第27話 加納刑事

「谷中、今度は巻かれるな。あの二人、絶対に動く。逐一報告しろ」

 署内随一の古狸、加納。狙った獲物は必ずしとめる。外見からは程遠いが犯人を追い詰め逮捕する動きに一分の隙もないことから周囲の刑事は彼を“黒豹”とあだ名しています。しかし、彼がたったひとつ逃した汚点がありました。それは捜査一課に配属されて間もない二十六年前のあの事件でした。彼の時計の針は二十六年前から一秒も動いていませんでした。突然の捜査中止命令。何か自分の知らない所で力が働いたに違いない。それでも彼は一人で地道に捜査を続けました。上司から何度も呼び出され大人しくしていろと警告を受け続けました。何故かそれ以来出世しなくなりました。異動にならなかったのが不思議でした。でも、それは上司や相棒が自分の信念に共感し、出世と引き換えに異動だけは回避させてくれていたことが分かった時、生まれて初めて天命というものを知りました。悪い奴は一人残らずしょっ引く。そして罰を受け償わせる。でも彼は刑を終えて出てくる者を必ず気にかけ迎えに行きました。償った後きちんと社会に復帰して幸せな人生を送る権利は刑を終えた者にもある。世のため人のために存在する自己肯定感を得て新たなスタートを切ってほしい。そう願う気持ちからでした。加納刑事によって逮捕され受刑した者からは「一度睨まれたらもう逃げられないが、オヤジの目は仏の目」とか「所詮は加納観音の手のひらでジタバタしているだけなんだ。あがいても無駄だ」などと、いつしか誰かがそんな風に彼を形容し、ある者は「老いたる馬、道を忘れず」と言い、彼の判断力に敬意を示し、物事のやり方や進むべき道をよく心得ている、老練な、現代の警察官で見られない数少ない刑事と評しました。


 私は、廊下で仁科刑事とやりあっている時から、部屋の奥でじっとこちらを射抜く視線に気づいていましたが、それが彼だったんだと後になってわかるのでした。

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