第11話 雅美さんの相談

 渋谷区東三丁目の交差点にあるオムライス専門店で、雅美さんは次のようなことを話し始めました。

「わたしに知らない血縁がいるかもしれないんです」

「雅美さんが知らないご親戚の方ですか」

「ええ。昨日、そんなことを匂わす手紙が届いたんです」

「手紙が」

「ええ。それがですね、、、」

 と言ってからひそひそとし出し、

「手紙って、普通、切手が貼ってありますよね」

「うんまあそうですね」

 と、私までひそひそ相槌を打つ始末。

「貼ってないんです。消印も押されていないんです」

「そうなんですか、え、それって、つまり」

「郵便局に出さずに、直接ウチに来てポストに入れたんじゃないかと」

「ええ?気持ち悪っ」

「ですよね。だから父にも見せてなくて」

「ん?社長に見せていないって、雅美さん宛じゃないんですか」

「父宛です」

「ええ?! え? じゃ、中、見ちゃったんですか」

「秘書ですから」

「秘書だからって」

「親子ですから」

「親子だからって」

「まあ、とにかく、その手紙にわたしの知らない血縁がいるようなことが書いてあって」

「ふうん。なんか嫌ですね」

「ですよね。でも祖父のころからウチは一人っ子だから、血縁なんているはずないんです」

「ああ、叔父とか叔母とか、従兄弟とか、そういう方ですか」

「はい、何か薄気味悪くて困っちゃうんです。どうすればよいと思いますか」

 大事なことなので触れておきますが、雅美さんの家は言わずと知れた朝日奈ホールディングスの創業家。重蔵氏の一人息子で雅美さんの父である静馬氏は社長を務め、雅美さんはその秘書です。このことから、静馬氏のことを、私は社長と呼び、雅美さんは父と呼んでいたわけです。それと、立場的にも私は契約社員で所謂ヒラで、雅美さんは社長秘書で創業家ですから、年下であっても私は“雅美”に“さん”をつけるわけです。

 雅美さんは話し終わると、どんよりとした眼差しでうつむき、普段の聡明な性格が成りを潜めてしまっていて、可哀そうなくらい。とびっきりおいしいと言っていたオムライスにもほとんど手をつけず、ケチャップをスプーンで左官屋さんみたいにナデナデ。。。こちらから何かを提案しない限り、六十分間のランチタイムは、あっという間に終わる公算が高そう。。。そこで、

「そうなんですね、大変ですね、・・・で、その手紙というのは・・・」

 と、私は、つい、気分とかけ離れた迎合姿勢を表に出して意を汲む相槌をしてしまいました。話の流れ的にそうせざるを得ないですから。

この私の不用意な相槌を逃さぬ雅美さんではありませんでした。椅子の横に置いていたバッグから手紙をさっと取り出して、

「はい」

 と、私に差し出してきました。いかにも待ってましたと言わんばかり。すぐ出せるように最初から用意していたんだ、きっと。

「え?」

 いくら友だちとはいえ、雅美さんに血縁があるとかないとかの話は、他人様のお家事情であるわけで、いえ、そういうことに違いないわけなので、私なんかが内容を見るのはできるだけ丁重にお断りしたいところなのですが、

「はあ、じゃあ、これを食べ終わってからにしましょう」

 と、またまたいくらかの譲歩姿勢を見せつつも結局断りきれず、コーヒーが出てくるタイミングで読み始めることになりました。

 確かに封筒には切手が貼られておらず、消印も押されていませんでした。封筒も便箋も100円ショップあたりで売っていそうなありふれたものでした。封筒には宛て住所がなく、ただボールペンで


あさひな しずま さま


 と、平仮名で社長の名だけが書かれてあり、差出人名は書いてありませんでした。雅美さんが言うには、

「恐らく、利き腕ではない方の手で書いたんじゃないかと思います」

 という通り、恐ろしく下手くそな字でした。中を開けてみると三つに折られた二枚の便箋にボールペンのようなものでやはり恐ろしく下手くそな字でなにやら書かれていました。正確を期すためにこの手紙を原文のまま記します。それはこうです。

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