第4話荒狂曲“シンセカイ”

入学して暫く、教科書販売があったり、履修登録や各種オリエンテーション、学科別交流会なんかがあった。


教科書販売は自分が履修している科目を確認してそれに必要になる教科書を購入していくのだけど、全部あわせるとやっぱり高いね。挙句、買わせたけど殆ど使わない教官や、それとは別に自著を教科書として別途購入させるパターンもあった。


話が若干前後してしまうが、履修登録についてはやった後にちょっと後悔した。


うちの学科は、栄養士の他に医療秘書実務士や栄養教諭の資格を別で取得することができる。しかし、この資格の両方を併願することは出来ない。なので、自分がどの資格を取得していくのかをよく考えた上で履修登録をしていく必要がある。ただし、1年前期に関しては例外で、両方の資格に必要な科目をすべて履修できるようになっている。


俺としては教育実習が必要となる時点で栄養教諭については及び腰ではあったが、最初から捨ててかかるのもどうかと思い、履修可能な科目を全て登録した。中には医療秘書実務士に必要な資格ではあるが必修科目ではない、という曲者もいた。


だが、後悔したのはこの曲者ではない。教職課程に必須だった一般教養の科目であった「日本国憲法」だった。元自衛官として、自分のいた組織を「違憲」としてばっさりと断定されて、色々ディスられて面白いはずがなかったのだ。勿論、そこについて議論があることは十分に承知している。だが、それと納得できるかというのは別の問題なのだ。この科目については受講終了後に「不快である」というアンケートを提出した。


付け加えておくと、担当教官のバスの乗車マナーが悪い、という話を聞いてからは尚の事嫌いになった。


他の教養科目についてはというと、基礎英語についてはネイティブの方が教えてくださる中学1年生の英語という不思議なものだった。


色々楽しかったし、改めて為になったと思う。しかし、この科目というよりも担当教官の方、カナダ出身の黒人男性だったのだが、別の科の教官の中に、やたらと顔立ちが日本人離れしている方がおられたのだ。当初はあの方が英語の担当教官に違いない、と思っていたのだが、現実は違った。普通に日本人だったし、うちの学科のとある教員の旦那さんだった。


さて、後悔からの愚痴についてはこれくらいにしておこう。各種オリエンテーションについては学生課やスクールバスの利用方法、その他諸々で、正直に言えばそんなに取り立てて面白いことはなかったので割愛しよう。ただ、バスの中で騒がない、バス停できちんと並んで通路を開ける、なんて当たり前のマナーを必死に語る学生会の皆さんを見て「何を当たり前のことを言っているんだ」と冷ややかな目を向けてしまったことはこの場でお詫びしよう。俺が甘かった。


今挙げたことは、バス停が近所にあるためにいつでも見られるようになるので、そのときにでも。今はそっちのほうには行っていないし、行く予定もないので。


ついでに言っておくと、翌年あたりにこの絡みで色々とやらかした事案の存在を知ることになるのはまた別のお話。


そうしてやってきたのは学科別交流会。これは、在校生と新入生の交流を目的としたイベントで、俺達のところは合同で何かお菓子を作って一緒に食べよう、という企画だった。事前の打ち合わせで何を作るかを決めておく。買出しには先輩方が行ってくださるそうだ。基本的に俺たちはお客さん状態、ということになる。


まぁ、やってることはどう考えても接待だよな、これ。


俺たちはクレープを作ることになっていた。


「あ、自分が生地を焼きます」


これに関して言えば、実はちょっと自信があった。


昔ちょっとだけ通った調理師専門学校でホールケーキに生クリームを塗った感覚がそのまま使えるというのが、入学の数ヶ月前に体験したクレープ作りで証明されていたのだ。その感覚を忘れていない今なら道具があの時と違っても薄く綺麗に作れるはずだ。


