第四話

白雪姫はその小屋で寝起きするようになりました。

男の子たちは近くの洞くつで綺麗な石の採掘をして暮らしていました。

彼らの留守を白雪姫は預かっていました。


「では行ってくるよ、白雪姫。誰かが来ても決してドアを開けてはいけないよ」

一番年長の男の子が白雪姫に言いました。

「わかりました。今日はおいしいパンを焼くから早く帰ってくださいね」

男の子たちは大喜びして、いつもより早い足取りで洞窟へと向かいました。


白雪姫は洗濯を終え、厨房でパンの生地を練りました。

開け放たれた窓から小鳥のさえずりが聞こえます。


「白雪姫」

とても懐かしい声に呼びかけられました。

白雪姫は手を止めて前を向きました。

開け放った窓に、フードを目深に被った青年が立っています。

「ご主人様でしょうか」

白雪姫は問いかけました。

「白雪姫、そちらに行ってもいいだろうか」

彼は頷いてそういいました。

「いけません、ドアを開けてはいけないことになっています」

白雪姫は、目の前の姿に射抜かれたままそう答えました。

暫くの間二人は瞬きもせずに見つめ合いました。

「こちらに出てくることはできるだろうか」

彼はそういいました。

「いけません、それでもドアを開けることになります」

白雪姫は小さく首を横に振りました。何故だかとても悲しくなりました。

このまま彼が立ち去るのではないかと思って大きな声では言えませんでした。

「では、窓の方に身を乗り出してくれ。それではドアを開けたことにはならないだろう」

彼の申し出に白雪姫は窓枠に手をかけて顔を近づけました。

今までは影となって見えなかった、フードの奥深くの彼の顔が苦しいほどはっきりとわかりました。

彼の目がとても優しく歪みました。

そして、差し出された彼の手になだれ込むように自らの頬を添えました。

そのまま、彼の唇を受け入れました。

その時、ゆっくりと静かに彼の口から白雪姫の口へと小さな何かが滑り込みました。

それは小さな林檎の欠片でした。

優しくそれは白雪姫の舌の上に乗りました。

白雪姫は頭を強く掴まれていたわけではないのに、それをそのまま噛み砕くことなく飲み込みました。


白雪姫はその甘さが毒であることを知っていました。

それでも白雪姫は逃げませんでした。

彼女の頭を撫でる手があまりにも優しかったからでしょうか。

それとも頬を伝う涙が、自分のものではなかったからでしょうか。

白雪姫は瞼を閉じたままゆっくりと眠くなりました。

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