第14話 写生大会

 屋敷の厨房。


「ねぇ、露璃村ろりむらくん。

 明日のお弁当なんだけど、なにか入れて欲しいモノとかある? 

 リクエストがあるなら聞くけど」


「そうだな、エビフライかな」


「他にはないかしら?

 気兼ねなく、食べたいモノがあるならいいなさい。

 作ってあげるから」


「鶏の唐揚げかな」


「露璃村くんもやっぱり男の子なんだね」


 その後も根掘り葉掘り聞かれ。


 味見にまで付き合わされ、午前2時を過ぎたところでやっと解放された。


「ふぁ~~、眠いな~~~」


 午前5時30分。


 学校に到着すると、もう殆どの生徒が登校していた。


 校庭には大型バスが4台駐車していて、みんな周囲でワイワイしているな。

 

 クラスごとにバスへ乗車していく。


 これから向かう山で散策して、スケッチするという2泊3日のイベントだ。


 そして目的地につくまで、お菓子を食べたり、睡眠をとったり、景色を眺めたりと思い思いの時間を過ごした。


 定番のポーカーや大富豪といったトランプを使ったゲームも大人気だったな。


 数時間ほどバスに揺られて、山のふもとの駐車場に到着し、バスから降りて周りを見渡しても国道と山しかなかった。


 頂上付近には、コテージがあるみたいだが、そこまで歩くしかないみたいだな。


 ロープウェイが見当たらないぞ。


「ねぇ大助くん。なんか? ピクニックみたいでワクワクしますね。

 それから空気も澄みきっていて美味しい気がします」


 大きく息を込むと、街中とは表情の違う風の匂いと大自然の味が胸のなかで混じり合う。


 贅沢で濃厚なこの感覚は、街中では決して味わえないな。


「ああ、確かに!? 身体から毒素が抜けていく気がする」


「昼間の森がこれだけキレイなら、夜の森もさぞかし神秘的なんでしょうね。

 早く見てみたいものですわ」


 学校指定のジャージーに登山帽姿の殺妹ちゃんが話しかけてきた。


「もしかして殺妹ちゃんって、山歩きとか好きなの」


「はい。大好きです。

 と言っても実際に登るのは、これが初めてなんですけどね。

 ところでお姉ちゃんとは、ご一緒じゃないんですね」


 俺はおもむろにバスの屋根の上を指さした。


 ジャージの上からでもわかる巨大な膨らみ、鮮やかな金色の髪。


 気品と自信とに溢れて整った顔立ち。


 高嶺の花という印象を持ったせる品性と魅力に溢れ、その場にいるだけで、周りの人間の目を引き寄せる雰囲気を醸し出していた。


 明るくてサバサバした性格の姫川さんは、男女ともに人気がある。


 人目を引きつけてやまない圧倒的なカリスマを放っていた。


「もうスケッチを始めているんですね。

 まったくお姉ちゃんさんらしいですね。

 自由なところが」


 あの姿を見て、驚かないのだから殺妹ちゃんもマイペースな人だ。


 俺の周りには変人・鬼人しかいないみたいだな。




++++++++++++++++++++++




 昼食


「大助くんのお弁当。

 とっても美味しそうですね」


 キャラ弁というヤツだろう。


 超絶大人気キャラクターが描かれていた。


 あと、リクエストしたエビフライと鶏の唐揚げもちゃんと入っていた。


「そういう殺妹ちゃんのお弁当もすごく色鮮やかで、凝っているように見えるけど。

 もしかして……」


「いえ、これはお姉ちゃんが早起きして作ってくれたものです」


 殺妹ちゃんのお弁当は白いご飯に一口サイズハンバーグ、卵焼き、小松菜のおひたし、焼き鮭など栄養バランスを考えながら作られていることがよくわかった。


 姫川さんがどれだけ殺妹ちゃんのことを大切に想っているのかが伝わってきた。


 ランチを済ませた後、先生から説明を受け。


 友達同士で塊を作り、心が動く場所を求めて、大勢のヒトが山に入っていた。


 そんななか、微動だにしていないヒトもいた。


 絵筆を片手に黙々と作業をしていた。


 まさに機械のように表情一つ変えず、瞬きすらせずに淡々と絵筆を動かし続けていた。


 思わず気になって覗き込んでしまう。


 イーゼルに立てかけられた大きなカンバス。


 そこに描かれているのは、旅行のパンフレットなどに描かれている『秋の山』だった。


 それを描いていたのは、真紅の髪にベレー帽を被った『ザ・画家』という風貌の少女だった。


 彼女の名前は『跳姫ちょうひめ魅血虜みちる』。


 美術特待生。


 コンクールで入賞したこともある実力者だ。


 そんな彼女に声をかけようか、どうしようかと、思案していると


「きゃあっ!? スズメバチ」


 殺妹ちゃんの悲鳴が駐輪場に響き渡り。


 異常気象の影響で、エサが不足したスズメバチがおりてきた。


 えっ!?


