第二十五話 思いついちゃった

 で――。


「はぁ……どうしてこのような状況におちいるまで手を打たなかったのだ? 全く信じ難い……」


 はい。お分かりのとおり、現在指輪装着中でーす。

 じゃなくって。


 襲いかかった頭痛にこめかみを入念に揉みほぐしつつ深々と溜息を吐くあたしの目の前で、《悪の掟ヴィラン・ルールズ》財務担当の長、ブラッド・バイパーさんはふつふつと浮き上がる汗をぺちぺちとハンカチで拭きながらひたすら恐縮して身を縮めていた。爬虫類ベースの怪人であるバイパーさんは、極度の緊張下にあると意志とは裏腹に二股に分かれた舌がちろちろ顔を出すようだ。


「も……申し訳ございません、お――じゃなかった、アーク・ダイオーン様……」


 呼び名についてはルュカさんが皆に通達済みのようで、出かかったところで言い直される。


「しかしながら、あえて言い訳をさせていただければ、我々のような者たちでは、このような手段で資金を稼ぐより方法が見つからず……あのう……」

「良い、もう良い。お前だけのせいではない」


 あたしはぐずぐずとした言い訳をさっとさえぎった。


 もとを正せば、この原因は銀じいにあるのだろう。ことお金については無頓着な銀じいだったので、パパとママの離婚後、真野家の家計の一切合切は、あたしの仕事だったくらいだ。


「このままのやり方を続けていれば、早晩資金が底を尽くのは明白だ。ならば、別の方法を考えようではないか――」


 一般的な構成員さんたちのお金の稼ぎ方は、前にルュカさんから聞いたとおりだ。


 空き缶拾いや屑鉄集め。これは一日費やしても五~六〇〇円にしかならない。ゴミ集積所に捨てられている物をリサイクルショップで換金するといっても、なければゼロだ。迷子のペット探しもそうだし、自警団もむしろボランティアの領域である。


 これは超ヤバい。

 赤字まっしぐら。


 付け焼刃のあたしの主婦スキルでも、余裕で激しめの警告音が鳴るほどである。


「その前に、確認しておきたい。構成員の中で、人間に変身できる者はどのくらいいる? 全員、だと有難いのだが……。バイパーよ、お前はどうだ?」

「え、ええ! 私はできます。ただ、全員かと申されますと……どうでしょう、ルュカ様?」

「ふむ。そうですね」


 ルュカさんはしばし考え、


「およそ八割の者が可能でしょう。それが何か?」

「うむ、思ったより多いな。あとだな――」


 早くもパパとの約束を破りそうで気が引けるけど。


「戸籍の偽造といったものは可能だろうか? 可能だな? 犯罪行為は避けたかったが……」

「ええ。厳密な物でなければ用意できます」

「以前、鬼人武者と話していた折に耳にしたのだ。奴は資金の足しになるようにと、暇を見つけて建築現場でアルバイトをしていると。知っていたか?」

「あ、聞いたことありますね。ね? ルュカ様?」

「そうですね。それを皆でやろうとおっしゃるので?」

「違う。そうではない」


 あたしはあっさりと手を振って否定した。


「それも良いが、全員が力自慢という訳ではなかろう? お前たちのように頭を使う方が得意な者もいるし、そもそも都合良くそんな大人数を雇ってくれる現場もあるまい。それにだ――」


 一呼吸おいて、あたしは自分なりの考えを述べた。


「私はつねづね思っていたことがある。……お前たちは我が《悪の掟》があるこの下町界隈の状況を知っているか? 何処もかしこも年寄りばかりだ。一時はさまざまな店が軒を連ね賑わっていた頃もあったのだが、何処も後継者がおらず、近頃は閉店状態にあるところが多い。機会あればお前たちもその目で見てみるがいい。あまりに静かだ……静かすぎる」


 バイパーさんは目をぱちくりして驚きつつ、あたしの話にすっかり引き込まれていた。一方のルュカさんは驚きながらも感心している様子である。


「なあ、悲しいことだとは思わんか? いかにも寂しげな『死にゆく町』に我らが《悪の掟》があることを。地下に身を潜めているとはいえど、我々とてこの町の立派な住人だぞ? 大盛況とまではいかずとも、そこそこ活気があっても良いのではないか? これでは有事の際にすぐにも見つかってしまうだろう。……いかにも怪しい。ゴーストタウンに潜伏している悪の組織なぞ、定番中の定番ではないか。これでは駄目だ、愚策の中の愚の極みだ。そうではないか?」


 分かりやすすぎるもん。


「では、どうなさるおつもりなのですか?」

「う、うむ。つまりだな」


 少し面白がっている風のルュカさんに答えた。


「この町は働き手を欲している。我々は働き口を求めている。需要と供給、この状況こそがそれに当たるのではないか? 幸いにして、この私は顔が利く。私が保証すれば、この町の住人たちもそこまで警戒はすまい。彼らは事業を再開することができ、我々はその対価を得ることができる。ついでに町も活気を取り戻し、人が集まるようになれば我々の存在を隠すことが容易になる。無為に日々を費やすばかりだった構成員たちも新たなやり甲斐を見出すことができる……どうだ? 良い事づくめではないか?」

「確かに」


 ルュカさんは片眼鏡モノクルの位置を整え、頷いた。


「アーク・ダイオーン様の仰ることにも一理あります……ふむ、それは良いかもしれません。何より、実に面白そうな試み。我々が――町おこしですか」

「だろう?」


 あたしは、にやり、と微笑んだ。

 きっとこのアバターでは何かを企む不穏な笑みに映るのだろう。


「さすがでございますね、アーク・ダイオーン様! 人間への擬態ができない者に関しては、施設内の仕事を割り当てることにしましょう。頭数的にもちょうど良さそうですからね。そちらの手配の方は、是非、このバイパーめにお任せくださいませ」

「勿論だとも。頼りにしている。行くぞ、ルュカ」


 唐突にやる気を漲らせてパソコンのモニターに齧りつき始めたバイパーさんをその場に残し、あたしはルュカさんを伴って次なる場所へと移動することにした。



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