第23話 たいていの動物はオスからメスにアプローチ

「……なんやろな。バッテリーが弱くなってるんかな。まぁ、細かいことはええやろ。気にすんな、ボケ。それより他人のコイバナはともかく、お前はどやねん? もうじきクリスマスやぞ。彼氏とかできてへんのけ?」

 なぜだか俺はキレ気味に質問した。

「はぁ? これだけ電話でしゃべって毎週遊んでいるのに、なにそれ? 今まで彼氏の『カ』の字も出てないでしょ? なに、そのバカみたいな質問」

 彼氏がいないことは嘘ではないようだ。ひとまず1ステージめはクリアー。問題はここからだ。まだ告白するチャンスを与えられたにすぎない。

「そら、そやな。彼氏なんておるわけなかったな。ほな、好きなやつや気になるやつはおらへんの? ここ最近、急に服装とか変わってきたし、誰かにモテたいんかねー?」

 俺は攻撃の手をゆるめない。脳内麻薬がドバドバ出ている。

「ん……別に好きな人とかはいないよー」

 安心したような、ガッカリしたような複雑な気分だった。

 好きな人がいる。という答えを少し期待していた。つまりはこのような展開を……。

 好きな人がいる→じつはそれは雷同貞晴のこと→まさか好きな相手が自分のことだと思わないで、ショックを受ける雷同→クリスマス前、ぎくしゃくする二人→誤解を解こうとして、自分の本心を伝えるみずほ→結ばれる二人。

 そんなベタな恋愛ドラマのような展開はなくなってしまった。しかし、この展開だと雷同のやつ、一つも努力をしていないな。ただ告白されるのを待っているだけではないか。オスたるもの、それではいけない。『ダーウィンがきた』を見ていると、たいていの動物はオスからメスにアプローチしている。たとえそれが、草食系の動物であろうともな!

 好き、という言葉は俺から伝えなくてはならない。

 と、思っていたら、トスがきた。

「雷同はいないのー?」

「ん、なんの話?」

「好きな人とか、気になってる相手は?」

「……うん、おるよ」

「へ? いるんだー。誰それ。まさか、テレビに出てる人じゃないよね?」

「それは、お前に言わなあかんことなんかな?」

「いーじゃん、教えてよ。減るもんじゃないじゃん」

 みずほのあまりにカジュアルな問いかけ方に、敗北色を感じてきた。

「こんな雰囲気で好きな人の名前なんか言いたくはないな」

「もったいぶんなよ! 雷同が恋してるって面白いじゃん。明るい話題を提供してよー」

 俺がこれだけ苦悩しているというのに、あまりに軽いノリ。電話でなければ頭をしばいていただろう。

「俺の好きな人はな……」

「うん、うん」

「……それ、お前」

「え?」

 電話越しにみずほの動揺が伝わってくる。驚いてやんの、ざまぁ!

 好きな相手に、好きな相手のことを伝えたというのに、残酷な気持ちがわきあがった。そしてすぐに後悔した。

「まさか、本気? 冗談でしょ?」

 今ならまだ引き返せる。冗談、冗談。ビックリしたー? と、軽くおどければ元の関係へとリセットできるはず。

「……うん、好きになってしもたからしかたないわな」

「……」

「最初は距離が近すぎて、なんとも思わんかった。緊張しないでしゃべれる異性の友達というのはこんなものなんだと思っていた。だが、ある時を境にお前のことを意識しだし、いまはもう、好きという気持ちをおさえられへん!」

 意識しだしたキッカケがミニスカートだということは隠しつつ、とにかく俺は伝えた。

 そう、俺は生まれて初めて異性に告白をしたのだ。

「……で、どう?」

「……」

「なんか言うてくれよ……」

「……あー、そういうふうに私のこと思ってたんだー。ごめん、ぜんぜん気がつかなかった。本当にごめん!」

 電話でなければ、両手を合わせて頭を下げているのが想像できる。そんなノリの謝罪だ。

「謝るなよ。失敗したみたいやんけ」

「あー、なんて言うんだろ……私ね、雷同のこと、兄貴みたいに思っていたからさ……」

「兄貴? それはどういうこと?」

「実家にね、三つ上の兄貴がいるんだけどさ。めちゃくちゃ口が悪くて思ったことをズバズバ言ってくるのね。そんな兄貴のことが好きでさ。今、大学にいる男たちって、なよなよしていたり、妙にチャラかったりして頼りない感じがするのね。だから雷同と話していると、兄貴といるみたいでホッとするんだよね」

「……イコール、俺とはつきあえへんということか?」

 イコール、俺とはイチャイチャできないのか?

「うん、やっぱ雷同のことは兄貴としてしか見られないよ」

 終わった。弟としてしか見られないと振られるパターンはよく聞くが、兄貴として振られるパターンがあるなんて思わなかった。

 なにか言わなければならない。だけど、なにもしゃべりたくはない。

「私たち、恋人とかそんなんじゃないよ。今の関係がちょうどいい距離感なんだって。だからさ、今までどおりのつきあいを続けようよ。これで終わるのはもったいないよ」

 俺の決死の告白を、この女はキャンセルしようとしている。

 くっ……俺は、誰だ?

 雷同貞晴だ。みずほに兄貴を連想させる、口の悪い雷同貞晴だ。

「笑止! 今の関係がいい距離感やと?」

 その距離感を、バランスを崩したのは誰だと思っている? まさか気がついていないのか?

「そう思うんやったら、ズボンを履け! スカートを履くな!」

 俺は感情的に叫んでいた。

「え? ズボン? スカート?」

「そして髪の毛を黒くもどせ! メスッ!」

「なにそれ? どういうこと? なんの話をしているの?」

 みずほの狼狽する様が手にとるように見えた。

「ふ……自分の胸にようく聞いてみるんやな」

 電話の相手には見えていないが、俺は自分ができる最大限のドヤ顔を作り、言い放った。

 そしてみずほが言い返してくる前に電話を切った。これにて、俺の勝ち逃げ。

 勝ち逃げ、なにがだ?

 それ以来、俺とみずほは音信不通になったんだ。今日、公園で偶然に出会うまでは……。


 ま、こんな感じのできごとやったんやな。どこにでもあるような、つまらない話だよ。

「つまらない話とか言う以前に、話、長ッ!」

 サキは吐き捨てるかのように叫んだ。

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