ。荒地くんこそ」

「ここは鉾田市で一番落ち着く場所だからな。今日みたいに天気の良い日は来たくなる」

「なんか意外。硬派なイメージが強かったけど、そんな一面もあるんだね」

 私は少し笑いながら言った。あれだけ話しかけるのに躊躇していた荒地と自然に会話している。

 何故だろう、この人と話してるとすごく落ち着く。


「ところで借宿、ベラトリックスと一戦を交えたらしいな」

 唐突に荒地が聞いてきた。


「あ、うん。やっぱ知ってたんだ」

「あれだけ周りの奴らが騒いでたからな、嫌でも耳に入って来るさ。しかも勝ったって?」

「うん……何とかね。リゲルと違ってめっちゃ強かった」

「でも勝ったんだろ? 大した女だよお前は」

 荒地が嬉しそうに言った。

 彼の笑顔に私の胸はキュンキュンしていた。やっぱ……好きなのかも。


「実はね……」

 私は荒地の隣に腰を下ろした。

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