臆病人類と目隠し兵器

書き手

献身ツバメと鉛の王子

臆病人類と目隠し兵器

「使用者様、次のご命令を」


 凛とした女性の声の主は、一体何を載せるんだと問いたくなるような三脚の上にある、それに載っていることが何ら不自然ではない巨大な銃器。このブラインド・アームに搭載された対話型意志汲み取りAI、通称アンダーテイカーであるツバメはグリップを握る僕、ロッケンジサイトに次の行動方針を要求する。


「基本的には前と変わらず。防御を優先、ただし脅威度維持のために敵陣への牽制は続けて。厳しいなら爆発物以外の対処にバヨネットを使用して構わない。僕が大丈夫じゃなくなったらまた言うよ」


 僕が言葉を発する間にも銃は三脚の上を踊るように回転しながら僕へ向かってくる銃弾を銃弾で弾き飛ばしていく。グリップを握る僕を当然のように引きずりながら。


 ここは荒野の真っ只中。隣国との国境沿いでは互いに拠点を作ろうとしているため小競り合いが多発している。


 僕はそれに巻き込まれた形だ。いや、一応とはいえ軍人である僕が戦闘に参加することをそう言うのは、問題があるかもしれない。


 だから僕は奥歯を噛み締めて、誰にも伝えないようにする。


「かしこまりました。まぁたかが数百程度が相手ですから、全て銃弾で処理可能ですけど」


「そうか。そりゃありがたい限りだ」


 バヨネットを使うとさらにアクロバティックな動きになる。確かにこの数、このヘイトの集まり方ならツバメは銃弾だけで捌ききるだろう。けれど、できることならツバメにバヨネットを使わなくてはならないくらい攻撃を集中させて欲しい。そうしてくれるなら、僕がどれくらい振り回されたって、死なずに済むなら撃たれたって構わない。


 もう少し牽制の回数を上げさせようか。そんな思考を巡らせている間にツバメを狙う銃弾が減ったのに気付く。


「敵陣の方を走査してくれ」


 そう言って僕も双眼鏡を取り出して覗くと、フルフェイスヘルメットが一体化した上半身の防具、そしてその装甲から伸びるケーブルで接続された銃器――つまり一般的な形状のブラインド・アーム――をまとった自軍の兵士何十人かが敵陣へ向かってジグザグに走っていくのが見えた。


「たった今指揮官から連絡がありました。陽動部隊が敵の目を引いているうちに大型兵器を狙えとのことです」


「…………」


 確かに目立つ彼らは囮としての任を十全に果たしている。つまり敵軍の集中砲火にあっている。彼らはツバメという戦術に影響を与える兵器を自由にするために身を危険に晒しているのだから、私情を挟むことは許されない。僕は奥歯を噛んでツバメに答える。


「了解したと伝えてくれ。火器部分を対大型兵器用のものに換装。同時に脅威度順でターゲットリストのソートを」


「敵陣走査中に予測、作成を開始した銃器部が既に利用可能です。換装を行います」


 ガコンと機械的なロックが外れる音がして、円形に並べられた銃身と機関部が地面に落ち、下部から新しいそれらがせりあがる。単銃身の、今までのものとは見てとれるほど口径が大きい銃器部は再び重い音を立てて固定された。


