第26話 一筋の光

「さてこの後どうしますか」という話になり、とりあえず喉も渇いたからどこかゆっくりできるお店を探そうということになりました。そういえば、ずっと移動移動で、歩きっぱなしで、頭はフル回転で、もうクタクタでした。左手にカラオケの看板が見えてきたので、私は、

「ねえ雅美さん、カラオケでゆっくりしませんか」

「ええ、歌う気分じゃ・・・」

「歌わなければいいじゃないですか、防音もしっかりしているし」

「そっか、そうします?」

「そうしましょ」

 カラオケ店の自動ドアを開けると、色んなところから色んなジャンルの音楽と歌声(金切り声に近い)がうわっと聞こえてきました。私たちはカウンターに行き、今の空き部屋と今の料金を確認しました。エメラルドグリーンに染めた髪をショートに刈った、見たところ学生っぽい、でも本当のところはよくわからない女性の店員さんが暗記しているように、

「こちらのお部屋は最新のマシンになっておりまして約三万曲がデジタルでお楽しみいただけますのでオススメで、こちらのお部屋は点数は出ないんですがお安くなっています。どちらになさいますか」

 と、私に聞くので、そんなこと言われても歌わないし、でも歌いませんって言ったら変だし、なんて答えようかと戸惑っていると、イラッとし出した雅美さんが、

「こっちの安い方で」と、キッパリ。ああ、なんて潔いんだろう。

 店員に誘導され、部屋に入ると、私たちは、「ああ、疲れた」とお互いを労いました。そして、「とりあえず何か飲みましょう」ということになり、雅美さんはテーブルに置かれたメニューを開いて「お酒、と言いたいところですがジンジャーエールにします」と言いました。私は「じゃあアイスティーにします」といって壁のインターフォンから飲み物を注文しました。

 じきに受付の時とは違う店員さんがやってきました。身長が悠に180cmを超えている細身の男性でドアを潜るように入ってきて「え、まだ歌ってないんだ、何してんの、時間が勿体ないよ」という顔をしましたが、すぐに仕事用の顔に戻り無関心に飲み物を置くだけ置いてさっさと出て行きました。

 その間、私は、不審な手紙を受け取ったことがきっかけで、社長の行方を探すことになったわけだけど、私たちは社長を探しているのか、それとも、手紙の中身を解明しているのか、よくわからなくなってきていることに今更ながら戸惑いを感じ、また、わからなかったことがわかってくるとまた疑問点が浮かび上がってきて、一生懸命真実を知るために動いてきた割には全く進捗イメージが湧かないので、一体自分は何をしているんだろうとぼんやり考えていました。私も雅美さんも各自思いついたことをし始め、私は私で次のことを考えながら、ただ、ぼんやりスマートフォンを眺めていました。

 例えば、二十六年前に起きた出来事の全容。

 例えば、代々木八幡で雅美さんが見かけた人影。

 例えば、ウチの周りをうろついていた老婆と、警察に二十六年前のことを聞きに来ている老婆。郁さんと加納刑事さんによれば、二人とも黒の和服を着ていたという。同じ人物なのか。だとしたらそれは誰で目的は何なのか。

 例えば、これが一番重要なのですが、社長は今どこにいるのか。電話をしてもメールしても全く反応がないといいます。

 例えば、蓼科へ引き取られたという紀子さんの息子。寺岡支店長によれば名は「こうた」。

 例えば、紀子さんの二人目の子ども。寺岡支店長によれば、社長が死産したと言ったらしいけれども葬式などをした記録はありません。

 ぼんやりスマートフォンでニュースを眺めていると、ある政治家の不祥事が記事になっていました。

「憲民党の○○議員が不祥事起こしたみたいですね」と、私は言いました。

「へえ、そうなんですか、どんな不祥事?」と雅美さんが聞くので、私は、

「収賄みたいですよ。交友のある人物のリークで事件が明るみになったみたいです。で、公設秘書は自殺」

 ん?『交友のある人物』『リーク』『事実が明るみ』『自殺』。

 すると、雅美さんが「むむむ!」と言って、

「紀子さんの交友関係ってどんなだったんでしょうか」

「ええ、今、私もそれを考えました」

「友人に悩みを打ち明けていた可能性はないですかね」

「いや、多いにあると思います」

「仮にです、仮にですけど、悩みを知った友人がいるとして、その人は紀子さんが亡くなってどう思ったでしょう」

「悩みが原因で亡くなったと思うでしょうね」

「ですよね。もし自分がその友人だったら、そう思いますよね。加納刑事じゃないけど。その友人は今何歳くらいかな」

「紀子さんが生きていれば六十かその前後。むむむ!」

「黒い和服を着た!」

「お~ば~あ~さ~ん~!(合唱)」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る