第26話 違和感の正体

「おはよう、天龍くん。昨日はよく眠れたかしら?」

「よく……ってほど眠れたわけではないですよ流石に。緊張しましたもん」


 翌朝、夜霧さんがメッセージにて指定した時間の10分ほど前だろうか、今は。

 俺は組織の入り口––––––、学校の校舎裏の、使われなくなった物置倉庫の中にて夜霧さんと落ち合わせる。


 正直、昨日は緊張で「よく」眠れたとは言い難い。いつか絶対に来るものだ、と覚悟してた事とはいえ、やっぱりいざその時が来ると思うと体に力が変にこもってしまったから。

 故に今日はまだ、瞼が少し重い。夜霧さんに向かって、冗談っぽくちょっと大袈裟に目を擦ってみせる。そんな冗談が通じたのか、夜霧さんはくすり、と笑う。


「少し緊張しちゃうほど気合が入ってた、って事でいいのかしら。ふふ、十分じゃない。さぁ、早く行きましょう。まずはパートナーを紹介しないとね」


 そう言うと夜霧さんは、スマホを地面にかざす。

 次の瞬間、ピッ、という音と共に、地面が横にスライドして、地下に繋がる階段が現れた。


 その階段を下った後、俺たちは長い廊下を進む。


「そういえばパートナーって……、佐倉さん、ってわけじゃないんですね。どんな人なんですか?」

「そうね……。少し捻くれてるけど、根は素直で正直な子よ。なんだかんだで指示には従うし……。それはそうと咲も任務には参加するわよ? 貴方の教育係なのだから」

「あ、そうなんすか。そりゃ良かった……っても、捻くれてるけど素直、か。その言葉を聞くと俺の従姉妹みたいな人だな、って思っちまいますよ」


 思い起こすは、昨日のみどりちゃんの姿。彼女も少しつっけんどんで捻くれてるけど、根は正直で、純粋なものがあることを俺は知っている。昨日も悪態をつきながらも、なんだかんだで俺の言葉に正直に答えてくれてた……気がする。


 そして、俺のそんな言葉を聞いた夜霧さんは、どこか思わせぶりな表情になる。


「ふぅん。そっか、あなたの従姉妹……か。なんだ。普段あんなこと言ってるクセに、あの子も案外––––––」

「ん? なんですか夜霧さん。いったい何の話で……?」

「いいえ、こっちの話よ。まぁすぐにわかることだと思うけど」


 そして、どこか掴めない態度で、俺の質問をするりと躱すようにそう言葉を返す。

 よくわからないけど……、ま、いいか。わからないことをいくら考えても答えなんて出ないし。


 それより、来たら任務に備えて気持ちを入れ直す方が重要かな。なんて思って、息を一つ吐く。


 それから先はお互い言葉を交わすことなく、歩みを進めていく。

 暫くして、目的地についたのか、夜霧さんはぴたりと足を止める。そこには扉が、1つ。


「確かここ……、多目的ルームですよね? ここで任務の説明を?」

「ええ、そうね。多分あの子たち、先に来て待ってると思うけど……あぁ、いるわね」

「……本当だ。なんか話し声聞こえて来ますね」


 夜霧さんにそう言われて耳をすませてみれば、確かにドアの向こう側から何やら声が聞こえて来る。声の数は……二つだ。一つは佐倉さんか。

 因みに、聞き取れる限りで聞こえて来たものは––––––、


「……いや、やっぱり帰る。何で私がリア充なんぞの相手しなくちゃなんないのよ。他にも適任いるでしょ」

「あぁもう待ってよみどりちゃんっ。天龍君は優しい人だから。怖くないからっ。私が保証するから……!」

「いやそんなの知っ……、あぁもう! とにかく嫌なものは嫌なのっ!」


 ……なんか言い争ってるな。どうやら今回初めて会うパートナーの人は、どういう訳か俺とは会いたくないみたいで。なんか悲しくなってきたぞ。


 と、いうか、さ。この口調と声、


 そう。それは昨日の夜に会ったばかりの女の子。

 少し捻くれてるけど、そんなところも含めて大切な俺の従姉妹の声と口調に、とても似ている。


「––––––全く、あの子達ったらまた言い争って。まぁ今回はが駄々こねてるだけみたいだけど……もう。入るわよ」

「ん? ちょっと待ってください夜霧さ––––––」


 夜霧さんの言葉に引っかかるものを感じて、引き止めようとするけれど。

 俺の言葉が終わらない内に彼女は一つため息をついて、勢いよく扉を開ける。


 その先にいるのは、佐倉さんと、女の子がもう1人。


「あ、おはようございます天龍君……ってあぁもう隠れようとしないでよ。ほら、挨拶」


 そう言うと彼女は、テーブルに潜り込もうとした女の子の腕を掴んで引き上げる。


 その女の子は、地味めだが三つ編みがよく似合う美少女だ。少し困ったような目でこちらを見ている。

 そしてその子は、俺のよく知る女の子だった。


「……三渡みどりよ。昨日ぶりね、司兄ぃ」

「–––––––みどりちゃん。なんでここに」

「私も諜報員なのよ。この組織のね……。てかそこのリーダーからなんも聞いてないの?」

「いや全く……。夜霧さん。知ってて黙ってたんですか?」


 突然のことで内心唖然としながら夜霧さんの方を向く。多分物凄いアホ面晒してるんだろうなとは思うけど。


 確かにここに来るまでの夜霧さんとの会話を思い返してみると、どことなく俺とみどりちゃんの関係性を知ってるような感じではあった……気がする。

 でも、なんも知らない状態でそんなの、気づけるわけない。


 で、その本人は、あくまでなんてことないかのような表情を崩さず、俺の質問に答える。


「ええ。聞かれなかったもの。それよりあなた、随分と面白い顔してるわよ?」

「いや、そうなるのも仕方ないんじゃ……」


 いやサラッと流さんでくださいよ。まぁ夜霧さんにとっては取るに足らないことなんだろうけどさ。


「……へ? いったいなんの話なの?」


 で、佐倉さんは現状が掴めない様子で、こてん、と首を傾けている。この様子だと彼女、俺と同じで何も聞かされてないな。そうなるのも仕方ない。


 それにしてもまさか、師匠だけじゃなく、みどりちゃんまで、この組織に関わってたなんて。

 昨日みどりちゃんの態度に感じた違和感の正体は、これか。


 入ってきた情報量の多さに少し目眩がして、軽く額に手を当てた。

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