今夜、君と死体を埋めに行こう。

黄鱗きいろ

第1話 君の名は

「人を殺してしまった」


 そんな電話が友人からかかってきたのは、日付が変わってしばらく経った深夜のことだった。


 正確にはもっと要領を得ない会話だ。

 なんで、本当に死ぬなんて、俺のせいじゃ。そう繰り返す彼に、俺はスマホをぎゅっと握りしめた後、「分かった。待ってろ」と言って電話を切った。


 通話が切れる時、一瞬だけ困惑の声がスピーカーから漏れた気がしたが、そんなことに構っている暇はない。


 必要なものは何だ。

 縄、大きなカバン、スコップ、ビニールシート? 

 よかった。全部揃っている。他にも必要なものがあるかもしれないが、まずは殺害場所から離れたところに死体を運ぶのが先決だ。


 ガレージに置き去りになっていたそれらを乱暴にバンの後ろに投げ入れ、ハンドルを握って彼の自宅へと向かい始める。途中、何度も信号に引っかかったが、俺の心は不思議と冷えていた。


 彼の家にたどり着き、インターホンを鳴らす。恐る恐るドアを開けた彼を見て、最初に俺が思ったのは恐怖でも焦りでもなく、「派手にやったな」という呆れだった。


 彼が着るTシャツにはべっとりと血がついていた。手についた血もまだ拭っておらず、ボサボサの金髪にまで赤黒い液体が飛び散っている。

 1Kしかない部屋の奥を見ると、普段から片付いていない部屋がさらにぐちゃぐちゃに乱れ、血まみれの抵抗のあとと床に横たわる血の気のない真っ白な足が見えた。


「東野、オレ」

「お前はシャワー浴びてこい」


 無事だったバスタオルを引っ掴んで渡し、彼を浴室に押し込む。ややあってから水が流れる音がし始め、俺は目の前の懸案事項と向き合った。


 友人の恋人である彼女は、身体中を滅多刺しにされて仰向けに倒れていた。きっと、何かの拍子にうっかり殺しかけてしまった彼女に怯えて、慌ててトドメを刺したといったところだろう。


 友人は臆病だ。殺意をもってしたことではないだろうが、これは警察に行っても言い逃れができない。


 俺は海外旅行に使うような大型のスーツケースを開くと、彼女の体をそれに押し込めた。サイズはギリギリでなかなか閉まらなかったが、どうしても出てしまう首に思い切り力を込めて押し込んだら、バキンと嫌な音がして、なんとか鍵を締めることに成功した。


 無理に押し込めたせいでスーツケースは血まみれだ。車輪の跡で特定されるだなんて馬鹿馬鹿しい。スーツケースを血だまりから離して入念に拭っていると、彼がシャワーから上がってきた。


「これに着替えろ」


 勝手に漁った彼の服を押し付けると彼はまだ呆然としながらも素直にそれに着替え始めた。


 もたもたと着替え終わった彼を連れて、アパートの横に停めたバンへと飛び乗る。


「ちゃんとシートベルトしろ」

「あ、うん」


 どこか上の空の彼を助手席に乗せて、車は走り始める。目的地ははっきりしていない。だが、できるだけ人のいないところがいいだろう。


 街の明かりから逃れるように海岸線を飛ばしていると、それまで俯いていた彼がシートベルトをぐっと握りしめながら口を開いた。


「ナァ、東野」

「なんだ」

「どうしてオレに協力してくれるんだ。オレ、人殺しだぞ?」


 震える声で尋ねてくる彼に、俺はしばらく沈黙した後、ありきたりな言葉で返した。


「友達だからな」


 彼はハッと息を呑み、顔をぎゅっと歪めてぼろぼろ泣き始めた。


「ありがとう、東野、ありがとう」


 ぐすぐす鼻をすすりながら彼は震え続ける。



 俺はそんな彼の、

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今夜、君と死体を埋めに行こう。 黄鱗きいろ @cradleofdragon

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