第24話 沙織ちゃん、嫉妬する 上 【改訂版】

 沙織ちゃんが俺がいない間に部屋に入って、掃除や洗濯をしてくれたりすることがある。これにはもう慣れた。

 なにしろ“ことがある”なんてレベルじゃなくて、週に二、三回の頻度なんだからもうすでに日常だ。

 許可なくって辺りにちょっと思うところもあるけれど、赤の他人がボランティアでやってくれるんだからありがたい話ではある。それに加えてズボラな俺が、自分で掃除洗濯をマメにやるかというと……感謝しかない。

 だからそのことについては苦情は言わない。というか言えない。


 ただ、最近なんだか……部屋の中に見覚えのない物が増えているような……。




 ベッドに寝転がってテレビを見ていた俺は、何気なく寝返りを打った瞬間にハッと気がついた。

「枕にしていたコレ……俺のじゃないよな?」

 今の今まで俺が頭の下に敷いていたのは、最近人気のゆるキャラのぬいぐるみだった。割と高さがあって固めなので、寄りかかるのに便利でここのところ良く使っていた。

 ……のだけれど。

「よく考えればこれ、俺のじゃないぞ?」

 こんなの、俺が買う事もなければ下宿に持ち込むはずもない。

「どう考えても沙織ちゃん……だよな?」

 別に枕に使えって言うんじゃないよな? それならそれで枕を持ち込みそうだけど……そもそも沙織ちゃんがなんで、俺の部屋に私物を置いていくんだろう。こんなデカい物、ついでに持ってきて忘れていったとか言うレベルの話じゃないよな。明らかに置いていくつもりで持ちこんでいる。

 不可思議な沙織ちゃんの行動に内心首を傾げながら、キッチン兼通路に行って俺は水を飲んだ。そしてここでも気がついた。

「……フロアマットが敷いてある?」

 部屋の続きでフローリングだったはずなのに、足の裏がモコモコ柔らかい。視線を落とすと、花柄の長方形の布が確かに存在する。そして花柄が俺の愚鈍な脳ミソを刺激したので記憶をたどるように視線を戻せば、キッチンの窓の枠には造花の植木鉢。


 家主の知らない家財道具が次々増えているという、訳の分からないこの事態。犯人はおそらく一人。しかし容疑者さおりちゃんの考えがわからない。

 とりあえず落ち着こうと、俺は冷蔵庫からコーラを抜き出しベッドに腰掛けた。

「たしかレンタルのを入れたまま……」

 一旦沙織ちゃんの読めない思惑の件は忘れて、借りて来たアニメの続きでも見よう。俺はリモコンを手に取った。

 メモリー機能で途中からDVDが再生され、視聴者から投稿された自慢のペット映像が流れ始める。

『うな~! みゃう~!』

 おバカな猫のNG動画はやっぱり癒されるなあ……と、まったりしかけた俺は……次の瞬間飛びあがり、慌ててDVDデッキの上のパッケージを確認した。

 ……中身がある。

 アニメのDVDはケースに戻っていた。つまりこのヌコ動画DVDは沙織ちゃんが持ち込んだ……?

「まさか沙織ちゃん……自分の居心地がいいように部屋を改造しているんじゃ」




 本人に訊いたら、あっさり認めてくれました。

「色々足りないと思ったので!」

 初めての一人暮らし、しかも適当に済ます俺の性格のおかげで一般家庭に当然あるものが色々不足しているとのこと。細かいところがどうしても気になるので、沙織ちゃんが必要だと思ったものを持ち込んでいるらしい。ゆるキャラのぬいぐるみやペット動画は生活必需品なのだろうか? とも思ったけど、ちょっと話の流れ的に突っ込んで聞けない……。

