第5話 お宝

(やったか!)


 ヒットは確かな手応えを感じていた。今の一撃はホブゴブリンに致命傷を与える会心の一撃だった筈だ。


 だからこそ勝利を確信した、つもりだった。だが、存外ホブゴブリンはしぶとかった。倒れる寸前で踏ん張り、しかもバランスを崩したと見せかけ、その手で岩を掴んでみせた。


 岩石投げが来る! そう判断したヒットはキャンセルしようと試みるがそこでガクッと膝が折れた。


 見ると精神力が残り6割を切っていた。何故ここまでと思ったが、ヒットは失念していた。

 精神力は何もスキルを使った時だけ減るのではない。精神が疲れても減るし、相手のスキルによって減ることもある。


 ホブゴブリンとの戦いは予想以上に神経を使う戦いだった。その上キャンセルしたとはいえあの雄たけびを受けている。当然その分だけ精神力は減ってしまうわけだ。


 キャンセルはもう使えない。だがこのままでは体勢が崩れた状態で岩石投げを喰らってしまう。怯んだ状態は通常より受けるダメージが大きい。それはヒット自身がホブゴブリンを攻撃した時に理解したことだ。


 どうする、どうする? 無理してでもキャンセルを使うか? だがしかし、ホブゴブリンの岩石は今まさに放り投げられようと――


「――アクアガン!」

「ゴブォ!?」

 

 だが。そのときだ。ホブゴブリンの目に水色の線が伸び命中した。これが効いたのか、ホブゴブリンフォームが崩れ、岩石はヒットの立っている方とは見当違いの方向へ飛んでいった。


「た、たすかった……」


 安堵の声が漏れた。内心ヒヤヒヤ物だった。あれは間違いなく避けられないタイミングだった。


 ヒットは命の恩人であるメリッサを見た。彼女もまたその大きな胸に手を当てて息をついていた。


 アクアガン、水属性の基本的な魔法だ。基本水属性の魔法は水場が近くにないと威力が落ちるのが欠点とされる。


 そのため、今メリッサが使用したアクアガンもそのままあてても大したダメージに繋がらなかっただろう。


 だが、それを目に当てるという使い方で、相手の狙いを逸らすことに成功した。


「グゥウゥウウウ……」


 ホブゴブリンが目を押さえうめき声を上げていた。ただ、出血はみられないし、やはり威力的には相手の目を損傷させるまでにはいってないようだ。


 ただ、暫くは片目が開かないと思われる。岩石投げの命中率がそれで必然的に下がる。いや、それだけじゃない片目が効かないなら――


 ヒットは常套手段に出た。奪われた片目の方へ回り込んだのだ。これでホブゴブリンはヒットを見失う。


 ホブゴブリンは動きも重めだ。ヒットの動きにはついてこれない。ヒットはそこから武技の挟双剣を行使、左右から挟み込むようにしてその巨体を切り裂いた。


 既にダメージが蓄積されていたホブゴブリンはこの一撃で地面に沈むこととなった。もう起き上がることはない。ホブゴブリンは死んだのだ。


「や、やった……」


 剣で何度か突っついて倒したことを実感したことで、ヒットは腰が抜けたように尻もちをついた。体力的にも精神的にもギリギリの戦いだったかも知れない。

 

「ヒットさん大丈夫ですか!」

 

 メリッサが慌てて駆けつけてくれた。ヒットが倒れるように腰を落としたので心配になったのかもしれない。


「俺は大丈夫だ。メリッサのおかげだよありがとう」

「そんな、私の方こそ貴方に助けられましたから」


 ヒットがお礼を述べるとメリッサは照れたように頬を染めつつそう返してきた。最後のピンチはメリッサに助けられたが、当初はメリッサの危ないところをヒットが助けた。互いに互いを助け合ったと言ったところか。


「さて、ゴブリンはこれで流石に全部かな?」

「とは思います。まさかホブゴブリンまでいたとは思いませんでしたし」

「これはつまり想定外?」

「はい、依頼そのものは洞窟に住み着いたゴブリンの退治だったので。そもそもホブゴブリンがいたなら依頼の難易度はGランクではなく二つ上のEランクでパーティー必須だった筈です」