 なんか? 人影が見えるぞ。


「王子様、助けてちょうだい。

 スズメバチの大群に追われているの」


 無数の彫刻刀を投げ、スズメバチたちを牽制けんせいしながら、ありさちゃんが物凄いスピードでこっちに向かって来ているぞ。


「なんで、そんなことになった?」


「真の芸術を描くために、リアルティーを求めて。

 新鮮なハチミツを味わってみたかったのよ。

 くっ、数が多いわ。

 妾の心眼を持ってしても……すべてを見通すことはできない……わ……」


 心眼とは、ありとあらゆるモノをみとおす心の目のことだ。


「これだから天才わぁ。

 ああ、もうしょうがないな。

 伏せろ」


 俺の従ってありさちゃんと殺妹ちゃんは屈み。


 俺は間髪入れずに自前の小型リュックから殺虫剤を取り出し、スズメバチを撃退した。


「芸術の探究には、トラブルはつきものよ、うふふ♥」


「おい、待ってえええっ……はぁ~~~」


 言うだけ言ってありさちゃんは、森の中へと消えてしまった。


 本当に集団行動のできないヤツだな。


 それからみちるちゃんの姿はどこにもなかった。


「ところで殺妹ちゃんの方は大丈夫か。

 どこも刺されていないか?

 発熱や腫れ、痺れている感じとか……それから……」


「心配してくれてありがとう。

 虫よけ対策は万全だったおかげで、どこも刺されていないわ。

 あとでお姉ちゃんにもお礼を言っておかないとね」


「そうだな。

 この殺虫剤も姫川さんの助言がなかったら買ってなかっただろうしな」


「じゃあ、わたしはもう行くね。

 山の頂上から見える景観を描くつもりだから。

 それに友達を待たせてるしね。

 お姉ちゃんのことよろしくね」


 スズメバチ騒動があったにもかかわらず、姫川さんは微動だにせずバスの屋根の上で黙々とデッサンをしていた。


 相変わらず凄まじい集中力だな。 


 やっぱり俺の心が動くものといえば、これしかないよな。


 俺は春の山をバックに『姫川さんの姿』を描くことにした。


 最初に輪郭などのアタリをつける。


 腕を前に伸ばし握った鉛筆を定規のようにして顔のパーツ、その比率を合わせていく。




++++++++++++++++++++++++




「で、できたぁ!?」


 絵が完成するまでその場を動くことはなく、筆を動かし続け。


 もうすっかり日が暮れていた。


「俺の方も描き上がったぜ」


 まあ、お世辞にも上手いとは言えないな。


 わかっていたことだけど、俺にはやっぱり『絵心』というものがない気がする。


 どうしても淡白な絵になってしまう。


 これなら写真と変わらないよな……とほほっ。


「夜の山は危険が多いからヘリを呼ぶわね」


「へ、ヘリで頂上を目指すのか?」


「ええ、そうよぉ」


 姫川 理沙はという女性は、超がつくほどのお嬢さまだったということをすっかり忘れていた。


 それからほどなくしてヘリが来た。


 そこまでは良かった。


 いつの間にか、姫川さんは降下服に着替えていた。


 降下服とは、スカイレンジャーや軍隊の航空作戦などで使用される『つなぎ』と呼ばれる作業着に似た形をしている服のことだ。


 まさか着地方法が、スカイダイビングだとは聞いていなかった。


 素人がいきなりパラシュートなんて使えるわけないだろう。


 無理、無理無理無理、死ぬ。絶対に死んじゃうよぉ。

 

 だって……さっきから指の震えが全然……止まらないもん。


「大丈夫だって、露璃村くんの身体はめっちゃくっちゃ頑丈にできてるんだから、ねぇ。

 パラシュートが無くても死なないよ。

 安心して荷物は全部。

 私が預かっておいてあげるからねぇ」

 

「えっ。それは……どういう意味かな」


「ごめん、このヘリ。

 パラシュート1つしか? 

 搭載していないみたいなの。

 てへ♥」


「いますぐに引き返せ『駐輪場』に、俺は……まだ死にたくない」


「そんなの無理に決まってるじゃない。

 だってぇ……もう着いちゃったもん。

 覚悟を決めなさい。

 男でしょ」


 ドアが開き。


 背中を思いっきり蹴られ。


 空へと投げらされた。


「ぎゃぁああ!? あっ、ああああああああああああああああああ」


 高度3,000mからの落下。


 ああ、これ……間違いなく死んだな。


 どう考えても助からないな。


 マジ、詰んだな。


 異能が覚醒でもしない限り、地面に叩きられ『肉塊』になる未来しか想像できなかった。


 その瞬間は、刻々と近づいてきていた。


 何か? 使えそうなものは……ない……よな……身ぐるみ剥がされちゃったもんな。

 

 危機一髪ところで、姫川さんが助けに来てくれるの可能性もゼロ。


 そんな優しくなど欠片も持っていないからな。


 自力でなんとかするしかないよな。


「今、助けてあげるから」


 殺妹ちゃんの声が聞こえてきたと思った瞬間。


 黒い影が木々の間から飛び出し。


 物凄いスピードで迫ってくる。


 その手には伸縮性の高いゴムネットが握られていた。


「え、えええっ!? ええええええええええええ」


 罠にかかった野鳥の気分を味わうことになった。


 やっぱり俺の周りには、変人・奇人しかいないみたいだな。


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