第5話変わり事

「影忍の様子はどうだ?」

 通りがかりに一つ問い掛けた。

「仕事以外では、隅の方に座ってじっとしております。」

 ……それは…良いのだろうか?

 何故また隅の方に。

「定期的に観察するような目になりますが、そうでない時は顔を伏せて、気配すらしないものですから…。」

 完全に動かぬのだな。

 邪魔にならぬよう、最低限を行っておるのだろう。

 あやつなりの、遠慮というのがこの結果といえる。

 昨日に言うたことも守って、忍屋敷の方に収まって。

「うーむ、なんというか…極端だな。」

 どれ、様子を見に行ってみるか。

 忍屋敷に入れば、早速隅の方へ目を巡らせる。

 一番暗い隅で、確かに座っておった。

「ずっと、あぁなのか。」

「ええ。いつみてもあの隅におります。」

 死んだ目で、空を見つめておる。

 観察という目ではない。

 素直過ぎた。

 近寄ると、顔を上げる。

 何の用かと。

「影忍。お主…極端過ぎないか?もう少しあるだろうに。」

 するとニィと初めて笑った。

 だが、それは一瞬で瞬きの内に消えた。

 見間違えなのだろうか。

「今の…見たか?」

「何をです?」

 どうやら、自分だけらしい。

 影忍はすっくと立ち上がると、東の方向を見た。

 壁ではあるが、何かに気付いたのだろう。

「どうした?」

「……っ……。」

 小さな声で何かを答えた。

 だが、聞き取れない

「聞き取れたか?」

 忍の耳は人より良い。

 ならば、と思ったが首を振られる。

 だが、突然空気が重たくなった。

 影忍の殺気だ。

 いつの間にか武器まで手にして。

「敵襲、か?」

「………っ……。」

 また、何かを言った。

 ピュイッと指笛を鳴らして、目を鋭く光らせる。

 その音に呼ばれて真っ黒な鷹が何処からともなく飛び込んだ。

 影忍の腕にとまると、その嘴を開閉させる。

「……ぃ…。」

 その鷹にまた小さく何かを言った。

 鷹は飛び去る。

「影…忍…?」

 チラとだけ此方を見てから、影となって姿を消した。

 それから少しして、奇襲だという知らせが舞い込んだ。

 やはり、気付いたのだな。

「主!」

「よい。あやつが向かった。」

 振り向いて、そう答える。

 きっと、今に戻ってくる。

 あやつは敵という者を、許さぬようだ。

 小声だったが、確かに何かを言った。

 それだけでも嬉しい。

 外へと出ると、奇襲を仕掛けた敵の親玉だろう、その首を片手に現れた。

 それを目の前に投げ捨て、まだ殺気に満ちた目をしておる。

 周囲が驚くのを、無視する。

「流石、だな。奇襲に何故気付けた?」

「………気配…。」

 そう、しっかと言うた。

「そうか。他の者は?」

「必要でしたか?」

 その様子だと、この首以外はもう残っていなさそうだ。

「いや、片付いたならばそれで良い。御苦労だった。しかし、奇襲か…。」

「探りますか?」

 どうやら、暇をもて余していたらしい。

 殺気はまだ失せておらぬが、それは目だけに留めて一切外には表れない。

 また妙なことを。

「うむ。そうしてくれ。首は好きにして良いぞ。」

 そう言うた瞬間に忍刀がその首を刺した。

 遠慮もなければ、躊躇もない。

 そしてその首ごと、姿を消した。

「主…あの忍は一体…?」

「わからぬ。ただ、暇は好まぬようだな。」

「………少々、良いですか?」

 忍が改まりそう言うので、振り返る。

 まさか、また不満か?

「あの忍、他と質が異なります。」

「うむ。それはわかっておる。」

 出会った時から、どうもそのようにしか思えなかった。

 それは気づいているが…?

「あれは…ただの戦忍として育てられたわけではないようで。」

「どういう意味だ。」

「あれに聞けばわかるでしょうが、様子を見ていてもやはり…。」

 そこで言葉を切った。

 それでは気になってしまって仕方がないではないか。

 首をかしげて次の言葉を待った。

「あれは長の素質があるかと。我らにとっては、受け入れ難い者ですが、それでも薄々感じております。長にするに不足はない…と。」

 言い難い、のだろう。

 まだ、受け入れ切れておらぬ。

 それでも、優れた者だということは認めておるようだ。

 まだ、日は浅い。

 忍隊の長に足るか足らぬかは、まだ此れからというもの。

 忍らも、その内慣れてしまえば、どちらになろうとも構わぬだろう。


「息苦しいねぇ……影鷹…。」

 そんな声が聞こえた。

 これは…あの影忍の声だろう。

 その声がした方へ、忍び足で向かう。

「悪夢のせいかねぇ…。」

 大きな黒い鷹を腕に、木の根元で座って呟いている。

 その顔には、切ない笑みが浮かんでいた。

 溜め息をついて、顔を伏せる。

「輪丸……こんな忍を………まだ、親友だなんて、呼ぶのかい…?許されないのはお互い様なのに……どうしてだろうね……お互い、恨めないなんて。」

 震えた声は、泣きそうだった。

 影忍らしからぬ、その姿。

 もしかすると、こやつは……輪丸という者の影響で、あの伝説を生み出しておったのか?

 親友……か。

 何があったのか、きっと話してはくれぬだろう。

 あの様子だと、容易に解くことができるようなものではないだろう。

「……嗚呼、影鷹…ちょいと頼むよ。間に合うか…一か八か。霧ノ班が全滅する。」

 突然、急いた口調になって立ち上がった。

 影鷹はその両翼を広げる。

 その読みは、勘なのか。

「影忍!」

 声を張ればチラとだけ此方を見たが、素早くその翼によって飛び去った。

 救援に向かった、ということだろう。


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