第41話 対面-3

 ああ、やはり!

 蓼科の磯部さんに教えてもらった「こうちゃん」の特徴は、首に少し大きい黒子があってそれを気にして耐えず首をかしげる仕草でした。

 その仕草をさっきのカフェで改めて確認したとき、私は凍りついて動けなくなってしまいました。

 彼に「どうしましたか」と尋ねられて曖昧に返答したものの、また、彼の今の言葉を半ば予想していたものの、しかし彼の口から本当のことを聞くまではわからない、いや、信じたくありませんでした。

 なんということでしょうか。

 東京に出てきた耕太は、朝比奈ホールディングスに入社し、私の友人になっていた。

 それが祖父重蔵の妾の子、つまり、私にとっての伯父だなんて!

「よくここまで俺の示唆に正確に反応してくれた。さて、最後の仕上げといくか、最終段階だ。ゆっくりとな」

「示唆とは?」

「例えば、君から手紙を見せられた時、俺は君に見抜かれないように、努めて困惑の表情を貫いて、でも、代々木八幡へ行くように示唆した。気乗りがしない様子を見せながらも「もう約束の時刻」だと言ってみたりな。それから、君は、反対すればするほどそっちの方へ行きたがる性格だからそれも利用させてもらった。効果覿面だった」

 私の目の先にモヤモヤした違和感があった原因がようやくわかりました。

 なぜかこの人といると、自分で選択して行動している錯覚に陥るんだけれども、本来私はテキパキと選択をしていく強みは持っていません。

 実際、手紙を受け取った段階では、書かれた通りに代々木八幡へ行くことは考えていませんでした。

 でも、彼に打ち明けると何故だか『自分は騙されたつもりでノコノコ行ってみよう』と思うようになっていたのです。

 示唆。

 実際に彼がどうやって私を示唆したか具体的に思い出せないけれども、うん、合点が行く。

「俺は、実際の約束の時刻より一時間早く、社長を呼び出していた。何故だと思う?」

「あなたは父を恨んでいた」

「おお、よくわかったな」

「あなたは父を殺すために早く来ていた」

「それについてはあとで話そう。で、何故、君を今日ここに呼んだと思う」

「私もあなたに恨まれているから」

「ん~。そこまでは辿り着かなかったか。違う。君は、死産ってことになってる母ちゃんの二人目の子で、俺の弟さ」

 私は一瞬、この人が何を言っているのか、さっぱりわからないでいた。

 何?

 え?

 紀子さんの二人目の子がこの私?

「そ、そんな、な、何を言っているのか、さっぱり」

「俺の口からは言いたくなかったが仕方ない。あの静馬って奴はなあ、父ちゃんが亡くなった後、母ちゃんを無理矢理強姦した。そしてお前が生まれたというわけさ。あいつにぁ子ども、それも跡取りの男子がなかったから、生まれてすぐお前をさらって朝比奈家の子にしたんだ!」

「私が、紀子さんの子ども」

「ああ。しかもだ、母ちゃんはお前を取り返すために初台御殿へ行ったんだが、そこであいつに殺された!あいつは人間じゃねえ、悪魔だ!」

「でも寺岡支店長には死産だと」

「ふん、そう言って誤魔化したんだよ。じゃあ葬式が無かったのはどう説明する?」

 私は二の句が出ませんでした。

「紀子さんは、気が触れて焼身自殺したんじゃ?」

「母ちゃんは気が触れてなんかいなかった。お前を取り返す一心だったんだ。でもあいつは頑としてお前に会わせず跳ねつけた。そして母ちゃんを殴って蹴って突き倒した。その拍子に母ちゃん、暖炉のなかに。。。火だるまになったらしい。母ちゃんはそれでも暖炉から這いつくばって、あいつに抱きついてきたって。『あの子を返して』と言いながら死んでったんだってよ! あいつはなあ、抱きついたまま動かなくなった母ちゃんを庭へつまみ出してから警察へ通報したそうだ。あいつ全部ゲロったぜ」

 私はこの人の弟。。。

 紀子さんの二人目の子ども。。。

 父が紀子さんを強姦し、生まれた私をさらって朝日奈家の子として育てた。。。

 紀子さんが初台に来たのは私を取り返すため。。。

 気が触れて自殺したんじゃなくて、父に殺された。。。

 でも何故それを知っているのか。

『あいつ全部ゲロった』ということは、

「父がそう言ったんですか」

「ああ。さっきの話に戻ろうか。代々木八幡に来たあの日、ランチタイムでお前から手紙を見せられて、俺は『今だ』と思ったね。公衆電話から奴に電話して、約束の一時間前、八時にあそこへ来るよう言った」

 彼は、

「ちょっと興奮したようだ」

 と言って、少し息をつき、続けました。

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