第5話 松塚 由奈

あと30分ぐらいしたら、松塚 由奈が来る。

時計を見た翔先輩は明菜さんに、神妙な面持ちで言う。



「明菜‥‥‥」


「なに、あなた?」


「もし、本当に由奈さんの噂話が本当なら、話が長くなるかもしれないし‥‥‥そのなあ、柚葉には聞かれたくない事が出てくるかもしれないからな‥‥‥」


「あなた‥‥‥そうね。じゃあ、フミちゃんとこで柚葉を見ていてもらう?」


「ああ、その方がいいかも」




その柚葉は、朝食を済ませたあとリビングでテレビを見ていた。

明菜さんが笑顔で、柚葉に声を掛ける。



「柚葉、今日ね私の大事なお客様が来るから、その間フミちゃん所に行っていてもらえる?」



明菜さんの話に最初柚葉はキョトンとしていた。それは朝早くから俺の家に行くと、俺が寝ていたりするので、柚鈴は朝早くからは俺の所には行かないように言われていたから。

だから柚葉は、



「‥‥‥えっ!朝からお兄ちゃんの所に行っていいの⁈」


「え?ええ、良いわよ。ただし迷惑になら‥‥‥」


「いってきまあーす♡」



明菜さんの話も途中で、柚葉は喜んで玄関の方に行ってしまった。

明菜さんはそんな柚葉を見て、笑みを浮かべながら、やれやれとしたポーズをする。

そんな柚葉を見た翔先輩は、何か不機嫌そうな表情で、




「柚葉、フミのどこがそんなにいいんだ?」


「そうねぇ。柚葉しかわからない所があるんでしょうね」


「むう〜ん(かなり不機嫌)」


「ねえ、あなたそろそろフミちゃんとの‥‥‥」


「ぜーたいにダメだあ!柚葉は誰にも渡さん!」


「あら、本当にこの人は(笑み)」



不機嫌な翔先輩を見て、笑みを浮かべる明菜さん。そんな翔先輩は俺の事をかなり信頼している事は明菜さんも知っている。だから柚葉と俺の件で翔先輩が不機嫌でも明菜さんはいつも笑顔でいられる。

で、その翔先輩の大事な柚鈴はと言うと



「お兄ちゃーん♡お兄ちゃーん♡」



俺の家の玄関先で叫んでますよ。まあ、メゾネットタイプのアパートですから、柚葉んちの玄関のドアを開ければ、目の前に俺の家の玄関のドアがありますからね。で、俺は



「開いてるから入ってきていいぞおー!」


「うん♡ただいま♡お兄ちゃん」



またも柚葉が言って来た、この、ただいま。

(この、ただいま♡は毎回俺の家に来る時に言ってくる)

またかとした表情をする俺は、玄関の方に行くと、



「あのな〜柚葉、ただいまて何だよ、ただいまて」


「え〜、だって私、将来のお兄ちゃんの奥さんよ♡一緒に住むんだよ♡」


「勝手に話を飛躍させるなあ!」


「もお〜、恥ずかしがらないの♡」


柚葉おまえ本当に小学生か?」


「小学生じゃないよ♡」


「えっ!?」


「あ・な・た・の奥さん♡」



もう柚葉のこのセリフの後、いつも頭を抱えて座り込みますよ。

本当に柚葉には困ったもんです。

けどですね、俺の心の一部は喜んでいるですよ。いやな気分にはならないですからねー、実際。



「ところで柚葉、今日の昼飯の材料を昨日買い忘れたから今から一緒にいくか?」


「うん♡行く♡」



俺と柚葉は車で五分程の所にあるスーパーまで行く事にした。

アパートを出て、目の前にある駐車場に行くが、まだ朝の8時前だと言うのに車の外気温度計は既に32度を超えていた。

これだけ暑いと外で遊んでいる人は居ないだろうと、車で移動中にあのラジオ体操をしていた公園の方を見ると、あの時見た女子高生らしき女の子が一人、木陰のベンチで座っていた。



「誰かと待ち合わせなのか?それにしてもこのクソ暑いなかでは木陰にいても余り暑さは変わらないぞ」



俺はそう思いながら、柚葉を乗せた車をスーパーへと運転した。




◇◇◇




その頃、若葉家にあの人が訪問しに来た。

玄関に備えてあるカメラ付きインターホンを押す、松塚 由奈。



「ピンポ〜ン。ピンポ〜ン」


「ハア〜イ!」



明菜さんが台所にあるインターホンのモニターを見ると、見た事のある女性が立っていた。だが‥‥‥



「あっ‥‥‥由奈‥先輩。少し待っていて下さいね。あなた」


「由奈さん、来たか」


「え、ええ‥‥‥」


「うん?どうした?」



明菜さんが何故か少し驚いた様な話し方をするので翔先輩は不思議そうな表情をして明菜さんを見る。

それもそのはず。玄関先に立っていたのはあの美人で明るく愛想の良い、松塚 由奈ではなく、まるで疲れ切った表情に無理に笑顔を作り、歳が40ぐらいに見える女性が居たのだから。



「‥‥‥由奈先輩‥おひさしぶりです」


「ええ‥おひさしぶりね。明菜」


「あっ‥‥‥由奈さん、おひさしぶりです」


「翔‥くん。おひさしぶりね。高校卒業以来だから十七年ぶりかしら。明菜とはあの子が生まれて以来だから十六年かしら」


「由奈先輩、立ち話もなんですから、リビングへどうぞ」


「ええ‥ありがとう。お邪魔するわね」



明菜さんが由奈先輩を見て驚いていた理由がわかった翔先輩。翔先輩も由奈先輩の姿を見て驚いていた。そして次に掛ける言葉が出てこなかった。明菜さんは由奈先輩をリビングに通すが、その由奈先輩の足取りは翔先輩が見てもわかる程重く見えた。



「‥‥‥やはりあの噂は本当だったんだ。あんなに綺麗だった人が、あんなにやつれて‥‥‥」



そう思いながら翔先輩は由奈先輩の背中を見ながら呟いた。







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