「そうかあ……気を使わせちゃってごめんね」

「いいえ、好きでやっていることですから! それに、この後のことけっこんしたあとを考えると今のうちに擦り合わせやりやすくしておくのが必要だと思いますので!」

「あ、そう……?」

 ……なんとなく、沙織ちゃんの言葉に裏が感じられる気がしたが……気のせいだろうな。


 そうだ、物が増えている件はともかく。

 普段から掃除洗濯をしてくれていることを、沙織ちゃんに改めて礼を言っておかないと。

「だけど掃除とかしてくれて、いつも助かるよ」

「そうですか?」

 日常の一環を急に感謝されて沙織ちゃんは逆に不思議そうだが、同時に照れて嬉しそうでもある。そういうしぐさがカワイイな。

「ああ。実は今日大学の友人が急に来ることになってさ。グループ研究の件でどうしても俺のレポートを見せてくれって、うるさくってうるさくって」

「へえ?」

 あれ? なんか沙織ちゃんの表情が固まったような……いや、笑っているな。気のせいか。

「あんまり自宅に入れたくないんだけど、こっちから持って行ってやるのもな。ま、あいつの場合レポートは口実で、ただ単に俺の部屋に押しかけたいだけかもしれないが」

「そうなんですかあ」

 この時、俺は沙織ちゃんが妙な雰囲気を出し始めていたことに気がつくべきだった。でも、呑気な俺は気がつかなかったんだ……。

「俺一人だと掃除とか全然しなかっただろうし、急に客が来るなんてことになったら慌てて片付けるのが大変だったと思う。沙織ちゃんのおかげでいつ人が来てもいいような部屋に維持されてるし、ありがとう」

「いいええ、どういたしまして」

 俺は沙織ちゃんの変化に気がつかず……何か誤解を与えたことを知らぬまま、この後ゴンタを出迎えに行く為にうっかり部屋を空けてしまったのだった。



   ◆



「失礼しまーす……なるほど、確かに狭いな」

 我が家に入るなり失礼なことを言いながら、ゴンタは部屋を見回した。

「これでも六畳あるんだけどな。まあ昔の学生と違ってベッドも机も持ち込んでるからな」

 俺が説明してやっている間にも、ゴンタは何やら探している。

「……なんだよ」

「女を連れ込んでいる証拠がないかと思ってな!」

 なんでコイツにそんなことを気にされねばならんのか。

「おまえは何を言っている……」

「そりゃおまえ、男子学生の一人暮らしなんてエロの天国じゃないか。エロ本出しっ放し放題、DVD見放題! さらには女子を連れ込み放題じゃないか」

「バカを言え。俺がそんなことをするわけが……」

 ゴンタがずいぶんテンプレな事を言い出した。やれやれ……。

 自分が聖人君子だなんて言わないが、その件に関しては俺がそんなことをするわけがない。

 だってこの部屋、沙織ちゃんがいつ入って来るかわからないのだ。エログッズ出しっ放しだの、まして女の子を連れ込んでだなんて……。

 俺の反論は本題に入る前に、途中でゴンタに遮られた。

「無いとは言わさんぞ? おまえ、大家の娘とはただの知り合いみたいなことを言ってたくせに……合コンの時は俺の女だと言わんばかりにいちゃつきやがって」

 沙織ちゃん=連れ込む女の子って認識かっ!


 あらためて言われてみれば、他所目には俺と沙織ちゃんのご近所付き合いがそう映ってしまう可能性もあるのか……しかしゴンタは疑い過ぎて、俺たちを邪な目線で見過ぎだな。俺と沙織ちゃんは普通に仲良く話しているだけじゃないか。俺は彼女にそんな不埒な真似をした事なんてないと、神様にだって胸を張って言える。

「俺が、いつそんなことをしたって言うんだよ!?」

 まったく、自分が女に飢えてるからってゴンタは色眼鏡で見過ぎだな……。

「誠人、おまえイチャコラし過ぎで常識も無くしたか!?」

「はあ!?」

「普通、を何時間も膝に乗せっぱなしにしねえよ! 幼児ならともかく、女子高生をな!?」 


 ……やばい、反論できない。


「しかも女の子の方もノリノリで、自分からおまえの膝に座るしやけに慣れてた! カップルだって人前であそこまでいちゃつくもんか! どう見たって、ちょっとやそっとの付き合いじゃない」

