第10話 朝比奈雅美

 静馬氏についてはもうこの辺にして、いよいよ雅美さんですが、前にも書いたように朝日奈家の自宅は東京都渋谷区初台というところで、駅で言うと京王新線の新宿駅から各駅停車で一駅のところにあります。駅前の一方通行の道には、八百屋、肉屋、魚屋、惣菜屋、乾物屋から金物屋といった昔ながらの店に加えてチェーン店まであり、飲食や日常生活には事欠かない店が数多く軒を並べています。一方、初台駅から線路に沿って笹塚方面へ少し歩くと、小学校があります。都内でも指折りの古い歴史を持つその小学校が雅美さんの幼少を過ごした学び舎でありました。そこを過ぎると、大きな郵便局があり、建物の横に立つ掲示板には、現在の気温と光化学スモッグの警報レベルが電子掲示されていました。そこは雅美さんの通学路になっていたため、学校帰りに必ず光化学スモッグの警報が出ていることを確認し、初台御殿へ帰るとすぐ、お手伝いの郁さんに「今日も光化学スモッグが出てる~!」と、報告することが習慣になっていました。そして、帰宅すると決まって、父静馬氏に買ってもらったピアノを練習したり、これまた買ってもらった大きな水槽の前で熱帯魚へ餌やりをしたり、郁さんに手伝ってもらいながら水槽のメンテナンスをして水草の配置を変えてみたり、ペットショップへ行って新たに魚や水草を買い足したりするなどして、夕食の時間までべったりと過ごすのでした。


 こんなエピソードがあります。ある日、郁さんは、雅美さんの部屋が何か臭いと思って、臭いの元を辿ってあちこちひっくり返してみたり、トイレが原因かもしれないと思って掃除をしたりしたのですが、まだ臭い。そのうち家族が総出で「臭い臭い」と言い始め、あちこちを探索し始めました。ふと、郁さんは、水槽の前に小さなゴミ箱があるのを見つけました。もしやと思って鼻を近づけると、すごく臭い。どうやらここから臭いが発しているようです。下の方に手を入れてみると、何かヌルヌルするモノが。紙屑などをよけてそおっと覗いてみると、魚が一匹腐乱していて虫がわいていたのです。郁さんは、「うおー!」と叫んで卒倒し、家中が大騒動になりました。水槽に一匹魚が死んで浮いているのを見つけた雅美さんが、素手でそれを取り出して、何かに包むこともせずにポイっとゴミ箱へ捨ててそのまま放置したのが、ことの真相でした。捨てたのは自分だと雅美さんが言うと、父静馬氏は、

「そういう時はだな、紙か何かに包んであげて、庭に墓を作ってあげて、ちゃんと埋めてあげて、そして手を合わすもんだ!他の物と一緒にゴミ箱に捨てるバカがあるか!」

 と言って叱ったそうなのですが、この何気無い幼年の残虐性というものが、大人になった時に無くなっていればいいのだがと、周囲はひどく心配したそうです。


 このような幼少を過ごしたのち、父静馬氏と同じ学園を大学まで通い、成績は優秀で、いつも周囲にパッと花が咲くようなオーラがあり、誰にでも好かれる性格が男女を問わず魅了し、たくさんの友人に囲まれながら、雅美さんは学園生活を過ごしました。今は、朝比奈ホールディングス社長秘書として、父静馬氏の元で毎日忙しい毎日を送っています。


 これで、朝比奈家にまつわる人物のご紹介が終わりました。いよいよ、雅美さんと過ごしたランチの場面へ話を戻します。

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