 やはりホブゴブリンはゴブリンより強かったのかと納得する。そのゴブリンにしてもこれだけの数がいた場合、Fでもそれなりの人員と準備が本来必要とのことだった。ゴブリンは数が多ければ多いほど悪知恵が働くようになり危険度が増す魔物だからだ。


「ところでメリッサはこれからどうするのかな?」

「はい……流石にパーティーにはもう戻る気になれないですし、ただ、私は一人で冒険が出来るようなジョブではなくて……その、もし可能なら近くの町までご一緒しても?」

「むしろその方が助かる。実はまだこの世界について自信がなくてね」

「この世界?」

「あ、いや。この辺り、来て間もないんだ実は」


 ヒットは慌てて言い直した。流石にこの世界とは違う世界から来たなどと軽々しくは言えない。


 どちらにしても、同行者が増えるのはありがたい。ゲームに限りなく近いが、フィールドなどは常にバージョンアップで変化していたし、ヒットも自分が活動していた場所以外の地図にまでそこまで詳しいわけではないし、そもそも地図が一緒なのかも不明だ。


「とりあえず、素材は回収しておかないといけないかな?」

「うん、といってもゴブリンから得られるのは魔石ぐらいかな。でも、魔石を持っていけば、討伐証明になるから。あ、でもシャーマンやホブゴブリンはたまに間違う人がいるから、証明に頭を持っていくと間違いないかも……」


 なるほど、とヒットは顎を引いた。ゲームでは倒しさえすれば証明となったが、現実ではそうもいかない。


 だからこそ何か証明となるものが必要であり、それが魔石や頭なのだろう。基本的には魔石で事足りるが、ゴブリンとゴブリンシャーマンとホブゴブリンのように系統が似ていると魔石も近くなるため間違われてしまうこともあるんだとか。質が違うのでしっかり調べれば判るようだが、確実性があるならとシャーマンとホブゴブリンの頭は切り取って魔法の袋に入れた。


 その上でナイフで解体し、ゴブリンと頭のなくなったゴブリンシャーマンとホブゴブリンから魔石を回収していく。ついでに杖持ちの杖に価値があるか聞いてみた。


「この杖は魔法の効果を少し上げてくれるみたい」

「そう、使う?」

「私は弓を使うこともあるから……」


 下手に杖を持っていても、弓を扱うには邪魔となる。なら、売ったほうがいいかとヒットは判断した。


「でも、ヒットさん」

「ヒットでいいよ」

「あ、はい。ヒットは魔法の袋を持っているんですね」

「メリッサは持ってないの?」

「私のランクじゃ高くてとても手が出ないよぉ」


 どうやら魔法の袋は高い物なようだ。ヒットからすれば初期装備であるし、入る容量も少ないので実感がわかない。


「俺のもそんなに入るわけじゃないんだけどね。あ、でもここにいいお宝が眠っていたら、メリッサも買えるかもよ?」

「え? お宝ですか?」

「あぁ、ゴブリンは巣に宝を貯め込むものだろ?」

「そうだったのですか……知りませんでした」


 どうやらメリッサはゴブリンの性質を知らなかったようだ。メリッサがたまたま知らなかっただけなのか、全体的に知っているものが少ないのかはヒットには判らない。


「もしかしたら違うのかな? でも一応調べてみようと思うけどいいかな?」

「はい、お付き合いします」

 

 冷静に考えてみればその知識もゲームのものだ。この世界はゲームに近いシステムを有する世界だが、何から何まで一緒とは限らない。


 だからもしかしたらゴブリンの巣に宝があるという認識にも齟齬があるかもしれない。


 とにかくヒットは巣の中を探してみることにした。ゴブリンは洞窟内に更に穴を掘りお宝を隠すのが基本だった。


 ゲームではシークレット扱いで、臭いところをクリックすると壁が崩れてお宝への抜け道が発見出来たわけだ。


 だが法則はあった。基本巣の最奥に抜け道が築かれることが多いのだ。


 今回はゴブリンがホブゴブリンを連れてきたので連中が来た方へ進んでいく。


「ここで行き止まりなようですね」

「そうだな。メリッサ壁は鑑定できる?」

「やってみます」


 メリッサが注意深く壁を観察していく。ゲームと違ってリアルは壁の範囲も広いので適当に叩いて回るよりは鑑定出来るならその方が早いだろう。


「あ、この部分の壁だけ脆いです!」

「ビンゴだな」


 メリッサが鑑定した壁をヒットが何度か強めに叩くとガラガラと崩壊し抜け道が現れた。


「凄い、こんなことになってるなんて」

「うん、それじゃあ行ってみよう」


 そしてヒットとメリッサは抜け道の先へ向かう。といっても壁が崩れたすぐ先にそのお宝はあった。


「わ~こんなに貯めてたんだね」

  

