第2話どしゃぶり Paper Driver


線路沿いのアパートが今日から俺の住まい。


色々やってたらもう夜だ。更に言えば外は何故か土砂降りだった。


「着いたころに降られなくてよかった」


思わず口に出してしまう。いくら営内で荷物が少なかろうが、事前にある程度の搬入を済ませていようが当日に搬入する荷物はあるのだ。そして、ギリギリまで持ったままにしていた時間潰し用の本とかは濡れると困る。


それはそうと、本だ。


「多少は気にするべきだろうけど、これで自分の本棚が充実させられるぞ」


年間読破数100冊を目標としているが、営内の頃はそんなに私物を置けなかったから100冊以上の小説なんて置けなかった。


でも、これからは置ける。


と、それについてはまたの機会にしよう。


取り敢えずはこれからの行動についてだ。まずはご飯と風呂だ。


「折角だから日帰り温泉とかないかな」


今回住むことになった市に隣接する自治体には4つの温泉地がある。これだけあれば日帰り入浴できる温泉くらいどこかにあるだろう。


そんなわけで検索。因みにガラケー。


「あ、ここいいな。ちょっと高いけど今から行っても受け付け間に合いそうだし」


行き先も決まったところでいざ出発。































そんなわけで一路山のほうに向かって車を走らせております。尚、絶賛どしゃ降り継続中でございます。


で、こんな状況でオーディオから丁度doaのどしゃぶりPaper Driverかかるとか。出来すぎだろ。かなり好きな歌なので思わずサビを一緒になって歌ってしまう。


ここらで今回住むことになった市について説明しておくと、日本海に面した県ではあるけど、この市は山のほうにある。当然、海はない。そして、今まで住んでたあたり、仮にY市としよう。今住んでるのはK市で。で、話を戻して、Y市よりガソリンが高い。輸送コストの分だけ値段が上乗せされてる感じなんだろうか。


スーパーの生鮮品もあっちより気持ち高く見えるし。野菜はそうでもないかもしれないけど。


「そういえば指定のゴミ袋買ってなかったな」


帰りに買おう。今日は外食じゃなくて買って帰るつもりだし。


因みに、明日からは自炊の予定だ。自分が勉強する内容を考えればこれは必須だろう。


アパートから車で30分。大分山に入ったけど、そろそろのはずだ。


カーブの先に光が見えた。


「あれかな」


携帯のナビもそこを示している。


「あれだ。保養所みたいだな、建物が」


そんなことはさておき、いざ風呂だ。今日は荷解きとかで汗かいてるから早くさっぱりしたいんだよ。


入浴料800円はY市で使ってた日帰り温泉の倍くらいするけど、今は気にしない。とにかく風呂に行きたい。


受付を済ませて扉を開くと、


「岩風呂だ」


一気に期待値が跳ね上がった。


が、野郎の風呂を実況中継して誰が喜ぶというのか。


というわけで、風呂、行ってきます。



























結論だけ言わせてもらえば、素晴らしかった。これならこの値段でも納得できる。


また行こう。


取り敢えず、今日は帰ろう。気をつけないとご飯買う予定のスーパーが閉まるぞ。


道中にY市にあったのと同じスーパーあったからそこで買う。ついでにゴミ袋も忘れずに買う。


あ、明日からの自炊用の野菜とかも買って帰ろう。


これ、気をつけないと同じ物を買い続けそうだな。でも、便利なんだよ、ニンジンとジャガイモとタマネギ。色々使えるしカレーとかにして作り置きできるし。


「あ、むね肉安い」


正直、カレーにはどうよ、と思わなくもないけど、これから貯金で生きていくんだから節制は重要だ。


あと、コンソメと鶏がらスープの素も買って帰ろう。この辺だけでもスープにしてもそうだけど、煮込みとかにバリエーションはできるし。


あ、蛍の光が流れ始めた。


そんなわけで急いで会計を済ませ、一路アパートへ。お隣さんに挨拶をして恋が始まるなんて幻想だぜ?


