2杯目

不意に白枝シロエダの後ろの襖が空いた。人──

「だいぶ回復したみたいだね・・・。」


振り向くと和服姿の少女が襖の所にいる。白枝の視線に気づき、彼女が一瞥する。


「・・・雲雀殺ヒバリコロシ、古参の方。」


「あ、どうも。白枝です・・・。」

彼女はさっきこの屋敷に帰ってきた。さっきの美味しい月餅の・・・人。彼は驚きのあまり上手く喋れなかった。理由はアレだ。


「君、何処かであったか。随分動揺し・・・てる・・・?」


予想外の切り返しをされた。彼女の冷たい声ではあるが物腰柔らかな口調と上品さが溢れ出ている仕草で彼女は聞いてくる。

白枝はビクッと小さく飛び跳ねた。真逆、心の中まで読まれているというのか、はたまた顔に出過ぎているのか。

理由はアレだ。ソレだ。コレだ。白枝は全てしっかりと記憶している。何を・・・?彼女のことをだ。彼女が幾らあの時と違っても。薄い蒼の綺麗な目、サラサラの絹のような白い髪。透き通った白い肌に柔らかそうな桃色の唇。折れてしまいそうなほど華奢な体つき。全てが一緒だった。


そう、彼を殺した彼女と瓜二つであった。


──────────





雲雀殺は本当に彼女と同じ人物なのだろうか。?その疑問だけが彼の頭の中をぐるぐると回っていた。紫苑と雲雀殺が作ってくれた夕飯も考え事のせいで味もあまり分からない。



(聞かなきゃ・・・)



さっきからずっと聞かなきゃとは思っている。が、話しかけようとすると声が出ない。不安、恐怖、緊張・・・。やらねばならないことは分かっていた。

散々躊躇って、ようやく白枝は動いた。気づかないうちに夜になっていたみたいで薄暗い廊下は気味が悪かった。襖を開けて、ずんずんと大広間の方へ。紫苑と雲雀殺が確か何かを熱心に話し合っていた筈だ。すると大広間の襖は開けっ放しにされていて光が漏れている。



「・・・だろうね。彼についてはどう思う?」


「今は悪い気は感じなかったけど・・・どうだろう?・・・・・・・・・・・・・・・・・・で・・・・・・・・・・・・だから、・・・するかもしれない。要注意。」



肝心な所は上手く聞き取れなかったが、どうやら白枝について彼らは話し合っているようだ。白枝の頬に汗がつたう。息を殺して話の続きを聞くことにした。



「・・・・・・が彼はつよいと僕は思うけど、かなり危ないんじゃないのかい?」


「最悪の場合は私が消す。」


「君が?それはまた厄介なものだったんだね。それともあの三人が帰ってくる迄様子を伺うか・・・・・・」


「それは専門外じゃないの?」



殺されるのだろうか?白枝は思わず、前に身を乗り出して

──カタンッ

襖の音が小さくなってしまった。其れは普通の人なら風かなと気にも留めないような音だった。でも白枝は知っていた。彼女はその違いに気づける人だと言うことを。もうバレてしまっただろうから仕方なく部屋の襖の開いている入口の方へ向かうことにした。



──トタトタトタ・・・



「あ、白枝くんどうしたの、、、、、?」



(やっぱり足音だけで見分けた。やはり彼女は・・・)

白枝は遂に確信した。雲雀殺は白枝を殺した彼女と同一人物だ。彼女の他にこんな芸当が出来るやつなんているわけない。いたとしてもこんなに容姿が似通っているのもおかしい。


「夕飯食べ終わったんですけど食器ってどうすればいいですか?」


咄嗟に白枝は此処へ来た理由を取り繕う。バレないか心臓がバクバクしすぎて弾けてしまうかと思った。こんなこともあろうかと盆を持ってきていて良かった。



「ありがとう、僕が受け取るよ。」



紫苑に盆を渡してその場を去ることにした。なるべく笑顔で自然に、彼女に心中を悟られないように。そう思う白枝の握った拳はひんやりとした手汗が凄かった。




──────────

貸してもらった部屋について襖をサッと閉める。やっと安心出来る。たかが薄い紙があるだけなのにこんなにも安心できるとは。こんな状況なのに和室って日本文化って凄いなとか思ってしまう。まず電気を消し部屋を暗くする。次に布団に入りぎゅっと強く目を閉じる。何時もの白枝の集中法。考え事をする時はこれに限る。なんだか自分が宇宙にいてその支配者になったような気がするからだ。


明日か明後日か、それとも1週間後か。白枝は殺されるかもしれない。彼女の手によって。さっきの会話からして紫苑もグルだ。(ご飯は美味しかった。凄く感謝している)

白枝は1ヶ月前と変わらない相変わらず不利な戦況に思わず笑ってしまう。でもあの時はあいつがいたっけ。肝心な時にいないんだよな。もう。

────なんて可哀想なんだ、僕。


だがみすみす殺されるつもりはない。ニヤリと笑みがこぼれる。どうやら僕はこの戦いを楽しみにしているらしい。2対1、圧倒的に負けそうなのに。

そう、ここは憧れた異世界の筈なんだ。トラウマである彼女を倒して素敵な生活を手に入れる!そのために!

白枝の目標は簡単にするとこれ一つ。


・屋敷からの脱出


これだ。猶予は分からない。だが、やらねばならない。やらなければ白枝の人生は近々終わってしまう。


出ていくのは客人だから当たり前なのできっと言えば出れるかもしれない。そこで殺されたら別だが。

最大の関門は雲雀殺からの追跡はどうだろうか。かなり厳しいかもしれない。もし本当に殺そうとしているならば、彼女に太刀打ちできる戦力が必要だ。屋敷の中では協力者を見つけるのは厳しそうだ。どうしたものか。

また、心の中を読めるのかは知らないが、少しの焦りも気づかれてしまう。なるべく合わないように行かないと。


考えることが沢山あるのに彼の意識は闇に吸い込まれるように夢の中へと誘われた。

・・・・・・・・・睡眠欲に勝てる人、いるかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る