第16話

帝室にとってロクソニアとはそれなり以上に意味のある名前だ。現在では皇帝陛下の寵児アマーリエ殿下の名として、かつては、初代皇帝陛下の妻が愛した花の名として。

特例として参謀本部と近衛軍司令部の両方のトップ達が集まり結集式に現れている。


「おはよう、諸君。私はヨハン・フォン・クロイス。我が祖国は今、危機に晒されている。国土は蹂躙され、守るべき女子供が犯され、数多の歴史的遺産が破壊された。東部戦線で我らの友軍が戦っている。近衛軍に所属する諸君、帝都で無聊をかこっている諸君。苦痛では無いかね?」


野戦演習所の前方に置かれた台に登壇したのは帝国軍の英雄ヨハン・フォン・クロイス准将閣下だった。最前列には西部戦線でクロイス閣下の指揮下で戦い、負傷し後送された古参兵からなる増強魔導大隊。その後ろには増強魔導中隊が並ぶ。我々近衛第8師団の第112降下猟兵大隊は第3列に並ぶ。更に後ろには装甲連隊の戦車と自走砲や第124装甲擲弾兵連隊の装甲兵員輸送車が並ぶ。


「我らの戦友は北方で西方でアルビオンでそして赤どものせいで死んだ。数多の精鋭が散った。今や皇帝陛下の国土は蹂躙されつつある。陛下に誰よりも忠誠を誓うと自負する近衛軍戦友諸君。私と共に立とう。傾注せよ、祖国は諸君らを求めている。」


檀上から降りる准将の後ろ姿には微かな焦りが見える。破綻しなければ良いが。


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不味い。現在1945年。そろそろD-デイが有ってもおかしくない。何時合州国が介入してもおかしくは無い。合州国製品が山程連邦に売却されている上に、情報部員からは合州国艦隊の増強や陸軍が動員され始めたとの報告がある。

どうしたものか。俺としては合州国に降伏ルートは全然OK。それどころか一番取りたい選択肢だが、米帝が赤は死すべしと悟るのは未だ未だ先の話。今現在では売られかねない。その上に一応は守ってやりたい部下もいる。


「閣下、マリアです。失礼します。」


副官として連隊から唯一引き抜けた彼女は優秀な秘書であり、戦士だった。彼女がいればかなり負担が軽減される。


「どうした?」


「閣下にお会いしたいと貴族令嬢の方がいらっしゃって居ます。」


少々不機嫌な彼女に首を傾げつつ今日はとことん仏滅らしいと現実逃避する。それもまた面倒事が重なって居るからだ。


「少佐。追い返してくれ。」


「マリアで構いませんよ。了解です。」


にこやかに微笑むと再びドアに消えた。はぁと溜息をつき、すっかりぬるくなった珈琲とホットサンドを片手に山積みの、書類と格闘を始めた。

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