「上手だね。作ったことあるの?」


「暫く前にイベントでクレープ屋の機材でやらせてもらいました」


本当にあれはいい経験だった。


「へえ、そんなこともあるんだね」


そうして黙々と生地を焼き続け、他の先輩や同級生達がトッピング用の果物をカットしていく。生クリームは市販のホイップだった。


クリーム、立てたかったな。


全ての生地を使い切り、担当する教員にも渡したところで各々が好きなようにトッピングを始めた。生クリームは貴重品なので使用は最低限に。


イチゴや何かしらの缶詰類、チョコソースなどを思い思いに乗せて巻く。


で、交流会ということもあるので簡単な自己紹介や学校生活についての話がメインになる。


「あ、私ソフトボール部なんだけど、興味ない? 部員募集中だから」


先輩の一人がこう言ったが、直後に「男性は無理だけど」と締められた。まぁ、野球は見るというか、好きな球団が勝ったという結果だけを聞くのと、ダイジェストで見所だけを見るのがそこそこ好き(すべて見るのはちょいと冗長に感じてしまうのだ)という変なタイプなので、そもそもやろうとは思わないのだが。


それに、球技に関してはバスケが専門だ。


他の子たちがテストについて訊いてみたりしてると、とある先輩がこちらに声をかけてくる。


「何で自衛隊辞めてまで学校に行こうって思ったの? 」


「あー、それはですね」


まぁ、来ると思ってた質問だ。というか、普通安定した立場を捨ててまで学校に行こうとは思わん。教育隊で出会った同期は大学を休学して学費を稼ぎに来ているとか言ってる奴もいたが。


「俺、今まで最終学歴が中退なんですよ。高専を3年で辞めて、この時に高卒の資格は得てるんですけど、卒業とは書けないんです。その後通った専門学校も中退しちゃって、学歴で悔しい思いをしたこともあったし。だから、最終学歴に卒業という文字を加えるためにここに来たんですよ」


実際のところ、ここについてはまだまだ語りたいことはある。でも、自分の恥部をさらけ出すと共に痛みを負うような話をまだそんなに仲がいいわけでもない相手に積極的に語れるような性格はしていない。


「でも、何でここ? 」


こう言われるのも理由がある。


入学後に知ったのだが、この短大、入試の内容がそこそこ真面目に授業を聞いていれば中学生でも満点が取れるレベルのものだったらしいのだ。つまり、偏差値はかなり低い。


「県内にあった部隊から自力で引越しができる範囲の場所、ということ。あとは隣の県の社会人入試制度にあちらの住民票が必要で、自衛官をしているとそれが取得できない、というのが理由ですね」


因みに、4年制の大学を選ばなかった理由は資金が足りないのと、やりたいことと一致しない、卒業時に30になっているというのが理由だったりする。短大ならかろうじて20代のうちに卒業できる。


就職活動の際に「新卒です。30歳です」と言われるのは微妙だろう、という感覚があった。それならば辛うじて20代のうちに就職活動が出来ればまだマシなのではないか、と思ったのだ。


働かずに勉強だけしていたいと思う自分がいるのも嘘ではないが、それはあまりに無責任すぎるので。


「へえ。でも、また学校に入ろうなんて物好きですね。私は勉強なんてもうしたくないです」


現役で小学校からの惰性で通っているとそういう気分になる。そして、そういう時は周りから何を言われたって聞きはしない。俺もそうだったし、少なくともこれを言った先輩の態度を見るに、勉強が好きそうには見えない。


だからこれについては曖昧に笑って誤魔化した。


でも、いつかでいいから、誰かに守られたままの状態で学ぶことに専念できることがどれだけ恵まれていたか、理解してくれたらいいな、とは思った。



























そういえば、専門科目について失念していたことがあった。


料理とか栄養素の話って、突き詰めてしまえば化学の分野のお話で、俺がそれを少しばかり不得手にしていたことだ。


まぁ、基礎の基礎からだから大丈夫だよな。


それに、それ以上に自分以外は女の子しかいない実習班での調理実習が待っている。


面子も学科別交流会とは違うし、人となりがよくわからないんだけど、これに関しては当たって砕けてみるしかないよな。砕けたら駄目か。


そんなわけで、次は初めての調理実習での出来事になる。聞くところによると野菜の切り方、包丁の扱い方からのスタートになるそうだ。本当に基礎の基礎、初歩の初歩からのスタートなんだな。























* * * * * * *



後書に相当するもの



サブタイトル:日本のバンドであるBIGMAMAの楽曲より。元ネタはドヴォルザークの交響曲第9番“新世界より”である。入学後の学生生活、つまり新世界であると解釈し、タイトルに採用。バンド的にはライブで頻繁に演奏する代表曲でもある様子。



しかし、主要人物が未だに登場しない。いや、次で出るんですけどね。

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