 そう言えばそうだった! あの中間考査の打ち上げで、正気を失ってた沙織ちゃんが俺の膝から降りなくなって……しかも「あーん」やポッキーゲームもしたんだよ……。

「……それを言ったらおまえだって、文奈ちゃんとずいぶん親密な付き合いをしていたじゃないか」

「有り金全部突っ込んでな」

「うっ!」

 ベッドの下を覗き込んでいた鬼気迫るゴンタが、ゆらりと立ち上がった。

「まあ、それは良いんだ……俺も合コンの時はすごく楽しい思いをしたからな」

 ……あのJK足踏み整体がそんなにお気に召したのか。おまえ、マジもんで変態だな。

「その件は後で文奈ちゃんにまたお願いできないか、おまえか大家の娘さんから繋ぎをつけて欲しい」

「ゴンタ、おまえってヤツは……」

 有り金はたいて貢いだのに、連絡先も教えてもらえなかったのかよ。しかもドはまりしてまだ課金する気だと……俺もう、涙で前が見えねえよ……。

「というわけで誠人。おまえが大家の娘とすでにできているのか、徹底的に家探しするぞ!」

「それが目的で来たのか!」

「当たり前だ! 俺が勉強で本当におまえの頭なんかをアテにすると思ったか! 甘いな!」

「くっ!?」


 ヤバい。

 何がヤバいのか、自分でもさっぱりわからないが。

 男女交際に憧れすぎて頭に血が上ったゴンタに見つかる前に、とにかくおかしな証拠が出てこないようにチェックしなくてはならない。最近沙織ちゃん、なんだかんだと俺の家に物を置いていってる。ユニセックスな物ならいいが、俺が使うはずのない物まで混じっているかも……掘り返したら、何があるかわからん!


 ゴンタと別の視点で、俺はサッと辺りを見回す。こういう時、意外と家主の方が不利だったりする。環境に慣れ過ぎて違和感を持たないのだ。


 明らかな女物。無し!

 高校生らしいもの。無し!

 机の文具も俺のばかりで……ふと、フォトフレームが目に留まった。写真立てフォトフレーム? そんな物持ち込んだ覚えはないぞ?

 体で隠して手に取ると、中の写真はバッチリ俺と沙織ちゃん。しかも笑顔いっぱいの沙織ちゃんが俺に抱きついてて、かなり親密に見えるやつ! これ、いつの!? どこで!? 

 じっくり見ている時間がないのでそっと移動し、下着なんかを入れてるチェストの引き出しを静かに開けた。俺のパンツの下にでも隠せばさすがに見ないだろ……。

 ゴンタを監視しながら後ろ手にしまおうとしたら、手に当たる中身の感触に違和感があった。

「?」

 荒ぶるゴンタを注視しつつ、慌てて視線を落とす。

 引き出しの中いっぱいに女物の下着……ハッキリ言えばブラとショーツその他が整理整頓されて詰まっていた。

「!」

 誰がどう見てもこれ、沙織ちゃんの着替えじゃないか! 特にブラのサイズ! この引き出し、俺のパンツやTシャツが詰まっていたはずだぞ? なんで沙織ちゃんのランジェリーが……。

 一瞬の判断の後、俺は写真立てを下着の下に押し込んでチェストを静かに閉めた。沙織ちゃんの下着に触るのには抵抗があったけど、どっちにしても見られちゃまずい物同士なら一緒に封印した方が良い。ゴンタが見ようとしたら母が来た時用の着替えが入ってるとでも言おう……それはそれで後で問題になりそうだけど。

 

 他には!? と思っていると、ゴンタに声をかけられた。

「おい誠人」

「な、なんだよ?」

「これは、なんだ……?」

 言われた所を見ると、風呂場の洗面台に歯磨き用のコップと歯ブラシ……が二本。


 沙織ちゃん!? 君、俺の家で歯磨きとかしてなかったよね!? なんで急にそんな物を置いてるの!?


 背中を流れる冷や汗を感じながら、俺はゴンタを何と言って言いくるめようか……思案を巡らせた。

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