CHAPTER 15


「――BREADブレッド-SMASHスマッシュッ!」


 肘から噴き出すジェットの推力により、跳び上がる叢鮫さんのアッパーカット。その衝撃が魔人の脳を揺さぶり、熱線の放射が止まった。


「ロブッ!」

『ピポパッ!』


 その隙に接近する火弾さんの合図と共に、彼の全身を覆っていた蒼いパワードスーツが――瞬く間にバイクへと変形する。

 刹那。そこへ飛び乗った彼は、急加速して魔人の巨体を下から駆け登り――タイヤの摩擦で、深緑の鎧を削り取って行った。


ARMOREアーマー-CONNECTコネクトッ!」


 宙に舞うほどの勢いのまま、真上に向かって走り続けるバイクは――やがて火弾さんが、雄叫びと共にベルトのスイッチを押した瞬間。

 パワードスーツの部品パーツとなって分解され、空中に投げ出された彼の全身に装着されて行く。


ARROGANTアロガント-PUNISHパニッシュッ!」


 そして、装着が完了した瞬間。魔人の頭部に飛び移った火弾さんは――砲身に変形した右腕を大顎に突っ込み、凄まじい熱光線レーザーを魔人の体内へと撃ち込む。

 堅牢な肉体と鎧による防御が及ばない、内側から焼き尽くされ――魔人は苦しみ悶え、その全身に亀裂を走らせる。


 数百体にも及ぶ、大量の鋼鉄食屍鬼。そして、2体もの上位種。それほどの眷属達を同時に生み出したせいで――魔人本体もすでに、消耗しきっていたのだ。


SACREDセイクリッド-FINISHフィニッシュ!」


 やがて。死に瀕している魔人に、トドメを刺すべく――「決着」を告げる輝矢君の鉄球が、唸りを上げる。

 魔人も大顎に溢れんばかりの光を凝縮させ、起死回生の一撃を放とうとしていた。


 輝矢君の鉄球が先か。魔人の熱線が先か。


 生と死を分ける狭間に立たされてもなお――私が愛した騎士は、躊躇うことなく得物を振るう。


「――!」


 そして。


 僅か一瞬――熱線を放つ直前に、魔人が動きを止めた・・・


「……おおぉおぉおおぉッ!」


 刹那、雄叫びと共に輝矢君の鉄球が――鎧を削られ無防備となった魔人の胸元へと、炸裂する。


 天を衝く断末魔と共に、魔人の全身に広がる亀裂から熱線が溢れ――彼が粉々に砕け散ったのは、その直後であった。


「やっ……やっ、た」


 輝矢君が「決着」を付ける瞬間を目の当たりにして。私は彼の外套に包まれたまま、腰が抜けた様にへたり込んでしまう。

 魔人の死によって、彼に生み出されていた鋼鉄食屍鬼達も、上位種達も――チリとなって消滅して行った。彼らの相手をしていた異世界のヒーロー達も、戦いの終結を悟り次々と矛を収めていく。


 一方で、情けなく座り込んでいる私の後ろでは、帝国の国民達が天を衝くような大歓声を上げていた。


「あ、あぁ……あ……!」


 そして。封印など生温い、と言わんばかりに。

 ヒーロー達の圧倒的な力で、魔人を破壊された皇帝陛下は――力無く膝をついている。


 ――もはや、万策尽きた。彼の姿勢が、それを物語っている。周囲の家臣達も青ざめた表情で、立ち尽くしていた。


「……兄上、一瞬だけですが……ヴァイガイオンの動きを止めましたね。俺には、分かっていましたよ」

「テルス、レイド……」


 そんな諸悪の根源達を、一瞥もせず。戦いを終えた輝矢君は、他のヒーロー達に見守られながら、兄の元へ悠然と歩み寄る。

 一方、陛下は全てを諦めたような貌で弟を見上げていた。殺すなら一思いにやれ、と言わんばかりに。


 けれど、あの一瞬に垣間見えた、兄の本心に――輝矢君は。黒い感情など欠片もない、優しげな笑みを浮かべている。

 もし皇帝陛下が本当に、輝矢君を心の底から殺したかったのなら――あの時、熱線の放射を止めさせたりはしない。実際に戦っていたからこそ、輝矢君は誰よりもそれを理解しているのだろう。


「……俺は。兄上に害意を持ったことなど、今まで一度もありません。そして絶対、これからもない」

「なぜ、だ。なぜこれほどの業を重ねた私を、お前は許せる! なぜそんなにも、お前は強い!?」

「それは……その、言いにくいのですが」


 輝矢君は、そんな陛下の問いに頬を掻きながら、窺うように私の方を見遣っていた。……たぶん、大切な人がいるから、とか、そういうことを言いたいのだろう。

 けど私としては、そういう口説き文句みたいなのは気恥ずかしい。だからいつも彼がそういうセリフを口にするたびに、私は顔を赤らめてしまっていた。


 だから彼は今こうして、私の顔色を伺っているのだ。言ってもいい? って。

 昔の聖騎士達が総掛かりで、辛うじて封印したような魔人を、完全に倒してしまうくらい強いのに。戦いになれば、「PALADIN-MARVELOUS」としての毅然な貌を見せるのに。ふと気がつけば、私に気を遣ってばかりの「結城輝矢君」に戻っている。

 それがなんだか、可笑しくて。私は笑みをこぼしながら、「いいよ」と微笑んでいた。


「えー……おほん。俺には命を懸けて守ると誓い、心から愛すると決めた女性がいるからです。その人こそ、俺が地球で出会った彼女――」


 え、ちょっ、ちょっと待ってそこまで言うの? やっ、ダメ、それ以上は恥ずかしいから――


「むが!?」

「ハイハイ終わり終わり。お前マジで寒気するからやめろやマジで」

『ポピピーッ』


 ――と、私が真っ赤になり、両手で顔を覆った瞬間。そんな私の悶絶を知ってか知らずか、火弾さんが輝矢君の口を塞ぎ、強制退場させてしまった。

 ごめん輝矢君。グッジョブ火弾さん。


「……これは食糧にはならんな。完全に炭化している」


 一方。そんな私達を尻目に、叢鮫さんは散らばった魔人の消炭を拾っていた。

 何かを見定めているかのようだったけど……まさか食べようとか思ってない、よね?


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