情報屋



 そこはとある下町の裏路地に存在する、看板もないBARだった。


 滝沢は入り口のドアを開ける。


 店内は薄暗い。

 煙草の紫煙が充満している。


 客はほとんどが男だった。

 数十人ほどいるだろうか、いずれも人相が悪い。


 人群れを避けながら、滝沢は店の奥に向かって進んでいく。



 店の一角──そこには、ソファに座って本を読む幼い女の子の姿があった。


 一瞬、現実感を失いそうになった。


 まるで、絵本から抜け出してきたかのような少女だった。

 それも、王子様とかお姫様が出てくる童話の類。


 少女が着ているのが見事なドレスであることも理由だが、無論、それだけはない。

 細い手足も、薄い唇も、伏せられた眼差しも、白い肌も、全てに気品あり、どこかの貴族娘のようにみえた。


 そして、その存在が、この店の客層に対してあまりにも不釣合いだった。

 まるで獣のの群れの中に、小動物が1匹紛れ込んでいるかのよう。



 歩み寄って、その可憐な少女の前で立ち止まった。


 ──その瞬間、数十人の男達の談笑がぴたりと止み──その視線は、一斉に滝沢の背中に向けられた。


 滝沢は黙って、手の甲を少女に見せ付けた。

 勇者の証、聖印。



 それを見た少女は本を閉じ──男達に手を振り払う。


 男達は黙って踵を返し、少女に従うかのように、ぞろぞろと店の外に出て行った。



 静寂が、室内を支配した。


 残ったのは、カウンターのバーテンダーと、滝沢と少女の3人。



「なにかお飲みになられますか、滝沢さん?」


 少女はにこりと微笑んで言った。


「いい」


「では、御用はなんでしょうか?」


 滝沢はポケットから小さな紙を取り出すと、テーブルに置いた。


「これを早めに手配してほしい」


 少女は、滝沢が書いたメモを一瞥する。



「これは……うーん……入手は難しいかもしれませんね」


 そうつぶやくと、値踏みするかのように滝沢のことを見つめた。


「ただの“情報屋”の私には手に余ります」


「……謙遜なのか、値段交渉なのか、どっちなんだ」


「私が墓守さんの専属だということは知っていますか?」


「そんなことは関係ない。あんたは一流のプロだと聞いている。質の良いモノが必要なんだ」



 少しの沈黙が流れた。


「……わかりました、用意しましょう」


 手に持っていた本を開くと、栞でも挟むかのように紙をしまい込んだ。

 そして、その本をテーブルに置く。



「……おい」


 滝沢は少女のことを睨んだ。

 テーブルに置かれた本に目をやる。



「……ふふふ」


 少女は静かに笑い出した。


「──合格です」


 そう、呟くように言った。


「盗聴魔法対策のために、メモを用意したことも褒めてあげましょう。情報の取り扱いには、気をつけましょうね」


 少女はテーブルの本を手に取ると、中のメモを取り出して滝沢に返した。



「……いくら払えばいい?」


「初回だから結構ですよ。まあ、多少恩にきてもらえれば、それで」


 そう、にっこりと微笑んだ。



「……よろしく頼む」


 そう言って、滝沢は店を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る