買ってきた食材を仕舞い、売れ残っていたモダン焼をご飯にする。


「あー四季に行きたくなった」


四季とはY市にあるお好み焼きの専門店だ。美味しかったので自衛官の頃に通った店だったりする。


こんな形でまさかのホームシックを味わうとは思わなかった。近所に広島のお好み焼きの専門店があったから近いうちに上書きしに行こう。


今日のところはこんなもんでしょう。


着替えて寝るとします。お休み!



























翌日。


朝から色々済ませて午後。


近所を確認がてら走りに行くことにした。


これについてはかつての上司から、「今までは勤務中に運動できたけど、これからはそんなこと出来ないから自分でやる習慣をつけておけよ」と言ってくれたからだった。


だから時間ができたら走りに行くし、山の上の短大には徒歩で通うつもりだ。山の上の一本道だけど一応確認がてらそっちも走る予定にしてる。


あとは短大に向かう途中で曲がるべきところを直進した場合とか、1時間くらいで行けるところに行こう。帰りはダウンがてらゆっくり歩いて戻ればいい。


朝から今日の夕食用にカレーも作ってある。戻ったらシャワー浴びてカレーだ。


出発して暫く。短大は山の中腹にあるので、いっそ山頂を目指してみてはどうだろうか、と思い立った。


しっかり装備を固めていくような山ではなく、散歩程度の感覚で十分いける。というわけで山頂だ。


「へぇ」


そこは公園として整備されていて、バーベキュー用の設備が整えられ、湧き水まであった。


「とはいえ、バーベキューできるような装備なんて持ってないから使う機会はなさそうだな」


さらにそんなに眺望もよろしくはないので積極的にここまで来る機会はなさそうだった。


「じゃ、下山するかな」


そこからは来た道を戻り、短大に向かう道への分岐まで来たところでアパートの反対方向に向かってみることにした。


いや、何があるかは分かってるんだ。何せ、面接の日に時間つぶしのためにこの先のコンビニに寄っているんだから。


まぁ、車じゃなくて自分の足で行けば何かあるかもしれない。


なんてことは無かったのだ。知っている通りのことしかなかった。


ま、下り道だったから帰りは上りになる。いい練成になりそうだ。


因みに、練成とは体力練成のことだ。錬金術なんて使えません。これから先、自衛官時代に身につけていた習慣や言葉遣いで苦労することもあるんだろうな。


そして、その瞬間とは思いも寄らず、割とすぐにやってくるのである。



























アパートに戻り、シャワーを浴びると数日後に控えた入学式に向けての準備を始める。


まずはスーツ。


丁寧に扱ってはいたが当然のように皺がついていた。


きっと、一般的な20代の一人暮らしの男で、家事を母親に依存していたならばクリーニングに出すか、そのまま行ったりとか考えるのだろう。だが、俺は違う。


「元自衛官を嘗めんなよ」


取り出しますはアイロンとアイロン台。ただし、アイロン台の脚は広げません。そして、ハンカチを一枚。アイロンに水を入れて電源を入れ、それとは別に霧吹きにも水を入れておく。


アイロン台の上にまずはスラックスを置く。縫い目やポケットが皺にならないように位置を調整して、ハンカチを添えた後、アイロンを当てて一気に体重をかける。


これでも6年間、毎日作業服や制服にプレスをかけてきたんだ。プレスが一式終われば靴だ。顔が映りこむくらい光らせてやる。


こうして出来たスーツは皺一つなく、線をつけるべきところ、スラックスやワイシャツの袖なんかは剃刀のようにしてやった。因みに、アイロン糊の類は一切使用していない。全部蒸気の力と自分の体重と筋力に依存する。だからアイロン台の脚を出そうものならへし折れてしまうのだ。それなりに強靭なものを買ってはいたけど、脚を広げてたら中心から沈んできたし、多分そのまま使っていたらそのうち使えなくなったことは間違いない。


ただ、こんなことをすると当然だが汗をかく。


「やっちまった」


溜息一つ。


そして、もう一度シャワーを浴びることにして、その前にと革靴と向かい合ったのだった。


明日は自転車を買いに行って、入学式の会場までの道を確認しに行こう。


勿論、買った自転車にそのまま乗り込んで、だ。

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