第十七話 ドローンのぴーさん

 俺の事を『マスター』と呼ぶドローンと、その収納ポッドであるらしい銀色卵は、なし崩し的に我が家に同居する事になった。


 型番らしき『P-350R TYPE-A』の頭の部分から、ぴーさんと呼ばれている。


 まず食い付いたのはルルとナナミだ。


 同時通訳が出来て、文字も翻訳出来るのだから無理もない。お互いの医学的な専門知識を擦り合わせる事は、二人の悲願だった。


 マスターという立場上、最初は俺も同席していたが『二人に協力してやってくれ』という最初の指示だけで、ほぼ用済みとなった。


 ルルとナナミとぴーさんは次の日も、その次の日も、その次の日も……


 夜遅くまで診察室から出てこなかった。


 ナナミは夜中に目の下に隈を作り、フラフラと帰って来たかと思うと、挨拶もそこそこにベッドに倒れ込む。


 二人共、昼間は診察があるのだから、そろそろ強制的に休ませた方が良いかも知れないな。


 寝言で『ふふふふ』と笑っていたので、ちょっと揺すってみたらガバッと起き上がって『その時、歴史は動いた……』と言って、また眠ってしまった。


 そうか……動かしちゃってんのか……うちの嫁。



 ハルはぴーさんの事を、なんとなく警戒しているようだ。聞いてみたら『うさんくさい』と言っていた。


 確かに……!


 まぁハルは元々、人見知りが激しいから。……機械だけどな!


 ハナは割と懐いている。ぴーさんのプロペラ音を『ぱーぱーぱーぱー』と口真似しながらついて歩く。実際には『パラパラパラパラ』といった感じの音なのだが、舌が回らないらしい。


 俺はといえば、なんとかぴーさんのか、と接触できないものかと、試行錯誤を繰り返している。


 ぴーさんが単なるAIだったとしても、持ち主がいるかも知れない。野良ドローンか捨てドローンだとしても、本拠地的なものがありそうだ。


 思い当たる場所が二つある。


 ひとつは茜岩谷サラサスーンの『忌み地》だ。爺さんたちと調べに行った時、開かなかった扉の向こう側……


 耳なしである俺と、スマホに反応した読み取り装置。


 きっと何かある。


 権限の『第一段階』が解除され、ぴーさんのマスターとして登録された俺なら、あの扉が開くかも知れない。


 もうひとつは、アトラ治療師長の話に出てきた『英雄の神殿』だ。元々は黒猫の英雄が、拠点として使っていた小さなとりでだったらしい。


 戦いが終わり黒猫の英雄が去った後、そこをザバトランガの教会が神殿として祀り、自らの罪を封じた。


 耳なしからもたらされた全ての品は、そこに納められ、決して開くことのない封印の元、厳重に管理されているらしい。


 英雄の神殿は、ザバトランガとミョイマーの間にある、見晴らしの良い丘の上にあると聞いている。




▽△▽


「俺たちの接触は、意図的なものなのか? それとも、事故か偶然なのか?」


「何について調べている? 調べた事を報告する相手はどこにいる?」


「パスティア・ラカーナに、転移者以外の地球人がいるのか?」


 疑問を片っ端からぶつけてみた。


「耳なしについて、知っている事を教えてくれ」


「黒猫の英雄と、耳なしとの戦いついて教えてくれ」


「権限の、第一、二段階の解除条件を教えてくれ」


 マスターらしく、命令してみた。


「ぴーさんが調べている事に、俺たちは協力できないのか? ルルやカミューに頼めば、自由度も広がるだろう?」


「俺やナナミの知っている、地球や人間について質問はないか? 主観が入るかも知れないけど、なんでも聞いてみてくれ」


 協力を持ちかけてみた。


「なぁ、ぴーさん。クルミはまだ、たった十二歳なんだよ。ご両親もきっと、とても心配している。帰してやりたいんだ。わかるだろう?」


「ハルとハナはお爺ちゃんっ子なんだ。俺の父親に無事な事だけでも知らせてやりたい。今頃心配して、寝込んでいるかも知れない」


 情に訴えてみた。


 意外な事に……なんと、ぴーさんが反応したのは『情に訴える作戦』だった。


『その質問には答えられません』という、いつものセリフが聞こえて来ない。まるで『返事に困って黙り込んでいる』みたいに。


 しばらくの沈黙の後、ぴーさんが静かにテーブルに着陸した。プロペラがゆっくりになり、停止する。


『マスター。いいえ、ヒロトさん。一連の転移現象は、アクセスできるものではないのです』



 ようやく……秘密の扉のカギが、見つかったかも知れない。


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