 メリッサが目をキラキラさせて驚いていた。確かに中にはなかなかの宝が隠されていた。


 2人で確認すると、銀貨や金貨、それに指輪や剣、弓矢、魔法の袋に本や薬もあった。


「貨幣には価値が刻まれてるんだな」

「え! 貨幣を見たことがないのですか?」

「いや、そんなことはないが、実はここに来る前に記憶消去の魔法を受けてしまってちょっと曖昧なところがあるんだ」

「記憶消去! た、大変じゃないですか!」

「いや、相手もそこまでの使い手じゃなかったのか失った記憶は大した事なさそうなんだ。ただ貨幣の価値とかちょっと忘れていて、改めて教えてもらってもいいかな?」

「そうだったのですね……でも大したことがなくてよかったです」


 どうやらメリッサには上手くごまかせたようだと安堵するヒットでもある。


 そして彼女に確認したがどうやら貨幣は世界銀行が管理しており単位は共通でゴルド。これはゲームと同じであり、貨幣には銅貨、銀貨、金貨がある。銅貨は最低が1ゴルドで最大が50ゴルド、銀貨は最低が100ゴルドで最大が5000ゴルド、金貨は最低が10000ゴルドで最大が10万ゴルド。


 金貨でまかないきれない場合は延べ棒インゴットでの処理となるとのことだ。


 ちなみに集めた貨幣は全部で2万ゴルドになった。メリッサが普段利用している宿で500ゴルドらしいのでそう考えると稼ぎとしてはなかなかのものだ。


「指輪は2つとも付与効果がついてます。この指輪は精神力強化の指輪で精神力が+25%。こっちは魔力強化で同じく魔力が25%上がるみたいです」

「なら、俺は精神力強化を貰ってもいいかな?」

「はい! ヒットには助けられたし勿論です!」

「ありがとう。それなら魔力強化はメリッサが持つといい」


 キャンセル使いのヒットにとって精神力強化は嬉しいところだ。

 

「こっちは剣術の指南書でこれは魔法書ですね」


 ヒットは指南書を読んで見る。するとすっと内容が頭に入り込んできて新たな武技として爆砕剣を覚えた。


 メリッサも魔法書によってパワーアローという矢を一定時間強化出来る魔法を覚えたようだ。


「あ! こっちは鋼の剣です。ヒットに丁度いいかも、盾もある! 弓は丸木弓で今使っている雑木の弓よりも良さそうです」


 ヒットが持っている青銅の剣はゴブリンとの戦いで大分傷んでいた。刃も一部欠けているしどうしようかと思っていたところである。盾も木の盾は燃えてしまった。


 見るにここに保管されている盾は革の円盾なようで、鉄で補強もされている。木の盾よりは使い勝手が良さそうだ。

 

 なので鑑定してくれたメリッサに感謝し、鋼の剣を受け取った。メリッサも丸木の弓に交換した。矢も全て回収する。

 

「これは魔法の袋、こんなのもあるなんて……」


 メリッサは驚いていたが入る容量はヒットの手持ちと同じ50kgまでのタイプだった。


「それならメリッサが持てばいい」

「ええ! でも、これは高級な物ですし……」

「問題ない。行動を共にするなら、メリッサも持っていた方がいいだろ?」


 ヒットが問うように言うと、ギュッと魔法の袋を胸元に寄せて、感慨深そうな顔を見せた。ただヒットはどうしても大きな胸に目が行きがちだが。


「じゃ、じゃあ折角だから薬はそれにしまっておいたら?」

「あ、はい!」


 ポーションは生命力回復用が2本あったので1本ずつ持つことにする。これで全て回収は終わった。


 なので来た道を引き返す2人であったが、元の場所へ戻ると、そこには見知らぬ3人が立っており。


「よぉ、ご苦労さん。なら早速、回収してきたお宝をいただくとするか」


 真ん中の厳つい男がそんなことを言ってきたのだった――

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