「タマシイの唄を歌おう」

中村ケンイチ

第1章

プロローグ



 滝沢は幼いころから幽霊がみえる。

 物心がついたころにはもうみえるようになっていて、それがこの世に存在しないものだと確信したのは小学校にあがる前。

 

 幽霊たちには様々な表情があった。

 物憂げに商店街を歩くサラリーマンの霊。

 横断歩道の真ん中でぼんやりと立ち尽くす女性の霊。

 母親を探すように当てもなく徘徊する幼児の霊。

 

 自分にだけみえている。

 そう確信したのは、いつの日か誰かに、おまえはおかしいと指摘されるようになってからだ。

 

「幽霊がみえるというのは、とても神秘的なことだと思うんだよ、勇者くん」


“墓守”はそう言った。


「はっきりしているのは、他人にはわからない事実が見えていることなんだ」


 真冬みたいな冷たい風が、彼女の黒髪をなびかせた。

 大きな鎌を肩にかつぎ、墓石の上に座りながら滝沢を見下ろした。


「他人には見えない何かが見える──それはこの世ではまだ存在を確認しきれない、未知という可能性との遭遇さ」


 墓守は夕日に広げた自分の両手をみつめていた。


「──とても素敵なことだと、少なくともボクはそうおもうがね」


 滝沢は驚いた。そんなこと、これまで考えたこともなかったからだ。

 たしかに、幽霊の存在を証明さえできれば、今の科学を覆すほどの大きな発見になるかもしれない。

 

 けれど、幽霊は所詮幽霊だ。

 彼らは死人でありながら、この世には存在しない。

 

 いつくかの幽霊に、助けを求められたこともあった。

 けれど手を差し伸べても、それは良い方向に向かうことなんて、一切なかった。

 それ以来、滝沢は心を閉ざすようになり、“見える能力”のことを周りに話すことをやめた。

 

「人は死んだらどこへ向かうのだろう」


 滝沢は墓守にそう問いかけた。

 夕焼けのコントラストに染まった彼女の横顔はどこか切なそうだった。

 

「無に還る──もしそれが普通であるなら、いま、この世を徘徊している彼らは何を、誰を望んでいるのだろうね」

 

 滝沢は答えられなかった。

 けれど分かることは一つだけあった。

 

 彼らは何かを待っている。

 

 

 これから話そうと思うのは、自分が死んでから、この世界に召喚された後の話だ──。

 

 

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