「換装完了……第一ターゲットを捕捉しました」


「…………」


 僕は無言で手に持っていた双眼鏡を覗き、銃口が指し示す先を見る。


 両腕にタレットを吊り下げ、脚部は無限軌道。そして乗り降りのためのハッチ。あの形のものはほとんどの場合ブラインドアームだ。


「……どう撃つつもりか教えてくれ」


「デフォルトの行動指針に基づき、左脚接続部、右タロット保持腕を狙います」


「左腕を先に撃つ」


 それだけ言って双眼鏡をしまい、グリップを握る。


「補正完了、どうぞ」


 引き金を引くと同時に空気の振動が僕を打ち、同時にヘッドフォンが外部の音を遮断する。


「続けて」


 二発目が即座に装填されツバメは短く一言。それに促されるまま指に力を込め、銃弾が撃ち出されると同時に、前の射線の先に砂柱が立つ。少し遅れて、さらにもう1つ。


「3発目を」


「この砂ぼこりの中で?」


「命中率向上のために2発目を腕部、3発目を脚部に変更しています」


「……分かった」


 特に文句はない。この冷静な判断のためのアンダーテイカーだ。すぐに引き金を引く。


「全弾命中。戦闘続行は不可能でしょう。次のターゲットに移りますね」


「良かった。頼む」


「でも、使用者様。いつもいってますけど私に任せてくれてもいいんですからね?」


「それくらい……いいだろ。俺の勝手にさせてくれ」


 つい語がきつくなる。駄目だ、こいつに当たってもなんの意味もないことをつい忘れてしまう。


「……すまん、次を頼む」


「いえ、了解しました……そうです、聞いてください使用者様! 敵陣走査時にライブラリにない大型兵器を見つけました。脅威度はあまり高くなさそうですが」


 なにか気にくわないことを言ってしまったと思ったのだろう、ツバメは必死に話を変えようとしてくれる。それに嬉しさと恥ずかしさを感じながら、僕も気持ちを切り替える。


「こっちで確認したい。どこだ?」


 銃口が移動する。その先をもう一度取り出した双眼鏡で覗く。


 無限軌道と全面装甲化された砲塔。無人機でよく見る形だ。だけれどこれは


「遅いな」


「ですね、加えて一度も発砲していません」


 それなら当然脅威度は低くなるだろう。明らかにおかしい挙動だ。こうする理由は……。


「両軍の先端から最も離れた時にあいつを撃つ。軍の通信に何があってもあいつに近づかないよう言っておいて」


「了解です。それまではどうします?」


「……出来れば他全部片付けたい。いや片付けるべきだ」


「それは……使用者様次第になりますが」


 つまり、わざわざ見てたら間に合わないってことか。


「……分かったよ。頼んだぞ」


 返事がわりに台座の上の兵器が回り始める。仕方がない、今だけはこいつを信じよう。


 ツバメの合図の通り引き金を引く。出来るだけなにも考えずに。余計なことをしていたらいけない。いけないんだ。


「っ!」


 突如兵器の上部から火花が散り、雷の刃が形成される。ツバメは銃口を下に向けてそれを振るう。


 持ち上げられた僕の下半身が衝撃で浮かび上がる。慌てて吹き飛ばされないようにグリップを握りしめる。


「敵の標的がこちらに戻りつつありますね」


「このまま行くよ、間に合わせることを重視して。兵装を戻す準備も頼む」


「了解です。間に合いますから、迎撃行動は行いますけど」


 すぐさま銃口は前を向く。僕は引き金を引き続ける。何度かツバメは迎撃行動をとったけれど、僕はなにも言わない。ああ命令したのにやってるんだ。彼女には間に合う自信があるのだろう。


 そして


「未確認の大型兵器以外のターゲットを無力化。間に合います」


「…………」


「どうかしましたか?」


「……いや、なんでもない。頼むよ」


「了解です」


 銃口が大きく移動し、それからなにかを追うように少しずつ移動し始めた。


「2、1、どうぞ!」


 僕は引き金を引く。数瞬の後に小さく見える目標の後ろで砂の柱が立つ。おそらく砲身を狙ったのだろう。流石だった。けれど


「ヒット。2射目、どうーー」


 ツバメが言い終わる前に目標が光り、爆炎が広がる。


 その爆発は、両軍の先にいた兵士をも巻き込んだ。


「そんな……自爆? いやでも使用者様、間違いのない判断です。……使用者様!?」


 人が死んだ。


 人が死んだ。人が死んだ。人が死んだ。人が死んだ。人が死んだ。人が死んだ。人が死んだ。人が死んだ。人が死んだ。人が死んだ。僕のせいで。


「使用者様。まだ戦闘は終わっていないんですよ。せめてグリップを握ってください。でないと守れません」


 守ってもらう必要も価値も僕には……いや、ないけれど、死ぬわけにはいかない。僕はなんとか手を伸ばして、グリップにすがりつく。トリガーにはどうにも指がかからない。


「司令部から『多くの大型兵器の無力化を確認』と。とりあえず次の命令までは攻撃をせず、敵からの脅威度を調整すると伝えました」


 そう、戦闘は続く。僕だけじゃなく、誰もが死への耐性が低くなっているはずなのに。


 ブラインド・アームのおかげだ。この兵器は名前の通り、目を隠す。ブラインド・アームには人に戦場を抽象化して見せる機能がある。だから、人は戦争ができるんだ。


 けれど、このツバメにはそんな機能はついていない。


 つまり僕は、この兵器ツバメを運用するための生け贄でしかないのだ。

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